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6.清浄(洗浄)、消毒、滅菌、衛生、無菌法による感染予防

PART1で、医療施設では、病気の蔓延を防ぐためにあらゆる手を尽くすべきことを学んできました。多くの病気を惹き起こしているのは実は小さな生物である事実を知り、そうした生物が人体に害を及ぼし、病を蔓延させることを防ぐヒントを得てきました。
例をあげれば、蛇などの危険な動物に襲われた際に、我々はそれらを退治しようとします。追い払い、あわよくば殺してしまいます。このような行動は、あらゆる小さな生物=微生物に対しても当てはまります。
清浄(洗浄)、消毒、滅菌、そして無菌法はすべて、細菌を追い払い、殺滅するために生み出された方法であり、感染拡大のおそれを最小限に抑えるための行為のひとつといえます。

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6.1 バイオバーデン・初発菌数

手術中に感染創に用いられた器材には、無数の微生物が付着しています。事実、これまでどのような器材であっても、多かれ少なかれ微生物が付着していることを学んできました。材料、機器、物品、包装上に生存する菌はバイオバーデン(※12) 、または初発菌数とも呼ばれます。

※文献によっては、バイオバーデンとは滅菌工程前の微生物の数を意味するものもあります。本書ではバイオバーデンとは単に微生物の数を表し、消毒、滅菌工程の前後は問わないものとします。

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文献によっては、バイオバーデンとは滅菌工程前の微生物の数を意味するものもあります。本書ではバイオバーデンとは単に微生物の数を表し、消毒、滅菌工程の前後は問わないものとします。

-6.1.1 初発菌数

再生処理(清浄、消毒、滅菌)を行う前に器材に付着している菌数を、初発菌数といいます。洗浄、消毒、滅菌とつづく滅菌供給業務の中で、バイオバーデンは次第に減少していきます。滅菌後は、SAL(無菌性保証水準)まで減少します。
多くの資料で滅菌前の汚染度をバイオバーデンと称していますが、この場合は「初期バイオバーデン」「初発菌数」がよりよい表現と考えられます。

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6.2 バイオバーデンを許容水準まで減少させることによる感染予防

医療施設には病気を患う多くの患者がいて、多種多様の微生物が数多く存在し、その多くは危険を伴うものです。感染拡大を防ぐには、患者に用いられる医療器材のバイオバーデンを許容水準まで減らさなければなりません。また、患者周辺の微生物も低い水準に抑えるべきです。ある物品のバイオバーデンがどのくらいであれば安全な使用に耐え得るか。それは、以下のようなリスク要因によって決まります。

1. 使用部位。器材が人体の周辺で用いられるか、体に直接触れるかの違いでリスクが変わります。体に直接触れる場合には、器材が用いられる部位の感染リスクが重要となります。
2. 予測されるバイオバーデンのレベル(菌数・菌種)
3. 患者の全般的な健康状態

こうした要因を総合して、患者への感染リスクを総合的に判断します。

病院の衛生法や感染予防を実践する際、 いくつかの方法を用いてバイオバーデンを減らします。どの方法を採るかは、感染を惹き起こすリスクの程度を総合的に考慮して決めます。選択の基本は、器材が身体のどの部分で使用されるかです(リスク要因1(※13))。必要であれば、状況(リスク要因2および3)に応じた方法を採ります。たとえば清浄のみで充分な器材であっても、弱っている患者の治療に使う場合には消毒が必要となる場合があります。

次ページの表では、使用部位別、状況別に器材の再生処理方法をまとめました。また、それぞれの部位で用いられる器材を数点例示しています。この表は一般的ガイドラインですが、感染性の高い生物による感染、衰弱した患者の治療などでは、より適切な方法を採る必要があるかもしれません。いずれの方法でも清浄が基本であり、さらに必要に応じて消毒または滅菌を行うことはいうまでもありません。

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このリスク部位分類、および各部位に対応した器材の再生処理法は、Dr. Earle Spauldingにより、1968年に考案されました。


