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8. 滅菌前の洗浄

8.1 序論

6.2では、なぜ滅菌前に洗浄を行うことが重要であるかを学びました。本章では、洗浄すべき「汚れ」とは何なのかについて、また中材での実際の洗浄業務、そして洗浄工程のメカニズムについてより詳しく学習していきます。その洗浄に適した特性から、水は洗浄工程において重要な役割を果たします。水質の確保は重要な要素であるため、水質改善の方法も記載しました。また、洗浄を適切に行うには水の力のみでは不充分なので、さまざまな化学物質で洗浄効果を高める必要があります。そこで、洗浄の化学作用についても説明します。洗浄には、用手洗浄と機械洗浄があり、それぞれに特徴があります。中材では、汚染レベルの高い器材が処理されているので、本章では作業員を守るための方法についても紹介します。最後に、洗浄が適切であるかを確認すること、つまりバリデーションが必要となります。日常業務においては数々のバリデーション用試験器具が利用できるので、本章の最後で紹介します。

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8.2 滅菌の前に洗浄する理由

使用目的によって、医療機器の再処理は清浄(洗浄)、消毒、滅菌に分類されます。消毒・滅菌すべき医療機器をまず洗浄するのにはいくつもの理由があります。


• 目に見える汚れ、組織、血液、異物の除去

医療機器のなかで、特にそれがクリティカルな器材であった場合、生存した細菌が一切付着していない状態が求められます。しかしながら、器材がたとえ無菌であっても、汚れや異物が残留していれば傷口から患者の体内に入り、非常に危険な合併症の原因となるおそれがあります。人体は体内に入ったあらゆる異物を排除しようとするため、回復の遅れや、余計な苦痛を患者に強いることになります。万が一、手術中に汚れが血流に混入した場合、非常に危険な状態に陥りかねません。

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• バイオバーデンの減少

6.2.1で学んだように、器材に付着した微生物の数(バイオバーデン)は大幅に減らすことができます。このようにして、消毒・滅菌前の初期汚染を大幅に減らすことで殺滅する菌数をあらかじめ減らし、作業をより効率的にすることができるのです。さらに、食べかす、血液、膿などの目に見えるすべての汚れを取り除くことで細菌の培地を奪い、繁殖を防ぎます。しかしながら、他にもまだ恐るべきことがあります。

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もし、細菌の残骸が血流に混入した場合、発熱の原因になることがあるという事実です。この死骸はパイロジェン(発熱物質)と呼ばれ、細菌によっては死滅時に有毒物質を排出するものが存在し、これらのエンドトキシン(内毒素)が、重篤な病気の原因になることがあります。細菌の殺滅(消毒・滅菌)の前にバイオバーデンをなるべく低く抑えるのは、こういった理由があるからです。


• 器材の腐食・孔食(こうしょく)予防

医療機器の多くは非常に精密な構造をしています。ピボットやヒンジは、残留した汚れにたいへん弱い部分です。わずかに残留した血液でも重大な腐食(錆)の原因となり、滅菌(特に蒸気滅菌)中の湿度や温度によってさらに悪化します。腐食は医療機器を損傷するだけではなく、その機能や患者の安全までも損なうことになりかねません。

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• 正しい洗浄や消毒により、器材はより安全に使うことができるようになる

洗浄後、器材は点検・セット組みし、滅菌用に包装しなければなりません。集中力を要する作業ですが、洗浄や消毒によってこの作業をより安全に行うことができます。

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<まとめ>
---洗浄の目的---
1. 目に見える汚れを除去する
2. バイオバーデンを減少させる
3. 細菌が繁殖する培地をなくす
4. 器材の腐食・孔食を防止する
5. 再処理のサイクルで、器材のより安全な取り扱い、移動ができるようになる


8.3 使用済みの手術器材の汚れ

手術に使った器材には血液や組織が付着し、汚染します。また、消毒剤やその他の化学薬品と接触する可能性もあります。しかし、付着する汚れの大部分は組織や血液が残留したものであり、タンパク質を含みます。タンパク質は、約50℃以上になると卵を茹でたときのように固まります(凝固:第7章参照)。熱水消毒や蒸気滅菌の際、滅菌物はこれよりもはるかに高い温度に晒(さら)されるので、残留したタンパク質はすべて器材に固着してしまいます。そこで、以下の2点が重要になります。

1. 消毒・滅菌の前に血液や組織などの汚れをすべて取り除くこと
2. 予備洗浄時の水温は50℃以下に留めること

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8.4 使用後すぐに洗浄する

血液や組織などの有機物が乾いて残留すると、器材に固着し時間の経過とともに除去が困難になっていきます。食事の後、皿を洗わずに放置しておけばどうなるか?それと同じことです。そのため、使用後にできるだけ早く洗浄しなければなりません。国によっては 、汚染した器材を使用後すぐに消毒薬の中に浸漬することもありますが、器材の乾燥は防げても、消毒薬による腐食や、作業時の衛生を保てないなどの問題があります。そのため、むしろ使用後直ちに洗浄することが重要です。


8.5 洗浄工程

器材を使用後に洗浄するにはいくつかの手順を踏まなければなりません。以下ではその手順を紹介していますが、病院で定められた手順や器材の種類、コストや資源の手に入れやすさによって異なる場合もあります。


-8.5.1 ディスポーザブル製品の区別

手術後、器材トレイには綿球、メスなどのディスポーザブル(単回使用)製品が含まれていることがあります。これらは、手術室で使用後すぐに廃棄されます。

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刺創のリスクを減らすために、針、メスなどの鋭利な器材(鋭利物)は、専用コンテナで回収されます。また、他のディスポーザブル製品は医療廃棄物専用の廃棄用コンテナに収納されます。この医療廃棄物用コンテナは色別管理がされています 。


-8.5.2 中央材料部へのセット器材搬送

通常、セット器材は使用後に使用前と同じトレイに入れられて洗浄部門 に運ばれます。
中材での工程フローについてはさまざまな考え方があり、手術室での一次処理、器材の搬送法などにより異なります。多くの病院と同様に、搬送が乾燥状態で行われるならば、以下の手順になります。

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6.5.2も参照

-8.5.3 初期洗浄/フラッシング

使用済みの器材は汚れにまみれており、感染源となります。トレイの器材は深めの洗浄槽の中で、50℃以下のハンドシャワーで洗い流しします。この場合、充分に深さのある洗浄槽を使い、作業者に水しぶきが飛散しないように注意してください。また初期洗浄は、自動フラッシャーや、超音波洗浄槽で行うことも可能です。

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-8.5.4 用手洗浄と機械洗浄の使い分け

手術室でディスポーザブル製品を分別しきれていない場合は、それらをすべて取り除き、機械洗浄が可能な器材と不可能な器材とを区別します。この作業中は受傷のおそれが最も高いため、細心の注意を払いつつ作業します。エプロン、ガウン、丈夫な防護手袋も必須です。できればマスクも着用しましょう。作業者の防護については、8.12も参照してください。
器材の損傷を防ぐためには、器材を別のトレイに移し替えるようにしましょう。作業台に乱雑に積み上げていくようなことをすると、精密な器材を破損してしまうおそれがあります。噴射水が器材の全表面に確実に達するように、大きな器材セットは2つ以上のトレイに収納することが必要となる場合もあります。

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-8.5.5 洗浄/消毒

残存したすべての汚れは洗浄中に取り除かれます。洗浄には用手洗浄と機械洗浄があります。ウォッシャーディスインフェクターの場合、まず洗浄し、その後熱水による高温消毒を行います。通常は、手洗浄であらかじめ洗浄をした場合でも、機械洗浄が可能であれば機械洗浄を行い、その後消毒します。

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-8.5.6 洗浄と乾燥の確認

洗浄後、すべての器材が乾燥していて、正しく洗浄されているかどうかを検査します。ピボット、鋸刃(のこば)、管腔部などの洗いづらい部分は特に念入りに検査を行い、また通常はこのとき機能検査も併せて行います。

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作業者のリスク軽減

作業者のリスクを軽減するため、用手洗浄を事前に行わない国もあります。言い換えれば、可能な限り機械洗浄を選ぶということです。製造元は、機械洗浄だけでも適正な洗浄が可能となるよう洗浄工程を日々革新しています。

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8.6 洗浄作用

私たちは手を洗う際、水(ぬるま湯)と石鹸を使い、手をこすり合わせます。そして、石鹸と汚れを水ですすぎ流します。洗浄工程には、この手洗いと同じように単純な要素が含まれています。

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1. 水(溶媒)
水は、被洗浄物の汚れを溶かし、または浮き上がらせそして運び去るための媒体です。すべての洗浄作用の基本にあるのが水です。

