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訳書『脳にいいことベスト211』が発売されました!

7月初旬、翻訳を担当した『最新科学が証明した 脳にいいことベスト211』(原題:Brain Hacks)が文響社より刊行されました!某翻訳スクールの出版翻訳講座の授業初日、「いつか自分の名前で訳書が出せれば……」と自己紹介してから約2年。ようやくひとつの夢がかないました!本書の翻訳ばなしや感想を文章に残したいと思います。

『脳にいいことベスト211』とは?

アメリカの大手出版社アダムズ・メディアにより編集・刊行された『Brain Hacks: 200+ Ways to Boost Your Brain Power』という本の翻訳書です。タイトルの通り、科学的な知見に基づいたブレイン・ハック(脳の攻略法)が200個以上も収録されています。原書では244のハックが掲載されているのですが、日本語版では日本の文化や社会に合わせて厳選された211個のハックが収録されています。近年、就活、婚活、終活、保活、オタ活、サ活……と「~活」があふれていますが、本書は脳の健康のための「脳活」本です。

本書の魅力は、なんといっても実生活のなかですぐに取り入れられるところ。しかも、食べ物や行動だけでなく、考え方や気の持ち方まで幅広くカバーされています。それぞれのハックの説明は1~2ページで簡潔に説明されているので、最初から根詰めて読みこむのではなく、パッと開いたところのハックをちょっと試してみる、という読み方ができます。

日本語版のみのシュールなキャラクター(まさかの「脳」キャラ)もいい味だしています。

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翻訳ばなし

本書の翻訳は、アメリア(翻訳者向けの有料情報サイト)のスペシャルコンテストで決定しました。健康書ということで、何よりも気を遣ったのが、誤読・誤訳をしないことと、適した訳語を選択すること。脳に関する研究成果がたくさん紹介されているのですが、出典のリファレンスがないので、とにかくインターネットで検索しまくりました。メディカル翻訳を勉強していたことや、元看護士の母からもらった医学書が本当に役に立ちました。また、食品の摂取基準も、原文ではアメリカ人向けの基準値が示されているので、厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」を参照して「訳注」や「申し送り」を付けました。「翻訳」と聞くと、英語から日本語に訳すだけ、と思われるかもしれませんが、おそらく調べている時間のほうが長かったのではないでしょうか。私はいろいろ調べるのが大好きなので、翻訳作業は楽しく進みました。

訳文作成で工夫したのは、言葉遊びを生かすことです。原文では各ハックのタイトルに、英語ならではのpun(ダジャレ)が入っていたり、韻を踏んでいたりするので、できるだけそれを生かせるよう和訳にもダジャレや語呂合わせを入れました!編集過程でカットされたものも多いのですが、

「ビタミンEは脳にいい!」(脳にいいこと008)
「加齢をふせぐカレー生活」(脳にいいこと027)
「ベータは食べた?」(脳にいいこと111)
「憎いね、ニンニクパワー」(脳にいいこと193)

などは原案の通り。
ボツになったイチオシのダジャレはサツマイモの効果についてのハック。私が出したタイトルはこちらの2つ。

「さつまいも 老(お)いも若きも 食べたいもん」
「さつまいも おいもわいも 食(た)もらんね」

2つ目は鹿児島弁バージョンです。鹿児島弁で、「おい」は「わたし」、「わい」は「あなた」、「食(た)もらんね」は「食べようね」という意味です。サツマイモといえば、薩摩(鹿児島)だし、夫が鹿児島出身で鹿児島弁に馴染みがあるので、是非とも鹿児島弁バージョンを採用して欲しかった!(無理目なのは自覚していましたが…)

あと、割とうまく訳せたと思ったのは「フロー」について。
フローとはミハイ・チクセントミハイが提唱した概念で、「無我の境地」や「ゾーン(極度の集中状態)」など、完全に集中している状態を差します。このフロー状態にはストレス軽減効果があるようです。フローの効果について、原文で以下のように記述されています。

When you’re in flow, your brain gets bathed in feel-good chemicals like dopamine and endorphins. (“Brain Hacks” p.20)

これを拙訳ではこうしました。

フローに入ると、脳はドーパミンやエンドルフィンなど快楽物質のお風呂に浸かった状態になるのです。(『脳にいいことベスト211』p.30)

「フロー」という概念を印象付けたいこと、ダジャレ要素も入れて読者の記憶に残るようにしたいこと、原文でbatheという単語が使われていることから、私がつけたタイトルはこちら。

「フロー」は快楽のお風呂(脳にいいこと012)

訳語がピタッと決まった(と感じる)ときほどの快感は他にないですね!ドーパミン出まくりです。
ちなみに、「よくこのふざけたタイトルを採用してくれたな(笑)」というものもあります。それは、

雑学王に!俺はなる!!(脳にいこと152)

元ネタはもちろん、漫画『ONE PIECE』の名台詞「海賊王に!俺はなる!!」です。有名ではありますが、「幅広い世代に浸透しているとは言えないからきっとボツだろう」と思いつつ案を出したのですが、まさかの採用。いい意味で予想を裏切られました。(単に担当編集者さんがワンピース好きなのかもしれません。)ちなみに、日本語版に際してブレインハックが原書の244個から「211個」に絞り込まれたのも、「脳に(2) い(1) い(1)」という語呂合わせを編集者さんが考えてくださったのです。