体液(血液、尿、糞便)に接触した器材は必ず消毒します。便器、尿瓶(しびん)、リネン類や制服などの物品も同様です (図6.4も参照)。血液が撥(は)ねた表面も消毒が必要です。次節で、清浄(洗浄)、消毒、滅菌によりバイオバーデンを低くする方法についてより詳しく見ていきましょう。


-6.2.1 清浄(洗浄):見える汚れや、微生物のほとんどを取り除くこと

屋外にあるものはおおむね汚れています。どんなものでも塵や汚れが付着していれば、そこに無数の微生物を含むあらゆる種類の生物が棲みついているかもしれません。屋内でも、健康的な生活を続けるには、カップ、グラス、タオル、シーツなどといった日常用品を清潔に保つ必要があり、床や窓なども同様です。口にする食べ物はきちんと洗わなければなりません。洗浄することで微生物の多くが塵や汚れとともに洗い流されます。こうしてバイオバーデンは大幅に減少し、病因となる微生物数を抑えることができます。きれいな屋内では、人間の体は健康を維持するメカニズムにより正常を保つことができます(5.4を参照)。清浄には箒(ほうき)、はたき、掃除機を用いることもありますし、さらに徹底した清浄を行いたい時には、モップや布に水や石鹸を含ませて使えばよいのです。丁寧に清浄すれば、見える汚れはすべて落とすことができます。

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清浄後も微生物は残っているかもしれませんが、栄養や水分は奪われているため、それ以上増殖はできません。病院には衰弱した病人が大勢います。つまり在院中の人の大半が危険な微生物を無数に抱えているということであり、院内での清浄が感染対策において極めて重要であることは明らかです。特に、患者周辺ではより一層の配慮が必要となります。

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中央材料室業務において清浄と消毒は非常に大切なので、別章(第8章)を設けて詳しく説明します。


-6.2.2 消毒

全微生物を殺滅してはいないが、バイオバーデンを大幅に減らす処理を消毒と呼びます。消毒を行っても、ある種の抵抗菌(芽胞)は生き残ります。感染症が発生する危険度によって、消毒には概ね二段階あります。

a. 低水準消毒
(病因となる)微生物は直接触れることにより、または器材を介して皮膚に移り、とりわけ衰弱した患者を危険にさらします。また、感染力が強い微生物が皮膚に移った場合、感染の危険が増します。その場合、バイオバーデンをいっそう低くする必要があります。洗浄処理で微生物の多くがあらかじめ洗い流されますが、いくらかは残ってしまい、洗浄剤でも落とすことができません。この際、感染の危険を許容水準まで低くするために、生き残った増殖性病原菌を不活化する必要があります。 これは、蠕(ぜん)虫、菌類、原虫、増殖性細菌やウイルスでも同様です。増殖性微生物を不活化するのは比較的単純な処理です。しかし、増殖性ではない芽胞の多くは通常濃度の消毒剤では不活化しません。増殖性微生物を不活化させる処理を消毒と呼びます。

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低リスク部位に接触するおそれがある器材に適用する消毒水準を低水準消毒と称します。
低水準消毒は以下の用途に用いられます。

• 便器や尿瓶といった体液、糞尿に接触することがある物品
• 衰弱している患者の正常皮膚に触れる物品、または、感染性が強い微生物の場合
• 血液やその他の体液が付着した部分


現行では、手術機器やその他のリユーザブル(再処理可能)器材は、ウォッシャーディスインフェクターで、熱水消毒される(例:90~95℃で1~10分など)ことになっています。こうして、バイオバーデンは大幅に減らされ、器材を安全に取り扱い(搬送、セット組など)できるようになります。よく見られる消毒方法には熱水消毒化学消毒があります。

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b. 高水準消毒: 中リスク部位向け
中リスク部位に触れるあらゆる器材には、増殖性微生物が付着していてはなりません。ほとんどの芽胞は問題を起こしませんが、中には炭疽菌などの病原菌の芽胞のように、発芽に格好の場所である粘膜で増殖してしまうものもあります。そのため、芽胞も殺滅しなければなりません。6.2.2 で見てきたように、芽胞を完全に殺滅することはさらに難しく、より強力な方法が必要となります。中リスク部位に用いられる器材に付いた微生物を死滅させる処理も消毒と呼ばれますが、要求される不活化の水準がさらに高くなるため、高水準消毒ともいいます。

