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起こることにいいも悪いもない

起こることにはいいとか悪いという意味はありません。
それは受け取る側の人間が、自分にとっていいことなのか悪いことなのかを判断しているにすぎません。

例えば「嫌な人」が存在するわけじゃないんです。
自分が「嫌だ」と思う人がいるってことであって、その相手に嫌悪感を抱いているのは他でもない自分だってことです。

そうやって考えると、この世界を見るときに全てにおいて「自分」のフィルターがかかっていることになります。
フラットには見えていないということですね。

ある国に対しては強い憧れがある人がいても、その国に対しては興味も関心もない人もいるし、世界的に有名な人であっても、言動が気に食わないという人もいれば、ニュースで取り上げられたのを見て尊敬しているという人もいるでしょう。

全ては自分の感性や感覚で捉えているわけで、ある著名な人物に対して10人の人たちがどう感じているかを聞いても、それぞれが違ったことを言います。それはその人物が10人存在するのと同じで、全員が全く同じ見方をしているということはあり得ないのです。

話を元に戻すと、何かが起きたときに「嬉しい」とか「嫌だ」とか、「困ったことになった」とか感情が生まれます。
その時に、「嬉しいこと」が起きたとか、「嫌なこと」が起きたと捉えるのではなく、自分にとってなぜそれが嬉しいことなのか、またなぜそれが嫌なことなのかを客観的に見れるようになると、頭の中が整理されます。

もう一度言いますが、起きていることはフラットなのであって、そこに意味はありません。いいことでも悪いことでもないのです。
その意味を与えているのは自分であって、自分の意思でその意味を変更することもできるのです。

最初から意味があるのではなく、自分が決めていることが理解できれば、物事を客観的に見れるし、自分の感情を知ることができます。
自分の感情を知れば精神的にもフラットでいることができ、心に波が立たなければ穏やかに過ごせるので、起きていることと感情を切り離してみてくださいね。

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