2. 機械的作用
拭き取り、ブラッシング、高圧水噴射、超音波などがこれにあたります。

3. 化学的作用
洗浄剤の水溶液を使い、汚れや細菌を浮き上がらせます。石灰などの残存物のもとになる汚れの中の化合物も分解できます。洗浄剤には殺菌作用やタンパク質分解効果、器材の保護効果のある添加物が配合されているものもあります。

4. 熱作用
熱は、水、石鹸、洗浄剤の分解力を高めます。

5. 時間的作用
洗浄効果を得るためにはある一定の時間が必要となります。適正な洗浄のためにかかる時間は、洗浄方法や作用の強さによって変わります。

メモ:
組織や血液の凝固を防ぐために、予備洗浄中の温度や中性洗浄剤の温度は50℃以下に抑えなければなりません。しかし、アルカリ性洗浄剤を使う場合、タンパク質残留物を加水分解(水の力で分解)するためにより温度を高くする必要があります。そのため、洗浄中の温度は洗浄剤の種類に合わせて正しく選択しなければなりません。


洗浄のサークル図
器材の清浄化のための洗浄作用を円グラフで総合的に表すことができます。それぞれのエリアが、洗浄作用に与える相対的な影響を表しています。この図は、Dr. Herbert Sinnerにちなみ、「シナー・サークル」と呼ばれます(図8.14)。洗浄の方法により、それぞれの洗浄作用の占める役割は異なります。ブラシを使う用手洗浄では機械的作用が洗浄結果に大きな影響を及ぼすのに対し、機械洗浄の場合だと、機械的作用は水の流れのみなので、化学的作用や温度などの他の要素を高めないと同様の洗浄効果を得ることができないのです。

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8.7 洗浄の化学的原理

洗浄では、すべての汚れを器材から除去しなければなりません。汚れを分解し、分解できなければ汚れを落とし、水に溶かしこませます(懸濁(けんだく))。水に溶かすことで、すすぎにより汚れを洗い流すことができるわけです。手術後、器材には血液、組織、脂肪、油脂、化学物質が付着しますが、これらはすべて除去しなければなりません。水は、洗浄において非常に大切な役割を果たします。脂肪などの汚れは水溶性ではないので、水に懸濁するようにしなければなりません。タンパク質は脂肪よりも粒子が大きく、また水溶しないため、細かく分解して除去しやすくする必要があります。洗浄を理解するには、洗浄物、汚れ、洗浄剤、水の間の非常に複雑な相互作用、つまり「洗浄の化学」を深く理解しなければならないことは明らかです。現在では技術が発達し、さまざまな器材を洗浄するための高性能な製品が開発されました。洗浄に関する詳細な情報は、多くの書籍やウェブサイトで学ぶことができます。洗浄の化学の基礎を理解するために、本節では洗浄工程に関連した内容に焦点を当てて、機械的作用や溶液の温度が、水・化学製品の働きをどのように助けるかについてみてゆきます。


-8.7.1 水と洗浄

水は、優れた数々の特性をもった驚くべき液体です。ふんだんに得ることができ、あらゆる生物に欠くことのできないものです。社会、家庭、工業において信じられないほど多くの用途があります。そして洗浄工程においても、水は大切な役割を果たします。 

--8.7.1.1 水の構造と水の特性

水の化学式はH2Oです。この化学式を見ればわかるように、水の分子(物質の性質をもつ最小単位)は2つの水素原子(H)と1つの酸素原子(O)から成り立っています。水素原子と酸素原子が、電子の作用により共有結合して分子を形成しています。電子は負(-)の電荷をもっており、原子核は正(+)の電荷をもっています。水分子の場合、負の電荷をもつ電子は、水素の原子核よりも酸素の原子核に偏る傾向があるため、酸素原子側は負の電荷を帯び、水素原子側は正の電荷を帯びます。水は、そのため「極性を帯びている(=電気的な偏りがある)」といわれます。この極性のため、水の分子は互いに引き合います。これを「水素結合」と呼び、水がもつ数々の素晴らしい特性の元となっているのです。

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• 多くの物質の溶媒として適している
• 沸点が比較的高い
• 物質的に安定している
• 表面張力が非常に大きい

これらの特性も、洗浄工程中の水の作用に影響を与えます。

-8.7.2 水を使った洗浄の問題点

正しく洗浄するには、汚れを分解するか水に懸濁させ洗い流すことが必要です。水は多くの物質を分解しますが、残念なことにそれ単体では油脂、脂肪、タンパク質などの汚れを落とすには不向きな性質もあります。しかし、使用済みの器材は、これらが主な汚れの原因である以上、解決法を見出さなくてはなりません。

-8.7.2.1 水が弾かれる理由-表面張力

汚れを洗い流すために、汚れを溶かして浮かせる必要がありますが、そのためにまず水が汚れに接触しなければなりません。実は、純水には物の表面をなるべく濡らさないようにする性質があるため、接した表面上でビーズ状になろうとします。水は極性を帯びているため、それぞれの水分子は他の水分子に囲まれ引き寄せあっているのですが、水滴の表面では、水分子は水側(内側)の分子とのみ結合しようとします。表面の水分子が水滴の内部に引っぱられるため、張力が生まれるのです。この表面張力により、水はガラスや繊維の表面上でビーズ状になろうとします。水滴は形を保ち拡がろうとしません。この表面張力のため、水は器材表面を濡らそうとしないので、洗浄工程を妨げてしまうのです。

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--8.7.2.2 水は脂肪や油脂を分解できない

水はその極性のため、多くの物質を分解することができます。一般的に言って、水のような極性をもつ物質は、水溶性を示しやすくなるといえます。塩、酸、塩基などはその例で、これらは親水性の物質です。

しかし、汚れの中でも重要なある物質群は極性を持たず、水に溶けません。これらの物質は疎水性の物質と呼ばれます。脂肪、油脂、タンパク質の一部などはその例であり、使用済み手術器材に大量に付着します。そのため、水の力だけでは洗浄を正しく行うことはできません。正しい洗浄のためには、これらの汚れも除去しなければならないのです。

--8.7.2.3 水の洗浄力の改善-界面活性剤

肝心なのは、水が器材表面に接触するようにすること、つまり、表面張力を弱めることです。表面張力を弱める添加物を水に加えることで、水は拡散し浸透力が高まります。この働きに優れた化学物質を界面活性剤と呼びます。界面活性剤は、その分子の片側が水と馴染み(親水性末端基)、逆側が油と馴染む(疎水性末端基)性質をもつ物質です。これらの物質は水の表面張力を弱める作用があります。界面活性剤は脂肪や油脂を分解することができ、乳化させ水に溶かす作用があります。また、汚れを水に懸濁させるので、すすぎ時に水とともに洗い流すことができます。その代表格が、石鹸や洗浄剤です。
また、リン酸塩なども脂肪や油脂を乳化することができるため洗浄剤に配合されていますが、表面張力を弱める力は強くはありません。

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-8.7.3 水の組成と水質

天然の水は、ごみや塵の粒子、微生物、ミネラルなど広範な物質を含みます。ミネラルは自然界に存在する化学物質で、塩化ナトリウム(食卓塩の主成分) 、硫酸カルシウム(ジプサムの主成分) 、重炭酸カルシウム などがその例です。ミネラルは水に溶けると、水中で遊離しイオン(荷電粒子)になります。電解すると、水素イオンやカリウム(K)、ナトリウム(Na)、カルシウム(Ca)、鉄(Fe)などの金属イオンが主である陽(+)イオン(カチオン) と、陰(-)イオン(アニオン) になります。アニオンは酸、塩基、塩の「残り物」であるのが普通です。水中イオン濃度は、採水地の地質学的組成により大きく異なります。カルシウム(石灰)やマグネシウムを多く含む土地では、水にミネラルのイオンが多く含まれています。

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--8.7.3.1 硬水と軟水

蛇口や洗濯機のドラムにスケール(水垢)が溜まっているのを経験したことがあるでしょうか。これは水が硬水であるために発生し、地域によってその度合いが異なります。硬水は、水が石灰岩地形を流れたときに生成されます。また、カルシウムイオンやマグネシウムイオンが水中に溶け込んでいます。そのため、水の硬度は採水地の地質学的組成により大きく異なるのです。
水の硬度には2つの種類があります。

一時硬度
重炭酸カルシウムや重炭酸マグネシウム(スケール)によるもの
水に多量の重炭酸カルシウム や重炭酸マグネシウム が含まれているとき、硬水と呼ばれます。沸騰など高温時に、これらの物質は水に溶けず、重炭酸塩は不溶性の炭酸塩となり、沈殿します。時間がたつと幾層もの硬いスケールとなり、水との接触表面に沈着してゆきます(図8.21)。重炭酸は一時的には水溶しますが水を加熱すると沈殿するので、重炭酸塩による硬度を一時硬度と呼びます。この沈着物は器材の変色や洗浄器の不具合の原因となります。ヒーターが、熱が伝わらないスケール に覆われると、放熱を妨げられます。その結果、オーバーヒートを起こし、ついには破損してしまうのです。また、スケールがあると昇熱に余分なエネルギーを要するので、エネルギー消費量も大きくなります。軟水化だけで、水溶性の永久硬度塩に変えることができます。一時硬度が全くない、あるいは非常に少ない水を軟水といいます。