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また、高水準消毒には湿熱、乾熱、化学薬品によるものが最も一般的な方法ですが、不活化の条件は、低リスク部位の消毒よりもずっと厳しくなります。

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--6.2.2.1 毎使用後の消毒

院内で、感染のキャリアから他患者への最も一般的拡がり方は、直接的または間接的な接触です。概して、洗面器、便器、尿瓶、リネンなど、患者個人が使用する物品が感染の媒体となることがあります。感染は思いもよらず、極めて容易に起こりえます。たとえば、一杯になった尿瓶を看護師がある患者から回収し、同じ手で清潔な尿瓶を別の患者に渡してしまうとしましょう。これだけで清潔な尿瓶は汚染され、その尿瓶を使う次の患者が感染することがあるのです。
そこで、院内感染を減らすには、患者に接触したおそれがある器材はすべて他の患者に使う前に消毒しなければなりません。さらに、処置後、医師や看護師が別の患者を診療する前に、手指を洗浄することが極めて重要になるのです。

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--6.2.2.2 壁や床などの消毒

病気が蔓延する危険性が高く、感染患者周辺の清浄だけでは不充分になった場合、壁、床、戸棚など患者周辺を消毒しなくてはならないときがあります。ひどく衰弱した患者の病室、感染性が高い微生物が存在する状況では、特にそれが必要となります。院内感染としてよく知られているのがMRSA(※14)感染です。MRSAは黄色ブドウ球菌の変異体で、常在菌として鼻内や皮膚に棲息します(図5-10)が、一旦、この変異体が抗生物質に耐性をもつと、抑え込むのがとても難しくなります。MRSAに感染した患者の退出した病室は、徹底的に消毒する必要があります。院内でMRSA感染が生じた場合には、滅菌部門のあらゆる作業スペースを消毒しなければなりません。

※14
MRSA:メシチリン体制黄色ブドウ球菌

--6.2.2.3 消毒(disinfection)と除染(decontamination)

文献や普通の会話では、「医療材料または機器を消毒(disinfection)する」という表現をよく使います。また、物品を消毒する化学物質を指すには「消毒剤(disinfectant)」という用語を良く使います。消毒という用語の文字通りの意味は、「感染(infection)の除去(dis)」ですが、そもそも感染とは、生命体が他の生命体に汚染された場合の反応です (5.2参照)。つまり、「医療器材の消毒」という言葉は誤りとなります。物が感染することはありえないからです(鋏が咳をしたり、持針器が炎症を起こしたりした話を聞いたことがありますか?)。感染するのは生き物だけで (5.6参照)、物が感染(infection)することがない以上、物が消毒(disinfection)されるということは本来ありえないのです。機器は汚染(contamination)されるものなので、「汚染を除去する」という場合、より適切な言葉は「除染(decontamination)」です。また、その言葉の意味するところは普通、滅菌までは要さないにしろ許容できる水準まで汚染を減らすことです。しかし、消毒という言葉は日常的に用いられています。たとえば機器の消毒、洗浄消毒機(ウォッシャーディスインフェクター)、消毒剤などです。この意味での「消毒」という言葉が日常業務であまりに広く用いられてきたので、厳密には正確でないものの、本書では除染と同義で用いることにします。

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除染(じょせん)という言葉は、滅菌医療器材の再生処理全般を指す際に用いられる機会が増えており、それは洗浄・消毒・滅菌すべてを含みます。これに伴って、医療器材の再生処理に関する学問は、除染学と称されるようになっています。


-6.2.3 滅菌

高リスク部位とは、皮膚、粘膜よりも深い部位です。体液は病原性微生物にとっては格好の棲処です。理想的な温度と湿度があるため、芽胞には絶好の増殖場所となります。それゆえ、開放創に触れる、あるいは皮膚や粘膜を貫通するすべての器材の微生物は、徹底的に除去されなければならず、また、芽胞もすべて死滅させなければなりません。特に、破傷風菌の芽胞はなかなか殺滅できません。これらの芽胞を殺滅するにはさらに強力な方法が必要となります。芽胞を含む微生物すべてを殺滅する処理を、滅菌 と呼びます(※15)。

