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晴明×博雅の二次小説。

オリジナル漫画を描かねばならんのに、どうしてもこのネタが溢れてくるので、とりあえず書きました!

「恋する天才陰陽師」


「博雅、しっかりしろ! もうすぐ修行里に着く!
温泉で暖まるし飯も食えるからな! あと少し頑張れ!」

轟轟と吹き荒ぶ雪嵐の中、背に乗っている親友に声を張るが聞こえているかわからない。

二人分の体重に足は深く氷に沈むばかりで、なかなか前進できない状況に、陰陽師の青年、若き安倍晴明は歯噛みした。

「クソ、なんなんだこの季節外れの雪は!」

二人での事件解決に慣れ始めた初夏、それは簡単な案件のはずだった。

陰陽寮での学生殺害と内乱騒ぎが収束し、帝の直雇陰陽師として参内するようになった晴明は、喜ぶ源博雅の笑顔とは真逆に身の振り方に迷ったのだ。
両親の仇打ちという生涯を賭けた祈願が果たされた後には、虚脱感と無力さに
疲弊し正直、その栄誉ある職を辞そうと毎朝に決意する日々。

しかし、「出世祝いだ」と自邸に招き入れ、上等な酒と食事を並べてまるで我がことのように涙ぐんで喜ぶ源博雅の姿を見るたびに、何度も何度も、大嫌いな京中にいればこの漢とずっとこの先もいられるという誘惑に苛まれるのだ。

そんな自分の気も知らずに、他人への猜疑心を全く知らない皇孫の御曹司は、
晴明が彼への想いを持て余しているうちに、どんどん距離を縮めてくる。

自分にとっても中将博雅公は生まれて初めての友であったが、音楽の神に祝福された高貴な男にもまた、晴明は生涯唯一の友。

「お前は、おれの大切な親友」
「酒を呑める相手ができて、とても嬉しい」
「笛を喜んでくれる存在が、愛しく大切だ」

そう無垢な瞳で熱く語られると、どうしても一人で京を去るなどと、口には出せなくなった。

源博雅は帝の年上の甥であり、生き神である血族の末裔だ。下級貴族として地下に控える晴明とは遥かに身分が違う殿上の男。
あの事件で巡り会えねば一生、顔さえ合わせる機会がなかった存在である。

しかして友人、上司の上司、仕える王が慈しむ身内。この気持ちをそれらに当てはめようとしても、どれも違う気がするのだ。

不安定に育っていく未知の感情を見ないよう、硬く無視して蓋をするそんなある日。物怪が夜の京に出没する事件が起きた。友と出会って、初めての初春のこと。

いくら晴明が帝に対し全く尊敬や畏怖も無く、宮中の貴族達に不信感が拭えなくとも、皇孫である博雅の近くにいたければ仕事を疎かにする訳にもいかない。

複雑な心境のまま、我が物顔で居候している陰陽寮の書庫にて討伐の準備をしていると、悩みの種がのんびりと深翠の直衣姿を覗かせた。

「やあ晴明、妖の祓いに行くのか」
「耳が早いな、その前に仕事道具の調達だ。
場所が少し遠くなるから数日留守にする。一人で呑みすぎるなよ博雅」
「またおれを子供扱いして。……遠いとは、どの辺りになる?」
「愛宕山の麓近く、陰陽修行の里だ。昔から世話になっている小さい鍛冶屋があってな。祓いの前に、腕利きの職人が作った揃いが欲しい」

呪具と着替えを布に包む晴明に、顔をほんのり赤くした博雅が目を輝かせている。いつもの上品な香りと冠に咲く梔子、白桃のような頬に胸が騒めくのが煩くて仕方ないが、なんなのだろう、この落ち着かない不可思議な感情は。今まで自覚した経験の無いもの。

「なあ、晴明」
「なんだ」
「おれも、行っては駄目か」

ピタリと陰陽師の動きが止まった。頭一つ分、ちょうど心臓の位置にある悪戯な笑顔を無表情で見下ろしていると、「なあ、駄目か晴明」などと蒼い袖を軽く指で引かれる。

……もしかして、こいつはおれの気持ちをわかっているんじゃないか。
おれは、さも純粋ぶったこの男に弄ばれているのかもしれない。

そんな晴明の疑惑を知らず、「なあ、なあなあ」と年上のはずの無邪気な神子は、期待に瞳を弾かせる。その手を強く振り払おうとして、できなかったのは何故だろう。

「祓いではなく、道具の調達なのだろう。おれは邪魔にはならないよ」
「……かなり歩くぞ。足元も険しい」
「笛歩きで足腰は鍛えているぞ。それに、また幻術にかかっても
音色でお前を呼び止められる」
「足手纏いになったら、そのまま置いて行くからな」
「うん! それでいい! ありがとうな晴明!」

なんて馬鹿なんだ。置いて行くなどと、できるはずがないだろう。

結果、「鍛えているぞ」と断言した本人の言う通り、二人の初めての遠足は 
特に問題無く無事に終わった。事件自体も大した騒ぎにはならず、半日で終息。
邪魔どころか、博雅の笛にまたまた助けられることもあって、
「これで、おれも安倍晴明の助手として活躍できるな!」とご満悦の限りである。