永久硬度
永久硬度は、硫酸カルシウムや硫酸マグネシウム など、非炭酸塩により生じます。これらは水中に溶解したままで、加熱しても沈殿を起こさないため、永久硬度と呼ばれます。二段階のイオン交換や、逆浸透処理により、永久硬度を取り除くことが可能となります。

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ミネラルは一時硬度の原因となるため、取り除くか水溶性の塩に変換する必要があります。この工程を軟水化といいます。これは、不溶性のカルシウム塩やマグネシウム塩をイオン交換によって水溶性のナトリウム塩にする工程です。ナトリウム塩は水溶性を保ち、残留物を生じません。そのため、パイプのつまりや加熱エレメントへの損傷を防ぐことができます。

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硬度の単位
水の硬度は、さまざまな単位で表されます。ヨーロッパで一般的なものが、一定の水量に含まれる酸化カルシウムの量を表すドイツ硬度(°dH) です。1ドイツ硬度は、1リットルの水に10mgの酸化カルシウムが含まれる状態を指します。国によってさまざまな単位の表し方がありますが 、日本ではアメリカ硬度を採用し、10ppmなどと表します 。

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他のミネラルの硬度は、水中の分子量を考えれば、ドイツ硬度に変換することができます。たとえば、1ドイツ硬度は、17.848mgの炭酸カルシウムが1リットルの水に含まれるので、17.848ppm と表すことができます。炭酸カルシウムは、スケールの主成分です。

スケール残留量の計算例
炭酸水素塩による一時硬度が6°dHで、水の使用量が1年あたり150m3のときの、年間のスケール量を計算します。
計算:水1m3=1,000リットル。1°dHでは水1,000リットルあたり17.8gのスケールを含むので、計算すると6°dH=6×17.8g=106.8g。つまり1,000リットルの水に106.8gのスケールが含まれます。年間の水使用量が150m3だと、150×106.8g=16,020gなので、年間のスケールの量は16.02kgにもなります。
ウォッシャーディスインフェクターの水質の要件
たとえばオランダの公共用水の硬度は、5.6~14°dH(平均8°dH)です。ウォッシャーディスインフェクターで最初のすすぎと洗浄に使われる水の硬度は、3°dH 未満、最終すすぎ用と消毒用の水は、0.12°dH 未満でなければなりません。これらの数値から、ウォッシャーディスインフェクターで使う水は未処理のままでは使えないということがわかります。水質を改善する方法については8.7.4で詳述します。ウォッシャーディスインフェクターは、複数の処理法を組み合わせて水処理を行います。

--8.7.3.2 塩化物

水道管内の水は塩化物を含んでいることがあります。また、洗浄中汚と一緒に塩化物が水に入り込みます。体液は通常は塩化ナトリウムを含むので、塩素も当然に含まれます。塩化物イオンは反応が強く、金属イオンを水に溶かす性質をもっています。そのため、水に塩化物が含まれていると、金属製器材のひどい腐食を生じ、目で見ても腐食したことがはっきりとわかる孔、「孔食」が生じます。洗浄中の最終工程では、すべての塩化物が取り除かれていなければなりません。
鋼製小物を塩水に浸せば、塩化物が腐食に与える長期的な影響が簡単にわかります。高品質のステンレス鋼でさえも、数時間で腐食が始まり、1日後には赤褐色の錆が発生しています。あたかも器材から「出血」したかのようです。

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--8.7.3.3 水の酸性度(pH)

純水中では、無数の水分子が結合し合っています。しかし、水素結合によりまれに水素原子核(プロトン)が他のH2O分子にくっつき、水素原子を3つもつ、H3O+(オキソニウムイオン)となる場合があります。電荷をもったまま水素原子を1つ失った分子は、陰イオンとしてOH-イオン(水酸化物イオン)になります。純水では、10,000,00個(107)の分子のうち1つで生じます。純水ではH3O+とOH-が等量なので、中性であり、酸性度を表すpHは7(10,000,000分の1のゼロの数)になります。H3O+の活量がOH-より増えると、水は酸性になります。たとえば、H3O+の活量が10,000分の1(104分の1)の場合、pHは4(10,000分の1のゼロの数)、つまり7未満のため酸性になります。H3O+の活量がOH-より少なくなると、水は塩基性(アルカリ性)になります。この水の酸性度は、洗浄に用いられる化学物質の洗浄特性、化学物質や水で生じる腐食に大きな影響を与えます。

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--8.7.3.4 ケイ酸塩

砂地から採水された水道水には、ケイ酸塩をが含まれます。ケイ酸塩はシリコン(砂の主な成分)を含んだミネラルです。

ケイ酸塩は器材に付着し、最初はくすんだ色に、付着が進むとやがて深青色に器材を変色させます。脱イオン化、蒸留などの方法で水処理を適正に行えば、ケイ酸塩などミネラルの大半を取り除くことができ、この問題を解決できます。また、洗浄剤にはケイ酸塩を溶解状態に保ち、ケイ酸塩の付着を防ぐ化合物が配合されているものもあります。

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-8.7.4 水質の改善

水質は、洗浄の仕上がりに大きく影響をします。水質の分析や水の処理を行うには、専門的な実務知識が求められます。水処理施設の設置計画や水に関連する問題解決には、豊富な経験と知識をもった機関や企業のアドバイスを受けなければなりません。この節では、水処理のごく基本的な部分だけを紹介します。洗浄工程の段階により、求められる水質は変化します。ここでいう高品質の水とは、粒子やミネラルの含有量が極めて低い水を意味します。洗浄工程中最初のすすぎでは、普通の水道水でも事足りる場合もありますが、最終すすぎ用の水は、ミネラルの含有量を最小限にしなければなりません 。中央材料室では業務に使用する水の質を改善するためにさまざまな方法が採られます。

--8.7.4.1 濾過

水中を浮遊する粒子やごみの大半を取り除くために、シーブスクリーンやフィルタエレメント、フィルタベッドを使って細かな粒子を濾過します。目が細かいほど、通過する粒子はより小さくなります。濾過だけでは完全に純水化することはできませんが、最初の段階として必須の工程です。なぜなら、粒子を除去しないとその後の純水化処理が妨げられ、処理装置の目詰まりを惹き起こし、莫大な費用がかかってしまうからです。そのため、水処理装置には大抵、プレフィルターが含まれています。

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--8.7.4.2 蒸留

蒸留は、水を沸騰させて水蒸気を発生させる方法です。蒸気が発生し、温度の低い部分に触れて凝縮し、水に戻ったものを回収します。これによって液体を集めることができます。溶質 は基本的に蒸発しないため、沸騰液中に留まります。沸点が近い不純物や、蒸発しない液体の小滴が蒸気とともに運ばれることがあるため、蒸留だけでは完全に純水化できません。しかし蒸留により、99.9%の純水を得ることができます。注射などの難しい用途では、複式蒸留、つまり、二回連続して蒸留を行います。この複式蒸留で高純度の水を得ることができます。しかし、この方法では膨大なエネルギーが必要なので、洗浄や滅菌に純水を大量に必要とする場合には軟水処理、脱イオン処理、逆浸透処理など他の方法が用いられます。

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--8.7.4.3 イオン交換法による軟水化

軟水器では、重炭酸カルシウム や炭酸水素マグネシウム といった、一時硬度の原因となる付着しやすい物質を塩化ナトリウムに置換します。これらの塩化ナトリウムは、水に極めてよく溶けるので付着を起こしません。軟水器では、硬水イオンがナトリウムイオンに置換されます。水を円柱状イオン交換樹脂に通すことでイオン交換を行います。カルシウムイオンやマグネシウムイオンはナトリウムイオンよりも強く樹脂に吸着するため、硬水が樹脂を通過すると、カルシウム、マグネシウム、その他の重金属イオンが吸着し、ナトリウムイオンと置換されます。ナトリウムイオンは水溶性なので、付着することはありません。やがて、樹脂は硬水イオンで飽和しますが、この樹脂中の硬水イオンはナトリウムイオンで再置換することが可能です。具体的には、樹脂を塩水(塩化マグネシウム)で洗い流すことで再生させます。このために、装置には塩水が満たされた容器が付属されています。通常、この再生工程は自動で行われます。