※15
文献によっては、無菌を以下の定義で用いています。
無菌:ウイルスを含む生存能力のあるあらゆる生物が存在しないこと
• ここでは、微生物ではなく生物という言葉を使っています。物が適切に包装、滅菌されても、後で包装内にアリやハエが見つかれば、その物は無菌とは言えません。
• 生存能力のあるあらゆる生物という表現が用いられるのは、死滅した菌の残存物があるかもしれないからです(もはや生菌ではありません)。
• ウイルスも含むと付け加えているのは、本質的にウイルスは生物ではないとする主張があるためです。

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幾多ある医療機関の中でも、とりわけWHO(World Health Organization=世界保健機関)は、体液に接触するおそれが少しでもある器材は使用前に滅菌することを推奨しています。

滅菌にはさまざまな方法があります。

• 湿熱 (高温蒸気または熱水)
• 乾熱(※16)
• ガスや化学物質による毒殺
• 放射線照射
• 湿熱と毒性ガスとの組み合わせ

※16
多くの国で、医療施設での乾熱滅菌は段階的に廃止され、現在では禁止されています。自国でどの滅菌方法が認められているかは関係当局に確認してください。

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医療器材の最も一般的な滅菌法は、高圧で高温の蒸気による滅菌です。滅菌に関する詳細は、次章(第7章)で学びます。


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6.3 無菌状態を維持する:包装の重要性

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未包装の器材でも滅菌直後は微生物が存在しませんが、再汚染を防ぐには直ちに使用しなければなりません。これは、器材を未包装で滅菌する際には使用する部署(たとえば手術室など)で滅菌した直後に用いなければならないということです。かつて、これはごく普通に用いられていた方法でした。滅菌済み物品の用意がない手術室には小型滅菌器が備わっており、すぐに使う必要がある器材の滅菌に使用していました。特殊な器材や、手術中に誤って床に落としてしまったが、それでも手術に使わざるを得ない器材などです。14.6.2も参照してください。

一般診療では、器材は使用する前にあらかじめ滅菌されています。滅菌済み器材を病院のさまざまな部署でいつでも使えるよう準備しておくことが中央材料部の役割です。しかし、滅菌済み器材をテーブル上に放置しておけば、テーブルや周囲の空気と接触してしまいます。テーブルには細菌がいて、無論、空気にも含まれるため、器材はすぐに再汚染されてしまうのです。機器の保管が長期にわたることもよくありますが、再汚染を防ぐには滅菌器に入れる前に適切な方法で包装しておかねばなりません。包装材は中の器材の滅菌のために、滅菌剤(蒸気など)が内容物表面に到達できる(※17)ように作られています。同時に、微粒子や微生物が侵入できない構造になっているので、滅菌後は包装内の器材の再汚染を防ぐことができるのです。

※17
器官、組織、体液に接する機器の全表面は滅菌済みになっている必要があります。そのためむき出しの表面全体が、滅菌剤に接することが必須です。

無菌バリアシステム
滅菌工程では、使用直前まで無菌性を保つために滅菌包装が用いられます。これらは無菌バリアシステムと呼ばれ、使用時にスムーズに無菌的な開封ができ、再汚染を防ぐことができるように設計されています。

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6.4 病院での無菌と衛生

これまで、清浄(洗浄)・消毒・滅菌と、微生物を除去し死滅させる方法、さらに器材を無菌に維持する重要性につき述べてきました。

-6.4.1 病院の衛生

これらの作業は、患者や職員たちの感染を防ぐために行われ、病院を清潔な職場環境に保ち病気が拡大するのを防ぐという一般的目標の一部です。言い換えれば、病院内の衛生を高い水準に保つことに寄与するということであり、それは正しい感染予防プログラムを導入、実践してはじめて達成されます。このようなプログラムは医療従事者を守るために最適の方法でもあります。医療器材の滅菌、無菌性の確認は、院内衛生のほんの一側面に過ぎません。他に、重症患者を看護し、診療前後によく手指()洗浄し、病棟、病室、厨房を清潔に保ち、安全な食事を提供し、下水、廃棄物処理システムを整備することなどが挙げられます。最後になりましたが忘れてはならないのは、職員の注意深い業務への取り組みが感染予防に欠かせないという点です。感染予防プログラムにはこうしたすべての要素が盛り込まれるべきです。