こんな感じで、うんうんうなりながらも非常に楽しく翻訳作業に没頭できました。ひとりで部屋にこもって英語を日本語に訳す。それを来る日も来る日も、何ヶ月も続ける。翻訳とは孤独な作業のように見えるかもしれませんが、私は著者と対話している気がして、ちっとも寂しくありませんでした。また、訳文には訳者の感覚(言語感覚と常識感覚)がすべて表れます。翻訳者という職業柄、できるだけ広範囲に通用する感覚をもっていたいものですが、ひとり作業だとなかなか気づけないところがあるのも事実。書籍翻訳の場合は編集者さんや校正者さんのチェックが入り、みんなで一冊の本を仕上げるので、大変勉強になりました。

わたしの脳活事情

さて、そんなこんなで翻訳にいそしんだのですが、翻訳中はいろんなハックを試しました。瞑想したり、オンライン読書会に参加したり、左手で歯磨きしたり……3日坊主になってししまったものも多いのですが、続いていることもあります!

・鶏肉を選ぶ
これが一番の変化です。それまでは豚肉大好きの豚バラ原理主義者でした。本書ではことあるごとにチキンが薦められています。鶏肉はどちらかというと苦手だったのですが、何度も訳すうちに脳に刻み込まれたのか、今は迷わず鶏肉を選ぶようになりました。これまで挑戦した数々のダイエット食でも、鶏肉は避けていたのに……!今では脂肪分の少ない胸肉が好きです。

・娘にピアノを習わせる
もともと、大学院の第二言語習得理論の授業で、「音楽家は外国語が得意」という話を聞いたことがあり、子どもには楽器を習わせようと思っていました。本書では、楽器経験のある学生はSAT(大学進学適性試験)で平均より高い点数をとったという研究成果が紹介されています。また、視覚と手指の連動能力を高めるためにテレビゲームが勧められてもいます。ピアノで両手の指を動かすのも脳にいいはず!というわけで、電子ピアノを購入し、娘をピアノ教室に通わせ、私も一緒に練習しています。

・進捗を「見える化」
本の翻訳はとにかく長丁場です。1冊訳すのに2~3ヶ月間かかるので、自分でペースを作っていかなければなりません。訳し始めは「本当に最後までいけるのかな・・・?」と不安になるし、途中で「もう嫌だ~」と思うこともあります。そんなときには「やることリスト」を作りましょう(脳にいいこと005)。小さなことでも、完了するたびにチェックを入れていくと達成感を得られ、脳が喜ぶとされています。だからこういう表を作って進行管理とモチベーション維持をしていました。

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これは本当に役だったので、この後、別の書籍の下訳仕事をしているときにも取り入れました。(2冊目はこんな感じ)

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ページ数を数えてExcelで手帳の大きさに合わせて表をつくるのは手間ですが、膨大に思える本もこの作業をすることで小さな塊にブレイクダウンでき、不安が和らぎます。脳活にもなります。

・部屋を片付ける。マルチタスクをしない。コーヒーを飲みすぎない。
行動というより、心構えになりました。自分で思っている以上に脳は状況に左右されているようです。気が散らされるものは片付ける、頭脳労働を同時にしない、翻訳の休憩時間にネットニュースなど「読む」作業をしない(休憩時間に仕事と似たような頭脳労働をしない)など意識するようになりました。

コーヒーに関しては、「合言葉は『何事もほどほどに』(脳にいいこと010)」というハックで書かれている例。

たとえば、朝、コーヒーを1杯飲んで気分が爽快になり頭が冴えわたると、さらに何杯も飲んでしまいます。それで「どうして集中力がもっと上がらないの?」と不満に思うのです。(p.28)

まさに私のこと!いつも午前中(特に翻訳しているとき)はコーヒーをがぶ飲みしてしまうのです。目覚めの1杯でカフェインが効きまくるので、どうしても「もっともっと」と飲んでしまう……そんなときはいつもこのハック「何事もほどほどに」を思い出して我慢しています。

おわりに 

駆け出し翻訳者として細々と記事翻訳をしていましたが、念願の出版翻訳に携われて本当に幸せでした。これを読んでくださっている方のなかにも、私と同じように出版翻訳を目指している方がいるかもしれません。出版翻訳者になる道はいくつかあると思いますが、出版社や編集者へのコネもなく、出版翻訳の経験もない場合、アメリアのスペシャルコンテストは唯一の希望です。私もスペコンに出しまくり、何度も落ちて、今回ようやく採用いただきました。(その後でいただいた下訳の仕事もスペコン経由です)。何度も落ちるとくじけそうになりますが、腐らずがんばりましょう。私もこれからも挑戦し続けますよ!

最後になりますが、訳者として採用くださった文響社さま、そして刊行まで根気強くお付き合いくださった編集の原田様に感謝申し上げます。(原田様からいただいた名刺に「うんこ博士」が載っていて、娘ともども大興奮でした。笑)

『最新科学が証明した脳にいいこと ベスト211』、是非ご一読ください!


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