ゼオライト
イオン交換樹脂の代わりに、ゼオライトが使われることがあります。ゼオライトは自然界に存在する一見粘土のような鉱物です。通常、粘土はトランプの束のような結晶構造をもっていて、層の間に水が出入りすることで膨張・収縮するようになっています。対照的に、ゼオライトは蜂の巣状に三次元的な結晶構造をもっており、空洞が多層式に連結しています。そのため、ゼオライトは微細孔(びさいこう)をもった固体であり、「分子ふるい」として知られています。このふるいは、カルシウムやマグネシウム(硬水の原因、不溶性のイオン)、ナトリウム(水溶性イオン)などの陽イオンを吸着します。もともと、ゼオライトは水溶性のナトリウムイオンと結びついていますが、硬水がゼオライトを通過するとゼオライト中の水溶性のナトリウムイオンが、硬水中にある不溶性のカルシウムイオンやマグネシウムイオンと置換されます。このため、ゼオライトを通過した水には、水溶性のナトリウムイオンのみが含まれます。

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今日、ゼオライト はイオン交換に適した特性をもつように合成して生産することができるようになりました。
硬水イオンで満たされた樹脂やゼオライトは、塩水(塩化マグネシウム)で洗い流すことでナトリウムイオンによる再生が可能で、軟水化に再び使用することができます。

--8.7.4.4 二段階イオン交換法による脱イオン化

工程中、水中のすべてのイオンは二段階の工程で取り除かれます。まず、金属イオン(陽イオンのカチオン)が水素イオン(H+)と置換されます。次に、酸や塩の残り(陰イオンのアニオン)が過酸化イオン(OH-)と置換され、H3O+(オキソニウムイオン)と過酸化イオン(OH-)が一緒になって水(H2O)を生成します。このようにして、すべてのミネラルが取り除かれます。研究施設の多くでは、蒸留法に代わって短時間に大量の純水化が行えるこの方法が使われています。

また、洗浄の最終すすぎに使われる水は通常、この方法で処理されます。この方法で純水化した水は、脱イオン水、脱ミネラル水、脱塩水などと呼ばれます。ステンレス鋼の器材にくすみを生じさせるケイ酸塩は樹脂への吸着が非常に弱いため、イオン交換器ではすべて取り除くことができません。特に樹脂が飽和しかかっている時にはそうなります。ケイ酸塩は水の電気伝導率を高めることがないので、ケイ酸塩の存在は見逃されがちです。

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--8.7.4.5 逆浸透

逆浸透を理解するには、浸透の理解が不可欠です。まず浸透を学んだあと、逆浸透を説明します。

浸透
濃度の異なる2つの水溶液が半透膜により仕切られていると仮定します。図8.29aを参照してください。この膜は、溶媒は通しますが、水溶した物質は通しません。たとえば純水は通りますが、塩分は通過できません。塩分濃度は半透膜の両側で同じになろうとしますが、そのためには塩分濃度の低い水が濃度の高い側に移動しなければなりません。この、水などの液体が半透膜を通過し、濃度の低い液体から濃度の高い液体へと移動しようとする自然現象を「浸透」と呼びます。この水が流れる圧力は数値化することが可能で、これを浸透圧といいます。図8.29bを参照してください。

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逆浸透(RO: Reverse Osmosis)
再び、2つの濃度が異なる溶液が半透膜で仕切られていると仮定します。図8.29cを参照してください。濃度の高いほうに圧力がかかっていて、浸透圧よりもその圧力が高いと仮定します。このとき、水は逆に半透膜を通り、濃度の濃いほうから薄いほうへと移動します。この現象を逆浸透(RO)と呼び、この現象を用いると溶解したミネラルの98%、コロイドや、浮遊物のほぼ100%を取り除くことができます。また、他の純水法と比べ、純度の高い水を低コストと低エネルギーで生成できます。滅菌供給部門で使用される水処理用の半透膜の孔径は、0.0005μ前後です(参考:微生物の大きさは0.2~1μ程度)。逆浸透は、大容量の水を純水化するには理論上最も完璧に近い方法と言えます。半透膜は塩素イオンや金属イオン、その他の不純物に弱いので、高純度の水を処理する逆浸透装置で使われる水は、プレフィルターを用いたり軟水化によるプレ処理を行ったりします。逆浸透で得られたこの高純度の水は滅菌や、ウォッシャーディスインフェクターでの最終すすぎに用いられる水に求められる厳しい要件を満たしているものです。

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8.8 洗浄に使う化学薬品

洗浄には複数の化学製品が使われます。用手洗浄では、通常は単一の洗浄剤で充分ですが、機械洗浄では複数の化学製品が使用されていて、洗浄・消毒の各ステップで使用されます。化学製品は、高度な研究の遺産であり、汚れに合わせた洗浄効果を持っています。近年では、環境への負荷や化学製品の安全性への配慮が日増しに重要になってきているため、より環境に配慮した製品が生まれています。ウォッシャーディスインフェクターは洗浄剤の自動注入システムを装備し、洗浄中の最適なタイミングで、必要な量の洗浄剤を注入するようにプログラムされています。どの場面でどの洗浄剤を使うのが最適かについては、製造元のアドバイスを受けることができますので、この節では洗浄・消毒中に使われる最も重要な製品について簡潔に説明します。

-8.8.1 洗剤/洗浄剤

洗浄剤は、洗浄で使われる主な化学製品です。界面活性剤、アルカリ成分、酵素、防蝕剤などが含まれており、用手洗浄、機械洗浄の両方に使用することができます。手術器材の洗浄用には、手術後の典型的な汚れを考慮し、専用開発された洗浄剤があります。また、軟性鏡(きょう)などの精密な器材にも、専用の洗浄剤があります。

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洗浄剤には以下の主成分が含まれています。

界面活性剤:石鹸と洗浄剤
界面活性剤は、水の表面張力を減らし油脂を水中に溶かすために働く、洗浄剤の主な成分です(8.7.2.3「水の洗浄力の改善」も参照)。石鹸や洗浄剤は界面活性剤の一種です。

• 石鹸は動物性・植物性油脂由来

• 洗浄剤 は大半が石油系合成物質 です。洗浄剤は特別な用途に合わせて製造することができます。

界面活性剤は数多くあり、用途に合わせて使用されています。界面活性剤は分子の表面活性部分の電荷によって大きく3つに分類でき、陽イオン(カチオン)界面活性剤、陰イオン(アニオン)界面活性剤、非イオン(ノニオン)界面活性剤があります。詳細な情報についてはWebなどで得ることが可能です。


アルカリ
アルカリ とは水に溶解し塩基性を示す物質のことです。洗浄剤の溶液中では水酸化物イオン(OH-)をもっています。アンモニア(NH3)、炭酸ナトリウム(Na2CO3)、リン酸塩、ケイ酸塩、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどの水酸化物がそれにあたります。アルカリは種々の特徴をもっています。

• 界面活性剤の効果を最大化させます

• 油脂を落とすために使われます。油脂が塩基と反応すると、水溶性の脂肪酸とグリセリンに加水分解します。脂肪酸それ自体が界面活性剤の働きを持ち、脂肪の乳化を助けます。この加水分解の工程を鹸化(けんか)といいます。このように、油脂類は比較的容易に除去することができます。

• 不溶性のタンパク質を加水分解により分解し、最終的に水溶させます。この工程で、タンパク質の分子が細かくされ、水に溶けるようになります。加水分解は、温度が高いと効果が高まります。洗浄剤の使用説明で正しい使用温度を必ず確認してください。

• また、アルカリの一部(リン酸塩など)は、水中や汚れの中にあるカルシウムやマグネシウムのような硬水イオンと結合できます。


ビルダー
ビルダーは、カルシウムやマグネシウムのような硬水イオンと結合し、スケールの沈着を防ぐ化学物質です。リン酸塩、ホスホン酸塩はその一例です。しかし、リン酸塩の流出は藻類の爆発的な繁茂を促してしまうという問題点がありました。そのため、リン酸塩の使用は制限され、環境に影響の少ない新たな物質が求められるようになりました。現在はゼオライトがビルダーとして使われるようになっています 。ゼオライトはナトリウムイオンと硬水イオンを置換します。ビルダーの量や種類は、洗浄に用いる水質に大きく依存します。手術機器は通常、脱イオン水、脱ミネラル水使用のウォッシャーディスインフェクターで洗浄されます。そのため、手術機器の機械洗浄に使う洗剤にビルダーが含まれることはふつうめったにありません。ビルダーは、たとえば台所用や洗濯用など水道水を使うことを想定した一般的な洗剤に添加されています。


インヒビター(防錆剤)
ステンレス鋼は、洗剤成分よる影響を受けることはめったにありませんが、アルミニウムは洗剤のアルカリ成分による悪影響を受けます。そのため、アルミニウム製品の保護のため、インヒビター(防錆剤)が添加されます。通常は、ケイ酸アルミニウムが一般的なインヒビターで、アルミニウムの酸化膜へのダメージを防ぐ働きがあります。