-6.4.2 無菌法

器材が実際に患者に使用される前に再汚染するのを防ぐため、あらゆる手だてがとられます。滅菌は、器材が使用される瞬間まで無菌にするための一連の作業のひとつ輪にしかすぎません。全体の作業が器材、生体組織の汚染を防ぐノウハウを必要としています。このように、器材、医材、生体組織の汚染を防ぐ方法は無菌法と呼ばれます(※18)。

※18
無菌法(asepsis)と「消毒法」(antisepsis)を混同しないこと:消毒法は手術や傷の手当ての前に行われる皮膚消毒のこと。消毒法は無菌法の一種でもあります。

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以下が、無菌法を誤りなく行うための具体例です。

* 手術中に覆布などで患者を覆う
* 消毒剤で手術部位を消毒する
* 滅菌した医材、器材を使う
* 清潔な手指で作業をする
* 清浄空気を供給する

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中央材料室では、無菌法の業務手順に従って作業が行われなければなりません。以下のガイドラインが関係します。

* 洗浄、包装、保管エリアの区分け
* 適切な服装
* 個人の衛生管理
* 正しい包装法
* 包装は開封しやすくしなければなりません。開けにくい包装は、再汚染につながり、ひいてはすべての滅菌処理が破綻してしまうおそれがあります。

無菌法という考え方は、器材セットやトレイが広まったきっかけでもあります。手術や処置に必要なすべての器材を1つにまとめることにより、開封すればすべての器材が直ちに使用できるため、手間がかからず器材の再汚染のおそれを小さくすることができます。また術野近くでの動き(開封作業)を減らすことで、微生物を含む空気の流動を少なくし、再汚染を防止できるのです。

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6.5 医療器材の再処理

在院中、患者にはさまざまな医材、機器が用いられます。いずれも値が張るため、できれば再使用されることになります。しかし、再使用できるようにするには、企図(きと)したとおりに、安全に使えるよう再処理を行わなければなりません。すでに、洗浄、消毒、そして滅菌が器材の再処理で重要な位置を占めることを学んできましたが、再処理を適切に行うために、いくつかの原則を心に留めておく必要があります。


-6.5.1 再処理の一般原則

・診療や患者ケアに一般的に用いられるすべての器材は、使用ごとに念入りに再処理しなければなりません。

・感染予防はすべての消毒、滅菌業務の目標です。それゆえ、器材の再処理手順を吟味する際、患者や職員の安全が最も重視されなければなりません。使用済み器材、患者ケア用品、検査器材は(用手)洗浄(※19)の前に消毒しなければならず、雇用主は洗浄、消毒のために保護手袋やその他の適切な防護具を提供し、職員はそれらを使用しなければなりません。消毒業務で最も大切なことは、怪我や皮膚のかぶれを防止することです。しかし、それでも感染が生じてしまった場合、またはたまたま血液(または他の危険な体液)に触れたりした場合、順守すべき手順が明確に定められてなければなりません(※20)。

・潜在的危険がある気体、蒸気、エアロゾルの吸入を避けます。

・熱水(※21)消毒と滅菌を 化学的方法より優先すべきです。

・作業規則や作業指示は文書化されて、どのような状況であっても、従うべき手順が明記されていなければなりません。言うまでもなく、ここでは医療施設の既存条件を考慮しなければなりません。たとえば、実際に現場にはない機器が必要となる作業手順を定めることは意味のないことです。

※19
フランスなど一部の国では、患者への使用済み器材、物品、研究用器材は洗浄前に消毒することが求められています。この処理は一次消毒と呼ばれます。

※20
例えば、ガイドライン「偶発的血液接触(病院)」(オランダ、感染防止管理グループ(WIP))

