【オリジナル小説】Examination 二章(前半)
最初から
これを書き直してる
マガジン
2章
2-1
あれから二週間、俺は順調に下僕として成長していた。プレステの恩もあるしな。
あの100万の残りは、羽生家の金庫に仕舞ってある。俺が持ち運ぶ訳にもいくまい。
諸々の家事は母に教わり、それなりに上達した。いきなりのプレステと家事という俺に、母は初めこそ怪訝な顔をした。が、「友人にもらった」「一人暮らしの友人の家の手伝いをする」という言葉をサクッと信用した。........一切嘘は言ってないのだが、なぜか申し訳なくなる。
ただ一つ、母の料理だけは”真似できないほど高レベル”だったので、それは本やネットで独学で練習することにした。羽生さんは現在、お菓子とコンビニ弁当と出前で生きている。早めに腕を上げたい。
食のバランスについても調べているが、多分あの子、野菜とか嫌いだよな。そんな感じがする。
じんわりと汗ばむ季節になってきて、羽生家の庭は随分と草が増えた。鬱蒼と生い茂る小さなジャングルめいた庭を前にして、俺はいつ除草剤を撒くべきか思案していた。もうすぐ梅雨の時期になるだろうから、いっそのこと今日やってしまおうか。全面コンクリで固めて欲しいものだ。これは何年も放置してた感じがする。
「何をぼんやりしているんだ」
「この草をどうしたものかと」
「ああ、今の時期は燃えにくいもんな」
「そうじゃねぇよ」
想像以上の答えだった。何考えてんだこいつ。シンプルながらもヒラヒラはしっかりと付いている、白いワンピースに身を包んだ羽生さんが縁側に座る俺の横に腰掛けた。フワリといい匂いがした。........カレーの。
「お前、朝からカレー食ったのか」
「おう。レトルト三袋と米二合をいただいたぞ」
「なるほど、じゃあその裾のシミはカレーのなんだな」
「なんだと?____あ、本当だ。着替えてくる」
「染み抜きするので、分かるところに置いといてください」
「はい、ママ!」
ママじゃねぇよ。ドタドタと家の中に戻っていく少女を見送ったあと、俺はため息混じりに新品の鎌と軍手を手に取る。今日は庭は置いといて、まずは家の顔である玄関側の雑草を何とかしよう。先に草を刈り、昼に除草剤を買いに行こう。........我ながら、かなり頑張ってるなぁ、俺。
本日は、後で風呂を頂くつもりで着替えも持ってきている。それくらい良かろう、この家の草刈りも家事もするし、風呂も俺が掃除してる。
汚れてもいい服装として、以前母が買ってきたがずっと着ていなかったTシャツを着てきた。忘れていたが、胸の所に「こんな時、どうしたらいいのかわからない」と書かれていた。だからずっと着なかったんだな。俺の主体性の無さを表す、良いTシャツだと思う。
家の玄関側に回ると、これまたコンモリとした草の山だ。二週間前に初めて来た時にはここまでじゃなかったのだが、一体なにがここまでさせたんだ。
「オイ!」
「キャー!」
突然、ジメジメとした草の間から、元気な声を上げて小さな頭が飛び出してきた。先日の子猫だった。
「びっくりした!何だ急に!」
「オイ!オイ!オイ!」
子猫は草むらから全身を現すと、草っきれや露がたくさんついた全身を俺の足元に擦り付けながら、ぐるぐると回り出した。「ざまぁみろ!汚してやったぜ!」
2-2
「何なんだお前は」
「先日助けて頂いた猫です!」
「それは分かってるよ」
俺の足元に充分体を擦り付けた後、子猫は俺の正面に行儀よくおすわりした。しゃがんでその頭を撫でてやると、目を細めて喉をゴロゴロと鳴らした。安定の可愛さ。
「お、あ、オイ!やめろ!今日はお前にっ、い、言いたいことが........!やめろ撫でるな!お、おま、お前にぃ!お前に申し上げたき儀が御座る!」
「侍かよ」
この家の雑草の伸び具合も凄いが、こいつの成長の速度も凄い。二週間で一体何があったのだ。一回りは体が大きくなってるぞ。
さては、どこかの家が餌付けしてるな。
「ねぇ、なんでオイラのこと呼んでくれないの!」
「は?」
「困ったら呼べって言ったよね!」
「いや困ってねぇし........」
「んキィィィィ!!」
こいつは子猫の体に妖怪を宿しているからか、それとも猫という生き物は普段から己の能力を隠しているのか知らないが、なんとも人間味のある正座をしている。凄いというか可愛いというか、とても姿勢が良いのがちょっと怖い。
「呼んでよ!」
「子猫に何ができるんだよ」
「あたしを必要としてよ!愛してよ!」
病んでるなぁ........。
子猫は小さい前足で地面をドンと叩いて怒鳴った。
「せっかく、あのあとコッソリお前の後をつけて家を特定したのに!」
「そんなことしたのお前」