バイオサイド
バイオサイドは、細菌、真菌、ウイルスなどの微生物を殺滅する化学物質です。その大半は、細胞のタンパク質を酸化することで微生物を殺滅する働きがあります。バイオサイドの例が、過酸化水素、過酢酸、次亜塩素酸ナトリウム、アンモニア化合物です。
医療機器の洗浄工程では、通常、高温の水で微生物の不活化を行います(高温消毒)。


酵素
酵素は、生物学的に特殊なタンパク質分子で、細胞内の多くの化学反応を容易にし促進します。また、酵素は生物が作る触媒 であり、タンパク質や脂質、でんぷんなどの大きい分子を細かくし、水に溶けるようにする働きを持ちます。こうして血液や脂質による汚れは取り除かれます。

生物学的な物質を分解するために、種類に合わせた酵素が存在します。たとえば、プロテアーゼはタンパク質を、リパーゼは脂質を分解する、という具合です。この大きな分子を分解する工程の中で、酵素そのものが使い切られることはありません。充分な時間があれば、ごく少量でも大量のタンパク質を分解することができるのです。使用済み手術機器には多くの有機的な汚れが付着しているので、医療用の洗浄剤には酵素が含まれていることがあります。

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-8.8.2 中和剤

中和剤は、アルカリ性の洗浄剤を使う主な洗浄時に使用します。アルカリ残渣が洗浄物にダメージを与えるのを防ぐため、酸を加えてアルカリ性を弱めます。クエン酸、弱酸性物質を使うことが一般的です。リン酸を用いる場合もあります。中和剤は、アルカリ性洗浄剤を使う場合にのみ必須となります。

-8.8.3 潤滑剤

手術機器は腐食しやすく、特にヒンジ部表面は腐食が起きやすい場所です。ステンレス鋼はその性質上、酸化クロム皮膜をもっており、この皮膜は時間の経過とともに厚くなっていきます。摩擦が起きるとこの皮膜は傷つけられ、むき出しの金属がさらけだされ、腐食しやすくなるのです。また、ヒンジ部に残留したミネラルが腐食を促進します。リンス剤に潤滑剤が配合されているのは鋼製器材の表面に保護膜を形成するためです。

潤滑剤は水溶性であることと、滅菌にも問題ないことが求められます。代表的な潤滑剤がパラフィン油です。手術器材用の潤滑剤はしばしば「ミルク」と表現されます。潤滑剤は使用量が適正でないと、表面張力を高めてしまい、乾燥効率の悪化や滅菌物の濡れにつながりかねないので、製造元の指示に従いましょう。

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-8.8.4 リンス剤

熱水消毒の後、器材を乾燥します。既に学んだように水には表面張力があるので、器材の表面で水滴化しようとします。

これらの水滴は乾燥に時間がかかるため、乾燥時間が長くなります。そのため、最終すすぎに使う水にはリンス剤を添加することがあるのです。リンス剤は界面活性剤を含み、水の表面積を広げます。そのため、水滴時にくらべて早く蒸発し、乾燥時間を大幅に短縮することができるのです。このようにして、工程全体のエネルギー消費も大幅に抑えることができます。

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8.9 洗浄後の中間すすぎの必要性

洗浄のあと、器材には化学物質が残留していることがあります。充分にすすぎをしないときや、すすぎ水の水質が悪い(ミネラル分が多い)ときに起こります。これらの残留物は乾燥時に器材に深刻な損傷を与えてしまう場合があるのです。高温の蒸気により腐食をすすめてしまう蒸気滅菌中には、特に損傷は大きくなります。それに加えて、器材に残留した物質は患者にとっても有害であり、眼などの繊細な組織に接触する器材の場合には特に注意を払わなければなりません。そのため、洗浄後にしっかりとすすぐことが大切なのです。すすぎは脱イオン化や逆浸透化を施した良質の水で行うのが理想的です。

機械の設計もまた洗浄後の機器に残留する化学物質濃度に影響します。以下の設計上のポイントが洗浄サイクルから次のサイクルへと持ち越される洗剤の量に影響を及ぼします。被洗浄物の残留化学物質を減らすために、以下の設計上の項目を最適化しなければなりません:

• 洗浄器内の板面機械プレートや配管の勾配(排水の効率化のため)スロープ

• 洗浄段階合間の排水

• 水平面の割合(排水の効率化のため、水平面は極力少なくする)

• デッドウォーター(洗浄後も排出しきれていない水)の量


8.10 消毒と乾燥

ウォッシャーディスインフェクターには、その名前が示すように中間すすぎの後に消毒工程が組み込まれており、消毒は通常、熱水によるすすぎで行われます。オランダなど多くの国では熱水消毒は90℃で5分間行います。この消毒と乾燥が終われば、消毒のみでよい器材は使用できるようになります。要滅菌物を滅菌処理する際にも安全に取り扱うことが可能です。


-8.10.1 湿熱消毒のパラメータ(A0)

医療機器が使われる部位の感染リスクにより、消毒の要件が分類されています。これは、特定の部位に使用する器材に付着すると想定される最も耐性の強い菌をどこまで不活化できるかに基づいた分類です。言い換えれば、器材が使われる部位の感染リスクごとに、消毒処理は一定の死滅率をもっていなければならない、ということです。最も一般的な高耐性菌のZ値はおよそ10℃です(表7.8も参照)。そのため、消毒工程の設定には、Z値=10が想定されています。

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80℃で微生物をある一定レベルで不活化するために必要な秒数をA値といい、特にある微生物のZ値が10℃とした場合のA値をA0値といいます 。 ウォッシャーディスインフェクターはすべてA0値で3000を達成できなければなりません。消毒前の洗浄で、微生物数は4~5log(1000~10000分の1)減少します。洗浄後、表中の数値での消毒を行えば、適正なレベルの安全性を担保することができ、中材の作業者もリスクを懸念することなく処理をすすめることができるようになります。どのような場合でも、クリティカル器材は使用前に滅菌しなければなりません。80℃では比較的時間がかかるので、消毒時間を短くするために温度を上げることもできます。このZ値の場合、同じ死滅率を得るために10℃刻みでの必要な消毒時間を導き出すことができます。

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消毒に必要な時間の計算例
ドイツとオランダにおける、手術器材の適正な消毒ためのガイドラインでは、A0値=3000秒が求められます。90℃、100℃、70℃で同じレベルでの不活化に必要な時間を計算してみましょう。

解答:90℃は80℃より10℃高いので、Z値が10℃だと不活化に必要な時間は80℃の時とくらべて10分の1となります(Z値の定義による)。そのため、90℃での消毒時間は3000÷10=300秒(5分)となります。100℃の場合、80℃より10℃×2=20℃高く、10℃高くなるごとに時間は10分の1ずつ短くなるので、3000÷10÷10=30秒となります。70℃の場合、逆に時間は10倍になるので、3000×10=30000秒=500分=3時間にもなります。実用的ではありません。

巻末の用語集の「A0」の項目にある式や数学の知識があれば、温度ごとに必要な最低の消毒時間を導き出すことができます。消毒工程中、温度と時間は常に一定時間ごとに計測されていますが、これらの計測値に基づいてウォッシャーディスインフェクターのプロセッサがインターバルごとの死滅率を計算します。すべての死滅率が必要な値に達したら、消毒工程は終了します。このようなシステムはまた、加熱時間中の致死効果も同時に計算に入れます(65℃で開始)。
このようにして、消毒時間を最短に保つことができ、それはとりもなおさず、熱に弱い器材にとって非常に重要な要素となります。


消毒工程のバリデーション
消毒工程を経る医療機器のすべての表面は、すべて適切なパラメータで管理する必要があります。バリデーションにより、典型的なすべての器材がこれらのパラメータと一致していることを確認する必要があります。

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低リスク部位か、または中リスク部位に使う器材の場合、消毒そしてその後の乾燥処理をすれば、再使用することができます。高リスク部位に使う器材は、滅菌部で安全に作業ができるよう、消毒と乾燥を施した上で、滅菌工程に送られます。


-8.10.2 乾燥

消毒後、器材を乾燥します。洗浄後に乾燥しなければならないのは、以下の理由によります。

• 消毒済みの器材が濡れたままだと、濡れた部分が微生物の培地となるので、再汚染のリスクが高まります。

• 残留した水分が、滅菌工程(を行う場合)の乾燥を阻害し、滅菌工程後に濡れたままになる可能性が高まります。

• 水分により包装材が劣化します。特に紙製の包装材が使われている場合はこの傾向が強まります。


8.11 中材での洗浄方法

洗浄物の種類や使用可能な資源によって、洗浄の方法は異なります。ウォッシャーディスインフェクターによる機械洗浄に対応したもの、用手洗浄にのみ対応したものなどがあります。多くの場合、用手洗浄と機械洗浄を組み合わせた方法が使われます。