※21
蒸気、水、高温の空気を用いて行う消毒、滅菌


-6.5.2 滅菌物の再処理サイクル

図6.14は、リユーザブルの滅菌物と患者に使われる器材の再処理サイクルを表したものです。

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それぞれの病院では、再処理サイクルをどのように運用しどの器材を用いるかにより、工程上での細かな違いが出てくるでしょう。この処理工程の図は、すべての高額な器材の再処理をどのように体系的に実践するかにつき基本的な枠組みを示しています。次に各段階につき簡単に記します。

①一次消毒(※22)

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フランスなど一部の国では、医療器材の使用後、なるべく早く一次消毒を行うことが求められています。この一次消毒の目的は、バイオバーデンを減少させ、タンパク質の乾燥を防ぐことです。よくあることですが、中央材料室ですぐに処理できない場合、使用する部署の近くで一次消毒が行われます。器材は必要に応じて分解し、開放させた後、全体を浸漬します。規定時間浸漬した後、器材は次なる処理のため中央材料室に搬送されます。

※22
この手順は、フランスでは必ず行わなければなりませんが、他の多くの国では主に使用済みの不潔な器材を浸漬せずに搬送するようにしています。これは現代の洗浄滅菌部門では、洗浄前に使用済み器材に触れることはまずないのでできることです。さらに器材は使用直後、完全に乾ききってしまわないうちに搬送されます。水を張らずに搬送するため、軽量で、消毒剤を飛散させるおそれもなく、環境にもやさしいとされています。


②中央材料室への搬送

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手術室や他部署での使用後、汚染器材は集められ、適切なコンテナやトローリーで、再処理が行われる部門、つまり中央材料室に搬送されます。


③洗浄

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器材は中央材料室の洗浄担当に回されます。洗浄部署では、汚れた器材が取り扱われる、つまり、この部署は中央材料室の中では「不潔区域」となります。洗浄とはすべての(目に見える)汚れを除去することであり、あらゆる病原体を含む微生物のほとんどはここで除去されます。適切な洗浄は、滅菌物の処理サイクルの中で最も不可欠な手順とされます。


④検査・トレイ組み

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どんな手術であれ、手術中に器材が見当たらなかったり、落としたりしてしまうのは術者にとっても不快なことですし、また患者だけでなく手術スタッフにとっても大きな問題になりかねません。すべての手術用医療器材が揃っていて、かつその器材が適切に機能することが大切です。それゆえ、どの器材も厳格な検査を経て再確認し、完璧に組み立てることが必要になります。


⑤包装

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使用前の滅菌物は通常、必要となる時まで保管されます。保管中の再汚染を防ぐためには包装しなければなりません。つまり、滅菌物は包装した状態で滅菌しなければならないことを意味します。それゆえ、滅菌剤が器材に達するように包装する必要があります。一方、包装は、滅菌後微生物が器材に到達しないというバリア機能を果たすべきで、使用直前までの無菌性を保証するものでなくてはなりません。包装が不適切であったり破損したりしていては、洗浄、包装、滅菌すべての処理を無意味にしてしまいます。


⑦滅菌

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包装が終われば、滅菌の準備が完了します。滅菌器内では、洗浄後残存していた微生物は殺滅され、菌数は安全とされるレベル、つまり無菌性保証水準(SAL)まで減少します。湿熱、乾熱、EOG、ホルムアルデヒド、放射線、ガスプラズマなどさまざまな方法が用いられ、それぞれ特定の用途があります。医療施設で最もよく使われ、一般的で安全な方法が、高圧蒸気による湿熱(蒸気)滅菌です。蒸気滅菌に用いられる機器が、高圧蒸気滅菌器(オートクレーブ)であり、性能と安全性において厳しい技術規格(例:大型滅菌器の欧州規格EN285 )を満たしていなければなりません。スタッフや患者の安全のために、医療用の滅菌器は積載法と包装の組み合わせごとに、すべての工程でバリデーションを行わなければなりません。簡単に言えば、滅菌器が滅菌できることを立証しなければならないのです。


⑧滅菌物の保管

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滅菌サイクルが終わると、滅菌物を滅菌器から取り出します。工程データの記録とインジケーターをもとに工程をチェックし、条件を満たしていれば滅菌物を取り出して保管、搬送し、使用します。滅菌物は適切な場所に、次の使用に備えて保管されます。滅菌物保管庫には環境条件や保管管理のための特別な要件があります。滅菌物の時間的使用期限、あるいはイベントリレーテッド(破損、汚染等のイベント発生時が期限)の考えが 使用時までの滅菌保証に用いられています。