「毎日とし子に食べさせてもらってる!」
「お前を急成長させたのは家の母親だったのか」
「どこかの家」は我が家でした。とし子め、俺に隠れて何してんだ。
「ねぇぇぇ!恩返ししたいんだよォー!お願いだよォー!」
「ああ、はいはい。じゃあ、これから玄関前の草刈りしたいからさ、虫を追い払って貰いたい」
俺は虫が苦手なものでな。子猫は嬉しそうに万歳三唱をした後、神速で草の中に飛び込んで行った。
2-3
子猫のお陰で虫を回避しつつ、玄関前の草刈りを終えた。思いの外時間はかからず、10時30分頃から始めて、終了時はまだ正午前だった。
頭にでかいカタツムリを乗せて擦り寄ってくる子猫を追い払って、俺は玄関前の段差に腰掛けて一息ついた。なんだろう、あのカタツムリ。頭部が妙に緑色で、なんというか........すごく蠢いていたぞ。
「あ、あのー、こんにちはぁ」
気色悪いカタツムリを思い出して真っ白に燃え尽きてしまいそうになった俺の視界に、一人の男性が現れた。門の向こう側から、申し訳なさそうな笑みを浮かべて会釈している。
「こ、こんにちは........」イケメンだ。やばい、逃げろ。
これが一番最初に俺が考えたことだった。特に深い意味は無い。ただ、イケメンと同じ空気を吸っている........吸わせて頂いていることに、何故か罪悪感を覚えてしまうのだ。地球を汚している気分になる。
俺のそんな心中が分かる訳もなく、イケメンはほっとしたように「こんにちは」と繰り返した。あらやだ、声までかっこいいわよ。俺はもうどうしたらいいんだ。地面に這いつくばった方がいい気がしてきた。
「あの、こちら、羽生さん........羽生飛鳥さんのお宅ですよね?」
「はい、そうです。何か御用ですか」
慌てて立ち上がり、思わず最敬礼をしてしまった。見事な直角、90度のお辞儀である。そんな俺を見て、好青年は爽やかに微笑んだ。
「驚かせてしまってごめんなさい。僕は森川颯斗と申します。今日は羽生さんに依頼があって来たんです」
わずかに言葉を交わしただけなのに、彼が平均的な大人ではなく、それよりも遥かに純粋なものを持っていることが分かった。上手く言えないが、世間に汚されていないような感じだ。どんなに濃い墨汁をぶっ掛けても、一瞬で綺麗に弾き落としてしまいそうな、絶対的な白さがある。羽生さんも大層ピュアな子だが、このイケメン__颯斗さんとは違う部類だ。
「お、イケメンじゃねぇか」
「お前、さっきのカタツムリはどこやったの」
「鳥が持ってった」
oh........!
颯斗さんを門の中に招き入れると、子猫がその足元にじゃれ付き始めた。彼に霊感があるならば、こいつが「コノヤローイケメンコノヤロー、消えろー、うんこ擦り付けてやろうか」と言ってる声が聞こえるはずだ。そうでなければただ可愛らしくニャンニャン言ってるだけに見える。
「わぁ、可愛いですねぇ。お宅の猫ちゃんですか?」
「いえ、付き纏われていまして」
後者だった。今、彼が撫でている子猫は耐え難いほどに下品な悪態を吐き続けているのだが、それを理解している様子は無い。こいつはイケメンに何されたんだよ。
「ところで、羽生さん........ですか?」
屈託のない笑顔で俺を見て、そう訊いてくる。瞳がキラッと光るのを見ながら、俺は何故か照れ臭くなってしまった。
「あ、お、俺は違います。大国って言います。あ、羽生飛鳥は同級生でして、今は家の中に居ます」
「じゃあ、お友達なんですねぇ」
そ、うなのか........?急に不思議になってきた。俺と羽生さんとの関係を「友達」と形容されたことに、僅かな困惑を覚えた。そういえば、俺たちは何なんだろう。
2-4
「主人とパシリだろ」
「で、デスヨネ........」
とりあえず、颯斗さんを家の中に入れ、居間に通した。書斎で映画を観ていた羽生さんを呼びに行ったついでに、俺たちの関係について尋ねてみた。友達ですら無かった。
「なんなら、将来うちに就職してくれても良いぞ。一生養ってやる。君には教えられないが、まとまった額を毎月払ってくれる収入源もあるし、給料はきっちり払える」
「なにそれ、怖いんだけど」
「違法なものじゃないぞ。私だってな、ちゃんと働くことがあったりなかったりするんだぜ」
どっちですかね。ホラー映画を大画面のテレビで観ていた羽生さんは、井戸から不気味な髪の長い女が出てくる様子を観てゲラゲラと笑った。笑うところじゃねぇよなぁ。
「なんかもう、こういうの定番の流れじゃん」
「まぁね」
それでも、そこまで肝の据わってない俺としては、怖いものは怖いんだがな。創作と分かっていても、霊感があるとしても、怖いものは怖い。