-8.11.1 用手洗浄

作業者のリスクを減らすため、機械洗浄が可能であれば機械を使用します。用手洗浄は中材でも最もリスクの高い作業です。ゆえにできる限り洗浄は機械で行い、用手洗浄は、機械洗浄が不可能な場合に限って行うべきです。機械洗浄には不向きな器具を洗浄する場合、または洗浄用機械がそもそもない場合などの状況では、用手洗浄は必要となります。そのために、さまざまな洗浄用品があります。

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■ブラシ:内側/外側用
用途に合わせ、さまざまなブラシが用手洗浄に使われます。

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外側用ブラシ:器材の外側を洗浄します。毛の固さも選べます。
内側用ブラシ:管腔器材の内側を洗浄します。管腔器材のタイプやサイズ、素材に合わせてブラシ径や長さを選べます。

注意:ステンレスの被膜やアルミニウムに傷がついてしまうので、スチール製や金属製のブラシは使用しないようにしましょう。

■スポンジ・タオル
光学機器などの精密機械は、柔らかなタオルやスポンジで洗います。

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■スプレーガン
スプレーガンは管腔器材のすすぎやフラッシングに欠かせません。多く種類のノズルが洗浄用途ごとに用意されています。エアロゾル※を防ぐため、水の噴き出し口は水面より下に保ってください。

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※ エアロゾル:気体中に、細かい粉塵の粒子や液体の粒子が混ざったもの。この場合、空気中の細かい水滴を指します。


-8.11.2 超音波洗浄:極小の「ブラッシング」

充分な洗浄には、機械的作用が不可欠です。機械的作用により、汚れの層を分解し、洗剤が汚れに浸透して汚れを水に浮かすことができます。通常の、ブラッシング、フラッシングなどによる洗浄だけでは内腔部などの複雑な器材のすべての汚れには届かないことがあります。超音波洗浄では、人間の聴覚では捉えきれない音域の周波数で水が振動します。例えるならば、音速よりも速くブラッシングするようなものと言えるでしょう。超音波洗浄の長所は、水が届く場所であれば器材のあらゆる部分に洗浄作用を加えることができることです。

--8.11.2.1 超音波洗浄の原理

ある一定の温度下で、一定以上の圧力がかかっていると、水は液体でしか存在し得ませんが、圧力が臨界圧を下回ると、水は気体に変わります。図8.42aの蒸気圧曲線と赤い水平線に注目してください。たとえば、水が100℃、気圧が200kPaの場合、水は液体の状態(赤い水平線が蒸気圧曲線下の青い領域内に入っている)にあります 。この温度で圧力が大気圧(100kPa)よりも低くなると、水は液体としての相を保てなくなり、沸騰して気体(水蒸気)となります(赤い水平線が曲線より上のピンクの領域内に入っている)。気圧100kPa、温度100℃の状態は、蒸気圧曲線上にあり、「臨界圧」にある状態です。水温が下がり、たとえば60℃になると大気圧(100kPa)では水は液体になります。図8.42aの緑のラインを見てください。圧力が20kPa(60℃の臨界圧)まで下がると、その温度ではもはや水は液体の相を保てず、気化します。超音波洗浄器では、水は超音波の周波数で振動します 。この超音波は液体中で高速の加圧と減圧を生み出し、この急激な減圧によって、水が液体でない状態が生み出され気泡が発生します。そして、その後圧力が上昇すると、気泡は再び崩壊します。この極細な気泡の発生現象を、水中に空洞が沢山できることからキャビテーション(空洞現象)と呼びます。

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キャビテーションによる、微細なブラッシング
超音波洗浄は、洗浄液中の微小な気泡(空洞)の急激な生成と崩壊による、キャビテーション工程を原理としています。数えきれないほどの細かい気泡が激しく内破することで撹拌が起き、洗浄液中の器材の露出部分と内側の隠れた部分の両方の汚れを、効率よくこすり落とすことができます。

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キャビテーションは、まるで微細なブラシのような働きをします。周波数を高くすると空洞の数は増えますが、空洞が生み出すエネルギーは減少するので、器材に負担を与えずに細かく洗浄するには、周波数を高めるのが理想的です。


--8.11.3.2 超音波洗浄器の構成

超音波洗浄器は以下の部品で構成されます。

1. 超音波発生器
AC電源供給により、超音波周波数の電波が発生します(25 kHz~50 kHz)

2. トランスデューサー(振動変換器)
トランスデューサー(振動変換器)が電波を超音波に変換します 

3. 洗浄槽
洗浄槽には洗浄液(通常は酵素系洗剤の水溶液)が入っています。洗浄槽の底部にトランスデューサーが設置されています。

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--8.11.3.3 適用

超音波洗浄は、ステンレス鋼の洗浄に適しています。特に、マイクロ手術機器、歯科用機器など機械的衝撃に弱い器材にはうってつけの方法です。

以下の器材には超音波洗浄は使えません。
• 軟性軟性鏡、光学レンズ。絶対に超音波洗浄槽に入れてはいけません。

• 弾性の高い物。超音波を吸収し、キャビテーションの発生を減衰させるため、洗浄効果が弱まります。そのため、ゴム製品やシリコン製品などの弾力があるものは、超音波洗浄には適していません。 

• MIS手術機器や硬性鏡の場合、製造元のマニュアル上で認められているもののみ、超音波洗浄にかけることができます。製造元の確認が得られない場合、光学機器は超音波槽で洗浄すべきではありません。


--8.11.3.4 超音波洗浄器の種類

超音波洗浄器は、小型の卓上型のもの、大型の作業台や洗浄槽に組み込まれている物などがあります。大型のものは、一般的な洗浄トレイを1~2個収納するのに適しています。超音波洗浄器は、ウォッシャーディスインフェクターと一体化しているものもあります。

むき出しの超音波槽は耳障りな高音や、水面のエアロゾルを発生させることがあるため、超音波槽には適当な蓋が必要です。大型の超音波洗浄器には、蓋を開けたときに中身が持ち上がるシステムが備わっている場合があります。

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--8.11.3.5 超音波洗浄のガイドライン

• 難聴を防ぐために、蓋つきの装置を選ぶべきです。

• 水位、洗浄剤の量は製造元の指導に従ってください。

• 洗浄剤や、洗浄消毒剤は製造元の指導により正しい温度・濃度で使用します。

• 洗浄槽は脱気すること。水中のガスはキャビテーションの効果を弱め、ひいては洗浄の非効率につながります。そのため、約35℃の温水を使って脱気を促進し、洗浄効果を高めます。しかし、50℃を越えると凝固の原因になるので、適宜凝固を防ぐための洗浄剤を添加します。

• 超音波振動子のエネルギー放出により、超音波洗浄中は水温が上昇します。凝固を防ぐため、温度が50℃以上にならないようにしてください。また、水温計を使用するのが良いでしょう。

• 被洗浄物は、完全に洗浄液に浸るようにします

• ヒンジ部のある器材は開いて入れます。

• トレイの過積載は厳禁です。

• 最低でも1日に2回は洗浄槽内の水を取り換えてください。使用状況によっては頻度を増やします。


--8.11.3.6 超音波洗浄器の運転テスト

超音波洗浄器の基本運転をチェックするには簡単な方法が2つあります。
数値的な評価を行うためには、より高度な試験を行う必要があります。

a. スライドグラス試験
半透明で片側がつや消し面のスライドグラスを水道水で濡らし、HB鉛筆でつや消し面の対角線上に×印を書きます。洗浄槽が必要レベルまで満たされている状態で、つや消し面を洗浄槽内の未使用洗浄剤に浸し、超音波をオンにします。すると×印がたちまち消え、10秒もしないうちにすべての線が消えるはずです。

b. アルミホイル試験
いくつか試験方法があります。2 cm×20 cmのアルミホイルを3片用意し、それぞれをトレイの端やロッドで折り返して洗浄槽内に垂らした状態にします(図8.46参照)。洗浄槽内は洗浄剤を入れた状態で脱気し、常温状態に設定します。1つを槽の中心に入れ、他の2つは槽の両端から2センチほど離して入れます。槽内には規定値まで洗浄液が入っていることを確認し、超音波を10分間オンにします。アルミホイルを取り出し、検査します。3つすべてのアルミホイルが同程度に破砕され、小穿孔やしわができていなければなりません。別の試験方法です:15mm~20mm幅のアルミホイル片を9枚準備し、洗浄槽の底に触れないよう10mm以内の高さに浮かせて設置します。機械作動終了後アルミホイル小片の飛散状況を確認します。試験後は散らばったアルミホイルを取り除くため、槽内を充分に清掃します。

