モノ作りの根本にあるものは衝動

形のあるものも無いものも、作りたいと思う「衝動」が行動に移り、結果として出来上がるというプロセスを経るものです。
そして素晴らしい作品は、その衝動がエネルギーとなって作品からほとばしり、受け手に伝わることで感動を生み出すわけです。

世の中のものは全て波動(エネルギー)でできていると言われる所以はここにあるのですが、思考することはエネルギーだし、モノや生き物個体にも何らかの形でエネルギーが存在しています。

音楽で言えば、そのメロディーが持つエネルギー、もしくはアレンジが施されて録音された音源に宿るエネルギーは、音とともに記録されます。
録音状態があまりよくない50年前の音源でも、色褪せずに聴く人を魅了するのは、録音当時のエネルギーがそのままダイレクトに伝わるからです。

絵画もそうですね。
ある特定の絵画に釘付けにされるのはなぜでしょう?
これも同じ理由で、技術的に素晴らしいということもありますが、それ以上に描いた人の衝動や思いがエネルギーとなって詰まっているからです。

美しい風景を捉えた写真も同じことが言えますが、数名の友人たちと北海道の美幌峠で初日の出を拝んだ時、その美しさに涙を流した人もいました。
その風景の美しさと波動が、自分の波動と共鳴したことによって感動が生まれたのだと思います。

感動というものは、味わった時に何かの形で残したいとか、誰かに伝えたいという思いが湧いてきます。
その想いが「衝動」だという言い方もできます。
そしてその表現方法は絵画や写真や動画、または文章や音楽など形は様々ですが、根本にある「伝えたい想い」は同じです。

現代はその「伝えたい想い」がたやすく現実にできます。
それを形にするための機材やソフトが、昔に比べたらとても安価で手に入るし、すぐにネット上にアップすることができるからです。
誰もが簡単に表現者になれるし、プロもアマチュアも同じ土俵に乗ることができます。

人間は何か表現をしたい生き物です。
だから今現在の技術がどうのとか迷っていないで、自分が作ったものを発信すればいいんです。
もしその世界で一流になりたいなら、とことん極めていけばいいし、趣味の延長でのんびり楽しくやるのもいいでしょう。
そのどちらを選択するかのは自由です。

その衝動を形にするのは喜びが伴います。
それを一番大事にすればいいのであって、どう評価されるか気にしなくていいです。
なぜなら評価は他人のものですから。

もちろん評価されれば嬉しいし、また次の作品づくりへのモチベーションも上がりますが、まずは衝動を形にするということ、その喜びを味わうということが肝心で、評価を期待してモノ作りをすると、その行為自体に魅力を感じなくなります。

今まではまず誰かに認められないと、作品を発表できませんでした。
漫画や書籍は出版社が認めてくれなければ世にでることはなかったし、音楽もレコード会社と契約できなければ、音楽を聴いてもらうことが難しかったですから。
でも今はネットのおかげで個人レベルで何でもできます。
あとはやるかやらないかだけ。

他人がどう思うかは気にせず、衝動を形にすることを始めましょう。
モノ作りの喜びを味わいましょう。
それをするために生まれてきたと言っても過言じゃないです。
表現したいことがあるから生きているんです。
あなたの「衝動」を形にすれば、必ず反応する人がいるし、その人がまた影響を受けて何かを始めるかもしれない。
知らないところでいろんなことが起こりますから、まず一歩踏み出すことから始めてみたらいいと思います。

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