⑨現場への搬送

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滅菌物は必要な時に保管場所から取り出され、現場へと密閉式トローリー、またはコンテナシステムで運ばれます。外に搬送する際には、器材の滅菌性を保証するため他の手段がとられ、器材が使用者に渡るまで適切な手順が必要となります。


⑩滅菌物の使用

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どのような滅菌物も、安全に使用するには正しく使用する必要があります。誤った方法で開封しただけで、使う直前にも器材は汚染されます。無菌操作を意識していれば、使用時の再汚染のおそれを最小限に抑えることができます。滅菌物を無菌的に開封し、術者に手渡すことも、そうした手順の一例です。


⑫品質保証

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治療中に滅菌物やその他の物品を正しく安全に使用するためには、滅菌供給業務のいずれのステップも重要です。どのステップでもミスや失敗は再汚染の原因となり、それまでの業務すべてを台無しにしてしまいます。その結果、大きな損失を生み出したり、感染の原因となったり、患者やスタッフの命を危険に晒したりすることにもつながりかねません。そのため、どのステップも厳しく監視下に置かれる必要があります。これを実現するのが、サイクルの各ステップを分析、記録、監視するための品質保証制度です。ここには、患者やスタッフのために安全で、期待された機能を備える製品を、許容できる価格で提供するために、あらかじめ決められた品質基準が設定されています。品質基準に適合する製品を生産するための手段が品質保証制度です。


6.6 近代(西洋)医療の起源:アスクレピオスとヒギュエイア

近代医療にあっても、古代に根づいた用語や記号が今でも用いられています。以下の古代ギリシャ人二名は、近代医療の起源と深い関わりがあります。


アスクレピオス
古代ギリシャ世界の病院は、ギリシャ神アスクレピオス(ラテン語でアイスクラーピウス)を祀る神殿でした。同神殿で発見された多くの書物には、「(ときに奇跡的な)癒し」についての記述があります。かの詩人ホメロス(B.C.約800年)はアスクレピオスを医師として物語っています。詩人ピンダロス(B.C.約475年)はアスクレピオスを英雄(半神)とあがめました。ギリシャ神話では、アスクレピオスはギリシャの神々の一員、アポロの子とされていました。 アスクレピオスは力強く、心やさしい男性像として描かれ、蛇が巻きついた杖を持ち歩き、その杖は癒しの神から授けられた「救い」の象徴でもありました。杖の「枝と葉」は「生と成長」を象徴し、その蛇は大地の裂け目や洞窟内に隠れ地中に棲むものとされました。そのため、この蛇は成長の力を秘め、命をもたらす、大地の象徴なのです。

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ヒギュエイア
ヒギュエイアはアスクレピオス神の娘であり、助手でした。実際のところ、古代ギリシャやローマ時代の、ナースが病人の看護をすることについては何も知られていません。しかし神話上では何人かの婦人が女神の立場からナースの役割を果たしています。古(いにしえ)の医師の手助けをしたのがアスクレピオスの五人の娘たちでした。
最も有名なのがヒギュエイア、姉妹のひとりはパナケイアと呼ばれました。現在でも、パナケイアの名は万能薬として知られています。神殿では、ヒギュエイアはその父アスクレピオスと共に崇拝されていました。祭壇の生贄は、アポロとその息子アスクレピオス、そして孫娘ヒギュエイアに捧げられました。病気の治療におけるヒギュエイアの役割は、主に清浄することでした。それは、彼女が純潔とみなされていたことからもわかります。五人娘のうち、ヒギュエイアは最も重要な地位を占めており、アスクレピオスの治癒力、清浄、純化のいわば象徴なのです。
衛生(Hygiene)という言葉は彼女の名(Hygiea)にちなんだもので、現在は「健康を維持するための条件や慣行」を意味します。無論、本書で述べる「感染予防」にもかかわってきます。

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出典:医療現場の清浄と滅菌
この本の内容にご興味のある方はお問い合わせください。
株式会社 名優



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