テレビの電源を落として、羽生さんは「ま、そのうち慣れるよ」と言った。慣れるほど「そっち」の方々とは絡みたくないんだけど、この先彼女の手伝いをしていくとなると、その望みは叶わないだろう。というか、既に一匹変な猫に目を付けられている。
羽生さんの準備が整うのを待ってから、先立って書斎から出ようとした俺の目に、デスクの上にある空箱が飛び込んできた。「冷蔵庫のショートケーキ、食べたの?」
「うん」
「2つとも?」
「うん、美味しかった!ありがとう!」
「うん........」
そういう子だよね........。にしても、凄く良い笑顔。おやつに一人一個ずつで食べようと思ってたんだけどな。大丈夫、まだ泣いてない。まだね。
居間で待つ颯斗さんには、お茶と饅頭を二つ出してきたのだが、羽生さんと共に降りてきた頃には既に平らげていた。そんなに長いこと待たせてはいなかったはずだが。
「お饅頭、美味しかったです!」
凄く良い笑顔。どうやら好物だったらしい。
「初めまして、森川さん。私が羽生です」
「あ、森川颯斗です。是非楽な口調で」
「わかった、颯斗さん。用件を聞こう」
天才的な切り替えの速さで口調を変えた後、羽生さんは俺を振り返った。「私のお茶と饅頭は?」よく食べますねアナタは。
呆れて何も言えずに立ち尽くす俺を、羽生さんはスーパーでお菓子を強請る子供のように、何とも必死な眼差しで見上げてくる。そんな目で見るな。
根負けして残りの饅頭、八個全てを皿に乗せ、新しいお茶も三人分淹れて居間に戻った。イケメンとロリータコンビが、無邪気に瞳をキラキラさせながら待っていた。
「わぁ!ヨモギもある!」
「颯斗さん、四個ずつで分けよう」
俺の分は無いようだ。不満は少しあるが、口にも顔にも出せない。
この子たちの嬉しそうな笑顔をご覧なさいよ。口が裂けても、俺の分も寄越せなんて言えないわよ。可哀想だわ。
2-5
「森川颯斗って、なんか聞き覚えあるなと思ったけど、この町一番の金持ちの家のドラ息子じゃん」
「あ、はい。僕がそのドラ息子です」
あまりにも失礼な物言いに、俺は羽生さんを睨みつけたが、白目を剥いた変顔をされただけだった。颯斗さんは怒る様子もなく、ニッコリと穏やかに微笑む。
森川颯斗さんの先祖はその昔、とある大名の側近をしていた武士・森川成達だ。その大名は教科書にも載っているし、もちろん成達の名前も少しだけ書いてある。俺は少し驚いた。たまたま苗字が同じなだけかと。
大名が部下に裏切られ、夜襲を受けた際、成達は大名を守るために戦い、21歳という若さで命を落とした。大名も死に、彼らの死体は城と共に燃え尽きた。「かわいそ」羽生さんが無感情に呟く。
「それで、ですね、先祖の成達は21歳という若さで死んだわけですが、困ったことに、それ以降も森川家に生まれた本家の男子は早死する傾向にありまして」
「うん、聞いたことあるぞ」
羽生さんも、森川家男子の短命の噂は聞いていたという。呪いではないかという声もたるらしい。颯斗さんの父親も30歳で亡くなった。颯斗さんは現在25歳、本家の男子は彼だけである。今までよく直系が途絶えなかったもんだ。
颯斗さんは子供の頃から体が弱かったそうだが、特にここ二年か三年の間で原因の分からない体調不良が頻繁に起こるようになったらしい。彼もいよいよ命が危ないと感じ、今回羽生さんに原因解明を依頼しに来た。
「決断が遅い」
それは俺も思うけれど、面と向かって本人に言うなよ。初対面だぞ。
羽生さんの反応は冷淡で、それでいて間違ってはいなかった。代々短命だと分かっていながら、その原因を探ろうと今まで思わなかったのだろうか。俺もそう思いはしたよ。
「お宅の本家男子が代々短命なのは我々の間でも有名な話だったよ。それどころか、この辺に住む老人ですら世間話をしてたくらいだ。いつになったら依頼に来るんだろうって思ってたよ」
「おっしゃる通りです........」
「あんた、自分が死ぬかもしれないって感じるようになって、やっと動くってわけ?呑気にも程があるだろ。あんたの父親やその前に早死してった奴らも、全員アホなのか?何故今まで何にもしなかったんだ。バカが。バカバカバカバカ、カバ」
言い過ぎだと思う。すごく言い過ぎだと思う。
しかし、颯斗さんは彼女に対して怒る様子はなかった。しかし、若干、彼の眩しい笑顔に翳りが見えた気がした。
「僕、ちょっと思っちゃったんですよね。本家の男子は短命なのに、しぶとく子供作って血を絶やさないようにしてるけど、本当はそれ自体が害なのかなって」
「ん?........お、おう」
笑顔のままなのに、纏う空気が一気に冷たくなった颯斗さんに気付いた羽生さんが、表情を引き攣らせた。これは好青年の心の闇が........