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c. キャビテーションをチェックするための化学的インジケーター(CI)
近年は、超音波洗浄の性能を確認できるCIも市場に登場しました。このCIでは超音波洗浄器のキャビテーション性能を実際に確認できます。キャビテーションは試験用液体の中で化学的作用を起こし、はっきりとインジケーターが変色します。この試験用具は、ビーズ入りの密封したカプセルで、ある一定の周波数、時間、温度条件下で洗浄槽にセットされます。キャビテーションが有効レベルに達するとビーズから薬液が染み出し、溶液と試薬が反応し、カプセル内が青緑色から黄色に変わります。このシステムの利点は、洗浄中にも一緒に使える点です。

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-8.11.4 ウォッシャーディスインフェクターによる洗浄

その名が示すように、ウォッシャーディスインフェクターは洗浄工程後、消毒工程が続きます。約90℃の熱水を1~10分間噴射することで消毒を行います。機械消毒により、器材は清浄になり、消毒・乾燥させることで点検や包装に必要な操作ができる安全な状態になります。運転は高速であり、操作も容易です。被洗浄物により異なるプログラム設定をすることもできます。欧州国内では、ウォッシャーディスインフェクターは欧州規格ENISO 15883に適合していなければなりません。

--8.11.4.1 ウォッシャーディスインフェクター内の一般的な洗浄消毒工程

以下のグラフは、ウォッシャーディスインフェクターでの一般的な洗浄工程を表していますが、製造元や個々のモデルにより詳細は異なります。

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前すすぎ:
冷水による、最初のすすぎ。汚れの大部分を洗い流すことができます。温度は45℃以下に保たなければなりません。

洗浄:
洗浄剤が添加され、水は45~55℃まで加熱されます。主な洗浄はこの間に行われます。アルカリ洗浄剤については、より高温で洗浄することもあります。

中和:
アルカリ洗浄剤が使われる場合、腐蝕を防ぐため水は化学的に中和されます。

中間すすぎ:
すべての残留した汚れは冷水で丹念に洗い流されます。

消毒:
90~95℃で1~10分間消毒を行います。界面活性剤を含んだリンスエイドが、乾燥を改善するために添加されることもあります。時間と温度は被洗浄物によって変わります。

乾燥:
再汚染を防ぐため、被洗浄物は取り出しまでに乾いている必要があります。

--8.11.4.2 単層式ウォッシャーディスインフェクター

この種の機械は、「バッチ洗浄器」とも呼ばれます。洗浄がバッチごとに1層のチャンバー内で完結し、使用に供されるタイプです。さまざまな洗浄フェーズが連続したチャンバーで行われる多層式ウォッシャーとは逆の概念です。

サイズによっては複数の標準的な器材トレイをキャリアに搭載(挿入)し、チャンバー内にセットすることも可能です。専用の洗浄ラックは、器材、コンテナ、MIS器具、麻酔に使う器材など、幅広い器材や素材に対応しています。対応例として、特に管腔器材については内部を洗浄しすすぐことが不可欠なため、それぞれの器材を噴出ノズルに接続できるようになっています。それから、被洗浄物の種類により、プログラムを選択することもできます。ほとんどの機械には、それに挿入するキャリアに認識システムが付いています。それを機械が認識し、自動的に適切な洗浄プログラムを選択できるようになっています。これで人為的ミスのリスクをあらかじめ軽減することができます。プログラムはすべて自動的に進行し、1つのチャンバー内で完結します。

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これらの機械の利点は・・・

• コンパクト

• 自己洗浄システム。洗浄が完了したあとにはチャンバーやラックも清浄化され、消毒も完了しています。

• 多層式ウォッシャーにくらべて構造が単純なため故障が少ない

• 追加ユニットを隣り合わせに設置すれば洗浄容量を増やすことができます。故障時のバックアップとしても機能します。


それでも容量が足りない場合は、多層式ウォッシャーの導入も考慮します。


単層式ウォッシャーディスインフェクターにはシングルドア、ダブルドア(パススルー型)のいずれのタイプもあります。パススルー型は、中材の清潔エリアと汚染エリアを分け、交差感染のリスクを減らすことができるため、推奨されています。ドアはインターロック式でどちらか一方のドアしか開かないように設計されていて、手動式と自動式があります。大きな容量が必要な際には、複数ユニットを自動で積みつけ・取り出しできるシステムを設置することもできます。

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--8.11.4.3 多層式ウォッシャーディスインフェクター

多層式(トンネル式)ウォッシャーディスインフェクター では、被滅菌物がコンベヤベルトに乗せられ、各洗浄工程を受け持つエリアを次々と通過します。どのエリアもドアがあり、工程中は閉鎖されます。一例をあげれば、前すすぎ、超音波洗浄、メイン洗浄、消毒/乾燥の4つのエリアをもつタイプがあります。

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全区画で器械が同時に作動するため、単層式にくらべて遥かに処理能力が高く、大量の洗浄を処理する必要がある場合に用いられます。多層式ウォッシャーは1時間に30以上のトレイを洗浄することができるものがあります。しかし、多層式ウォッシャーには欠点もあります。

• 多層式ウォッシャーの一部は、チャネル部や波形のエアウェイがある複雑な器材用には設計されていません。こういった複雑な器材は用手洗浄か、別の機械で洗浄しなければなりません。 

• 多層式ウォッシャーは非常に複雑な機械なため、故障は避けられません。故障は洗浄処理量の大幅な低下につながり、多層式ウォッシャーのある施設にはバックアップ用に単層式のウォッシャーも備えていることが一般的です。

• 普通に機械が作動している場合、前すすぎエリアや乾燥エリアなどでは、洗浄・消毒が行われません。しかしながら、これらのエリアも、衛生的な操作のためには洗浄・消毒が欠かせません。そのため、これらのエリアはマニュアルで洗浄するか、もしくは自動で洗浄・消毒する装置を追加で設置する必要があります。

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8.12 洗浄時の作業者保護

手術室で使用された医療機器は、中材の洗浄部門に到着した時点で、微生物により激しく汚染されているおそれがあります。そのため、中材内の洗浄部門は最も感染の可能性が高いエリアともいうことができます。リスクを減し、洗浄工程中に安全な作業ができるよう、あらかじめ対策を講じることは不可欠です。第一の原則は、器材との接触は極力避ける事です。そのため、洗浄は可能なかぎり機械で行います。用手洗浄の際の保護には、さまざまな道具を使用することができます。

グローブ・エプロン
器材を洗浄する際には、良質のグローブを装着します。厚手の家庭用手袋も使えます。ブラッシングするときは、飛沫を浴びないように必ず自分とは逆方向に向かってブラッシングしてください。水中でブラッシングするのも良いでしょう。

注:丈夫なグローブをしていたとしても、刃物や針を洗浄する際の針穿刺や切創には充分注意してください 。怪我をした際には、病院や施設のマニュアルに従ってください。

エプロンは衣服や身体が濡れることを防ぎます。

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帽子、マスク、バイザー、ゴーグル
手術キャップを使用することで、汚染原因である頭部や毛髪からの汚れが落ちるのを防ぎます。使用目的に合わせさまざまなキャップが揃っています。
マスクは、水はね、飛沫、エアロゾルなどを呼吸とともに吸い込まないようにするため使用します。
バイザーやゴーグルは目を保護します。

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飛沫防止スクリーン
洗浄シンク上の飛沫防止スクリーンは、飛沫が目や口鼻に入るのを防ぎます。バイザーやマスクをする必要性が減るので、呼吸を妨げません。
スクリーンは、スムーズに動かせること、クリアな視界を供することが必須です。

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8.13 洗浄の品質管理

洗浄工程後に適切な洗浄効果が得られているかを確認することは不可欠です。洗浄の品質管理については現在も激しい論議がされており、適正な洗浄について多くの試験方法が開発されています。

洗浄テストでは、以下のような検査により洗浄工程をチェックします:
• 一般的な目視検査
• 清浄度の検査
• 消毒の検査
• 乾燥度の検査

ウォッシャーディスインフェクターの規格(ENISO 15883)によれば、洗浄のパフォーマンスは被洗浄物の種類ごとに検証しなければなりません。そのために、洗浄インジケーターとしてのテストソイルやPCD(工程試験用具) が開発されました。

-8.13.1 一般的な目視検査

最も基本的な洗浄工程の成績検査は、器材の清浄度を入念に確認することにより行います。すべての器材に汚れや残留物、ピッチング(点食=金属表面の腐食)などがないかどうかを確認しなければなりません。ピボット、ボックスロック、鋸刃(のこば)状部分を確認するときは特に入念に行います。また、腐蝕により亀裂が発生する場合がありますが、これも洗浄が不充分な場合です。ライトがついた拡大鏡も、残存汚れを検査するのに有効です。器材の亀裂を検知するためにも効果的です。

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-8.13.2 清浄度の検査

清浄度の検査のために、前述の基本的な目視検査から、残留汚れの量的分析まで。多くの方法が生み出されました。清浄度に関する勧告 は、AKI(再生処理ワーキンググループ)により編纂されています。現在の勧告では、洗浄後に器材に残る汚れは1器材あたり100μg未満であることが望ましいとされ、200μgを超える汚れがある場合、洗浄は不合格と考えられます。どちらにしても目に見えるような汚れの量ではないので、タンパク質テストなどの他の方法が必要となります。

