心まで貧しくなりたくない
去年の夏の終わり頃だったか。
都会のビルのそばの街路樹で、たまたま瀕死状態のセミを見た。
子どもの頃なら、このセミを何とか保護して自分で世話してやろうかと考えられたのに。
たとえ事情があって世話はできないとしても、どこか安全な場所に避難してあげようという考えが以前なら真っ先に浮かんだはず。
小学生の頃、下校途中に瀕死のスズメを見かけた私は思わずスズメを抱き上げて、家の庭の安全な場所に避難させて世話をしたことがあった。
近所の人からは「この子は変わった子だ」と陰で言われていたそうだが、瀕死のスズメを見たらどうしても放っておけない性格だった。
だが、社会人になって自立して生活することの大変さを身を持って知る中、いつのまにかそこまで考える余裕はなくなっていた。
木から落ちて横たわっているセミを一瞥し、見て見ぬ振りをしてその場を立ち去ってしまった。
このままだと目の前で怪我をしている人がいても、私は何も手を差し伸べることができないかもしれない。
目の前の惨状を、テレビニュースを見ている感覚でただ眺めるだけ。
自分に余裕がないと、誰かに優しさを分け与えることができない。
自分の身を守ることに精一杯の時なんて、他人のことを考える余裕なんて全くない。
何て私は無慈悲な人間なんだって一瞬思うけど、その場を去ったらセミのことなんてすぐに忘れてしまっていた。
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