「もしかしたら、我々森川家の直系は滅ぶべきなのでは?きっとそういう業を背負っているんです。だから皆短命なんです。
なので、僕は本当はこのまま未婚を貫いて、死のうと思っていたんですよ。
だって短命なのに短命な跡継ぎなんか作ったら、産まれてくる子が可哀想でしょ。そもそも本家は絶滅すべきなんです」
「そ、そうか」
........闇が深い!思ってたよりも!
お面のように張り付いたイケメンスマイルのまま、口からは病んでる言葉が飛び出てくる。あの羽生さんが少し怖がっている。俺はちょっと彼のファンになりそうだった。おもしろいなこの人。
「大国くん、こいつ大丈夫かな」
「さぁ........」
「25歳で厨二病ってだいぶタチ悪くないか?面倒くさそうだなぁ」
ビビってたんじゃなく、ドン引きしてただけだった。というか、多分厨二病ではなく、自暴自棄になってるだけに思える。そして今の発言が全て、ハッキリと颯斗さんに聞こえる声量で言っていた所に、羽生さんの人としてのヤバさを感じる。俺はそっちの方にドン引きした。せめてこっそり言え。
2-6
「で?死んだ方がいいならなんで来たんだよ」
羽生さんは自分の分の饅頭を全て平らげ、対する颯斗さんは自分の分の饅頭を一個、俺にくれた。俺ほどでは無いが、気使いが出来る。かっこいい。まぁ俺は自分の分も含めてこの二人に全て与えたんだがな。そもそもその饅頭、本来は半分俺のなんだがな。
「ふと急に、失うのが怖くなったんです」
「うん」
「仕事や、家族____あ、もう本家は僕しかいないので、今は従兄妹たちと暮らしているんですが、彼らのことです。それにもっと、色々なことを知りたい、見たい、そのために長生きしたいと思ってしまったんです」
ズドンと闇堕ちしたかと思えば、一瞬にして元の明るい世に戻ってきた。颯斗さんは今度は本心からの穏やかな笑みを浮かべ、「お願いします、助けてください」と、シンプルに言った。
羽生さんはと言うと、気味悪く思っている内心を一切隠さず、驚くほどブサイクに歪めた顔で俺を見ていた。笑えないくらいすごい顔だ。お前がやってる商売だろうが、俺に決断を委ねるなよ。
「お金なら、いくらでも出せますよ」一生一度は行ってみたいセリフをツルっと吐いておきながら、颯斗さんの口振りに嫌味な響きはなかった。これは思ったことそのまま言ってるやつだ。
その言葉に反応した羽生さんが、一瞬だけ怒鳴りそうな顔で口を開いたが、毒のない颯斗さんの目を見てすぐに口を閉じる。そして右手で額を押さえ、深いため息を吐いた。
「金の問題ではなさそうです」
「と、いいますと?」
「多分、今は好奇心と面倒くささの間で心が揺れ動いてる感じですね」
「複雑ですねぇ........」
いや、単純だろ。
俺に助けを求めるような目を向けてくる彼女を無視して、颯斗さんが譲ってくれた饅頭を食べた。獣のような唸り声が聞こえたが、おそらく彼女ではないだろう。だって、およそ人間が出せる声とは思えないほど恐ろしかった。
必死に、羽生さんを見ないように努めた。甘やかしてはいけない。それに、今彼女の顔を見たら怖くて失禁するかもしれない。
やがて羽生さんは大きなため息を吐いた。
「わかった。やるよ。やります。
報酬は金じゃなくていいです。我々の働きを見た上で、相応しいと思ったものでいいので」
「わぁ!ありがとうございます!嬉しいです!」
颯斗さんの素敵な笑顔が炸裂し、羽生さんが嫌そうに顔を顰める。「うぜぇ」と、口にまで出してしまっている。
美男子が嫌いなのではない。ピュアな人が苦手なのだ。
「大国くん、助けてくれ。今すぐ自分の腸を引きずり出して、こいつの首を絞めたいぐらいに不愉快だ」
「後片付けが大変だからやめなさい」
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