--8.13.2.1 蛍光塗料と、UVライト

洗浄の結果を検証するために、テストキットを使うことができます。このキットは蛍光性の塗料(粉末/液体)で、器材に塗布して使用します。これを通常の洗浄にかけた後、UVライトで照らすと残留した粒子や汚れが発光して浮かび上がります。訓練養成にもってこいの教材です。洗浄過程の際の弱点がはっきりと視認できるからです。歯状部、ジョイント、スクリューなどはすべて汚れがたまりがちな場所であり、洗浄がおろそかになりやすい部分でもあります。また、このキットは用手洗浄の訓練に使うこともできます。しかし通常、汚れの量を検定することはできないので、洗浄工程のバリデーション用としては適していません。

メモ:人体に影響がないと立証されない限り、蛍光塗料やテストソイルで洗浄効果を検証する際には、人体に影響がないと立証されない限り、手術で使用されないデモ用の器材を使ってください。

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--8.13.2.2 テストソイル

ウォッシャーディスインフェクターのパフォーマンス検証とバリデーションのため、統一的なテストソイルを作るべくさまざまな試みがなされてきました。あるテストソイルは血液、脂質など手術器材に日常的に見られる汚れを模しています。今では器材に塗布し、洗浄後に確認をするさまざまなタイプのテストソイルが入手可能です。また、テストソイルが塗布された薄片(はくへん)が収まった試験用具も市販されています。

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--8.13.2.3 TOSI

TOSI (Test Object Surgical Instruments)は、洗浄評価用のソイルが塗布されたインジケーターで、洗浄評価をするための用具としては定番の地位を確立しつつあります。金属のストリップ上にヒトの血液と同じ特徴をもつたソイルが付着しています。このストリップはプラスチック製カバーで半分が覆われており、洗浄剤が片方からもう一方により浸透しにくいように設計されています。また、このソイルをようやく落としきる状態に達したときに洗浄条件の最適となるように設計されています。

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--8.13.2.4 管腔器材用の試験器具

管腔器材の洗浄評価をするため、管腔器材を模した試験器具が存在します。通常の、管腔型でないテスト用ストリップに似たストリップがカプセル内にセットしてあり、その両端が管腔構造になっています。試験用器具全体は長い管腔器材を模した寸法になっていて、上述の試験用器具と同様の評価の方法をします。

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--8.13.2.5 軟性鏡用の試験用器具

軟性鏡の内腔を模しています。評価の方法はすでに説明したテストソイルと同様です。

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--8.13.2.6 タンパク質テスト

タンパク質は人体の血液や他の組織の主な成分です。タンパク質テストは、器材表面の汚れを探知するために使われる試験方法です。前述のテストではテスト用器材上のテストソイルの除去を確認するのに対し、タンパク質テストではタンパク質が洗浄済みの器材に残っているかどうかを確認します。このテストは酵素反応を利用したテストです。わずかでも残留があると、テスト溶液はたちまち変色を呈します。たとえば、0.1μgの場合では0.5分もかかりません。検体を摂取しインジケーターに入れ変色(透明から青緑など)を確認します。

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これらのテストの大半は定性テストなので、タンパク質がある一定量存在することは示せても、量を測定することはできません。変色の度合はタンパク質の残留度を表しています。光度計で数値を読み取り、タンパク質の数量を確認できる、定量テストができるものを販売している会社もあります。

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-8.13.3 消毒工程の検証

バリデーション(次節参照)に必要なレベルの洗浄評価を定数的に行うために、洗浄中を通して、温度や時間を被洗浄物の複数のポイントで測定することが不可欠です。特に、消毒工程中の温度・時間の測定は大切で、そのためのさまざまなシステムが使われています。


--8.13.3.1 熱電対データロガー

熱電対線をコンピュータに接続して測定します。
従来からのバリデーション法では、この目的で熱電対線を使います。熱電対線は、温度を計測する先端部分が電子回路に繋がった、特別なワイヤーです。熱電対線はウォッシャーディスインフェクターの所定の場所に設置され、データ分析ソフトを備えたコンピュータに接続されます。この従来の熱電対線を使った方法はコストメリットが大きく、充分な早さと精度で温度計測を行えるシステムです。さらに、計測は工程に合わせてリアルタイムで行われ、待つことなく結果を測定できので、計測中に必要があればすぐに対応することができます。

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ソリッドステート式データロガー
最近では、ソリッドステート式データロガーが現れました。これは、バッテリーで駆動する密封式かつ自立型の試験用具です。熱電対線や電子部品が内蔵されていて、計測と大容量の計測データの記録を行います。洗浄工程中を通して、ウォッシャーディスインフェクターの被洗浄物の中に入れることができます。洗浄後、読み取り用のインターフェースにセットし、コンピュータに接続すると、分析用のプログラムに工程中のデータがロードされます。

新世代の機種では、無線でリアルタイムに計測することも可能です。つまり、計測とモニタリングを待ち時間なしで行うことができるというわけです。この技術の最大の利点は、熱電対線を洗浄機内にセットしていくという煩わしさから解放されることです。逆にデメリットとしては比較的高価であることと、熱電対線がステンレスに覆われており、内部に熱が伝わるまでにかかる時間のため、熱電対線からの反応が概して遅延するという問題があげられます。チャンバーは金属で覆われているため、リアルタイムの計測のためにはチャンバーを介して正しいデータを送るためのさらなる工夫が必要となります。

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-8.13.4 乾燥効果の検証

洗浄後、被洗浄物は乾いてなければなりません。乾燥は、被洗浄物のタイプごとに検証されます。乾燥効果の試験を行う方法は、器材の種類で分類します。

• 一般器材
ウォッシャーディスインフェクターから取り出された器材は、色つきのクレープ紙を敷いた水平面に置かれます。濡れていれば、クレープ紙上で視認できます。

• 管腔器材
管腔器材の場合は、乾燥した空気を片側から鏡に噴射し、水分の有無を確認します。

試験結果は記録します。

試験評価
残留した水分が器材から漏れたり流れ出たりした場合、その器材は不良です。(器材同士が接した部位での濡れは、少量であれば許容します。)
結果が不良だった場合、必要な乾燥が得られるまで乾燥工程の改善をしなければなりません。それができない場合、不良と判定された器材は再度乾燥します。乾燥工程の見直しをした場合、その結果に対しては再度検証を行います。


-8.13.5 ウォッシャーディスインフェクターのバリデーション

ウォッシャーディスインフェクターは、医療機器の洗浄に不可欠です。被洗浄物は恒常的に清浄を保たれなければならないので、ウォッシャーディスインフェクターの工程はバリデーションを行うことが要件とされています。この要件はENISO 15883に規定されており、正しい積みつけをしたウォッシャーディスインフェクターで、正しく操作をし、正しい工程を踏んだ結果が、「清浄な器材」なのです。清浄度は、清浄度に関する認知された規格に沿って残留物や微生物の面から検証されなければなりません。滅菌分野も関連する「バリデーション」については、14章を参照してください。

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8.14 洗浄実務の一般的ガイドライン

• いつもできる限り、器材は使用後すみやかに洗浄消毒する

• 新品の器材でも滅菌前に必ず洗浄する

• 製造元の指示に正しく従う

• 洗浄消毒のために指示された洗浄剤の量、曝露時間、温度は厳格に守る

• 洗浄前にヒンジは必ず開いておく

• できる限り、使用方法に従い器材は処理前にすべて分解する

• 必ず適正な洗浄具やアクセサリーのみを使用する

• ウォッシャーディスインフェクターも超音波洗浄器も過積載はしない。
「陰」になる箇所を作らない

• 用手洗浄では金属ブラシや金属たわしは使わない

• 洗浄後は充分にすすぎ、可能であれば、脱イオン水を使う

• すすぎ後、充分に乾かす

• 磨減、腐食、変形、孔食または損傷した器材は分別し、廃棄する

• 衛生上の理由から、完全な再処理工程を済ませてから器材を修理に出す

• ヒンジやジョイント部がある器材はパラフィン油ベースの潤滑剤でケアする。ただし軟性軟性鏡やアクセサリーには絶対に使わない

• 器材は組み立て後、それぞれ作動点検を行う。器材によっては特別な試験方法が必要な場合がある。
ヒンジ付き器材は点検前に潤滑剤を塗布する

• ラチェット付きの器材は、滅菌前にノッチ1コマ分だけ閉じておく

参照:Proper Maintenance of Instruments, Working Group Instruments Preparation, ArbeitsKreisInstrumenten-Aufbereitung, (2009)

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株式会社名優 広報課


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