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【バイリンガルの憂鬱な日常】プロローグ/関西弁は金持ちを案内できない

わたしが大阪から関東に引っ越して、1番初めに面食らったのは仕事の面接に行ったときです。
長らく不動産の仕事をしていたわたしは、主にその業界の求人を探していました。
ひとつの求人情報が目に止まり、電話をかけて、その企業に面接に向かいます。
場所は、麻布十番でした。
モデルルームの案内や、住宅販売業の総合的な業務を募集していました。

開口一番、面接官の方に、
「お言葉が関西ですけど、来られて間もないんですか?」
と聞かれます。
「はい」と答えながら、
(ん?しばらく経ってたらアカンの?いつまで大阪弁でしゃべってんねんってなるの?)
と、少し疑問が浮かびつつも、面接は続きます。
差し障りのない質疑応答が続いたあと、最後にこう言われました。

「土地柄、それなりの方が来ますので、そのお言葉ではむずかしいです」

わたしは面接の帰り道、金持ちの街を歩きながら呆然としていました。
言われたことはつまりこう。

「大阪弁に金持ちの案内はさせられない」
「立派な人を相手にするのに、大阪弁では勤まらない」

32年間、当たり前に話してきた言葉を否定されて、わたしは大いに傷付きました。
電車に乗るころには、どんどん腹も立ってきます。
どうしてそんなことを言われなければならないのか。それは誰が決めたのか?金持ち?関東人?それとも世論?
じゃあ逆は?大阪の金持ちを案内するときはどうするの?標準語の人はちょっと…て言う?言わんよなぁ。大阪の金持ちは「それなりの方」?
だいたい、「それなりの方」ってなんやねん!

引っ越す前、実家の母は言いました。
「大丈夫。さんまがテレビで売れて、大阪弁は全国区になった」
そうなんや~と思って引っ越してみると、まったくそんなことはありません。
関東にも関西弁で話す人くらいはいるだろう、と思っていたわたしは衝撃を受けました。
周りから、関西弁はまったく聞こえてこないのです。
(後に、関西弁を隠している関西人には何人か会った)

関西弁が流れているのは、テレビのバラエティー番組のみ。
つまり「大阪弁は全国区になった」というのは大阪人の思い上がりで、世間一般的にそんな現状はまったくない。
受け入れられたのはテレビの中の、さらに「バラエティー」という小さな世界だけなのだと思い知りました。

結婚を機に関東に引っ越し、約12年。
10年以上も住んでいると、すっかり関東になじんでいると思われそうですが、意外とそうでもありません。
標準語だけはうまくなりました。
大阪弁と標準語、どちらも完璧に話せます。
わたしは、自分のことを「バイリンガルだ」と思うことにしました。
標準語を話すまでには様々な葛藤があったのですが、「言葉を直す」のではなく「もう1つの言語を覚える」のだ、という考えが閃いたとたん、生きるのがラクになったからです。

言葉だけでなく、なかなか関東になじめなかったわたしは、
「どうしてこんなになじめないのか?」
「関東と関西は、いったいなにが違うのか?」
12年以上、ひたすら考えてきました。

これは、本来なら考える必要がないことをムダに考察するハメになった、関東に住む関西人のカルチャーショックをまとめた憂鬱エッセイです。

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