短編小説 「ヒトデの星」
僕はヒトデ。海の底、静かな砂地に広がる世界で生きている。五つの腕を広げて、ただじっと潮の流れに身を任せる日々。周りを見渡せば、色とりどりの魚たちが自由に泳ぎ回り、サンゴ礁は光を反射してきらめいている。
でも、僕は動くことができない。ゆっくりと海底を這うことはできても、魚たちのように海を駆け回ることはできない。ましてや、空を飛ぶことなんて夢のまた夢だ。
夜になると、海面に映る星空を見上げる。無数の星が輝き、まるで手を伸ばせば届きそうなほどだ。僕の名前には「星」がついているのに、その星には決して届かない。
「どうして僕はヒトデなんだろう」
そんな思いが胸を締め付ける。
ある日、小さなクラゲがふわふわと僕のそばに漂ってきた。
「ねえ、どうしてそんなに悲しそうな顔をしているの?」
透明な体が光を透かして、美しく揺れている。
「僕は星に憧れているんだ。でも、ここからじゃ何もできない」
クラゲはゆらゆらと体を揺らしながら、不思議そうに言った。
「君はヒトデじゃないか。海の底で生きることが君の役目だよ」
「でも、僕はもっと高いところへ行きたいんだ。自分の限界を超えてみたい」
クラゲはしばらく考えてから、にっこりと笑った。
「それなら、潮の満ち引きを利用してみたらどうかな?」
「潮の満ち引き?」
「そうさ。満潮のときに波に乗れば、いつもより遠くへ行けるかもしれないよ」
その言葉に希望の光が差し込んだ。
「ありがとう、試してみるよ!」
僕は満潮の時間を待ち、波が高くなるのを感じた。体をいっぱいに伸ばして、波に身を委ねる。いつもより強い力が僕を持ち上げ、海底から離れていく。
「すごい、こんなところまで来られるなんて!」
水面近くまで浮かび上がると、光が一層強く感じられた。海面に顔を出すと、広大な空が広がっている。
「これが、空……」
風が触れる感覚が新鮮で、太陽の暖かさが体を包む。初めて感じる世界に胸が高鳴った。
しかし、波は次第に引いていき、僕の体は再び海の中へと戻っていく。
「まだまだ足りない……もっと高く、もっと遠くへ行きたい」
僕は何度も挑戦した。満潮のたびに波に乗り、少しでも高く、少しでも遠くへ。
ある夜、満月が海面を照らしていた。僕は再び波に乗り、海面に浮かび上がった。空には無数の星が瞬いている。
「星たちよ、僕を導いてくれ」
そのとき、一筋の流れ星が空を横切った。僕は目を輝かせて願いを込めた。
「どうか、星に近づけますように」
すると、不思議なことが起こった。体がふわりと浮き上がり、海面から離れていく。
「どうなってるんだ?」
見下ろすと、海が遠ざかっていく。僕は空へと昇っていた。星たちが周りを囲み、優しく微笑んでいるように感じた。
「君の願いが届いたんだよ」
どこからか優しい声が聞こえた。
「君はずっと努力してきた。その想いが星々に届いたんだ」
ポロポロと涙が溢れた。
「ありがとう……!」
その瞬間、体が光に包まれ、僕は一つの星になった。
「これが、僕の望んだ場所なんだ」
下を見下ろすと、地球が青く輝いている。海の中で過ごした日々が懐かしく思えた。
「僕はヒトデ。でも、星にもなれたんだ」
心の中に暖かい光が広がった。
それからというもの、夜空に輝く新しい星が海を照らすようになった。海の生き物たちはその星を見上げ、勇気と希望をもらうという。
僕の一生は短かったかもしれない。でも、夢を追い続け、自分の限界を超えることができた。
「これからも、みんなを照らし続けるよ」
僕は永遠だ。
時間を割いてくれてありがとうございました。