人里離れた土地へ一人で赴くと、大抵いつも晴明の巨大な法力波動に怯え
衝動的に攻撃してくる怨霊や、山の精霊に多々遭遇する。
子供の頃からそんな状況には慣れきっているので、博雅を背中に控えさせ
呪符を袖から放とうとした時、針葉樹が高く枝を伸ばす天空へヒュルリと、
白銀の音光が立ち昇った。

まさかと振り返ってみれば、少し冠と髪を汗で乱した楽の神子が愛用の葉二つを唇に愛で、混濁する怒りや悲しみの呪いを深い慈撫に包み込んでいく。

「おおおおお……、まばゆい!!」
「菩薩じゃ、観音菩薩の加護の光じゃ!」
「痛みが引いていく……! 果てしなかった呪いの痛みが!」

その音色によって絶望の激痛から救われた鬼や下等霊の歓喜を他所に、
晴明は言葉を失ったまま博雅を凝視する。

「陰陽の天才」と謳われた自分がどんなに過酷な修行を重ねても、到達できない 高みに友は立っているのだ。何の私欲も持たずに、ただ身の内から湧き出る音楽に身を任せて。

不思議な敗北感と相反する誇らしさに脱力し、晴明は悟った。

ああ、きっとおれは、この奏手の神童から離れて生きてはいけない。

「それでな、その時に鬼殿と交わした笛の音が……、あっ」
「危ない」

巨木の長く張った硬い根に博雅の足がつまづき、地面と衝突する寸前で
長い腕が博雅を支え包み込む。うっすらと汗ばむ晴明とは違い、丸い柔らかな肩と背中は重く滴り濡れていた。

「すまん、よく見ていなかった」
「お喋りもいいが、気をつけろ。京の平たい土地とは違う。博雅、お前かなり疲れているだろう。おれに気を使うのはやめて、歩くのに
集中しろよ」

この日もまた、安倍晴明はただ一人の友である源博雅を連れ、愛宕山の麓へと足を進めていた。山紫陽花が色鮮やかに咲き乱れる、愛宕渓谷の爽やかな梅雨明け。

「全く、目が離せないなお前は」

そのまま手を繋ぐと「おれは童のようだなぁ」と博雅ははにかんだが、両親を早くに奪われ孤独だった晴明に、誰かとこうして楽しく温もりを結んだ記憶は遠い。人肌なら早くに名前も知らない女で覚えたが、こんな暖かな想い溢れる
皮膚の重なりは未知のものだった。

「誰かと手を繋ぐなんて、烏帽子を被って初めてだよ」
「……いいから、足元をよく見ろ博雅」

天の神々よ認めよう。おれはこの楽聖を愛している。
何にも代え難い大切な、ただ一人の特別として。

その気付きと覚醒は唐突ではなく、二人が出会ってから予感していた兆し。
無償の愛や敬虔な恋情など汚れた京の中であり得ない、
狐と呪われた自分には、、生涯触れられない尊さだと思い込んできた。

その天空の蒼よりも、透き通って美しい想いが今、晴明のすぐ隣で微笑んでいる。

前回訪れた日と同じく、愛宕山は人気の無い沈黙が広がるばかりだったが、
徹底的に違う状況は、二人が土地神や多くの精霊達から祝福されて徒歩を進めていることだ。それまで晴明が何年と通った山道には、先ほどの山紫陽花をはじめ菖蒲や、立葵がまるで道案内をするかのように咲き乱れている。

鳥達は伴侶と共に風に乗って木々を渡り、来る真夏への謳歌を響かせ。
川からの水分を多く含んだ土も新芽を力強く吹き出し、繋がっていく連理への営み。

今まで何度となく往復してきた岐路が、こんなにも尊い風景だったのかと
思わず握る手に力が入る。

「晴明? どうした?」
「ああ、悪い。痛かったか」
「大丈夫だよ。紫陽花の青も立葵の紅も、本当に美しいばかりだな。
また来年も、二人で来れたらいいのに」
「当たり前だろう、またおれと来ればいい」

誰かと、初めて次の季節の約束をした。
博雅を悲しませない為に、必ず生きねばならない。

「……雲が増えてきた。急ぐぞ」
「うん、急に冷えてきたしな」

油断したのは、ときめく胸の感情のままに、まだ若い安倍晴明が
らしくなく現実の時間が迫るのを楽観視していたせいだ。

山の天気は、女の恋心と同じく変わりやすい。しかし流石の天才陰陽師でさえ、
六の水無月下旬に長く熟知してきた愛宕山で、まさか吹雪に遭遇するなどとは
考えなかった。

霧雨に頬を叩かれた矢先、それまで楽しく歌っていた小鳥が一斉に木から空へ飛び立つ。ぬるま湯の粒だった雨足は、数分のうちに水の矢立に変貌して
二人の狩衣を重く濡らし、昼日中のはずなのに山全体が夜の水底へ突き落とされた。

「晴明、雪だ! 雪が降ってきた!」
「勘弁してくれ、来週は文月の小暑だぞ」
「どうする?」
「このまま進めば、馴染みの湯治場がある。避難しよう」

それから、数時間。どうやってかつての修行場の里へ辿り着いたのか
晴明は覚えていない。

「博雅、しっかりしろ! もうすぐ修行里に着く!
温泉で暖まるし飯も食えるからな! あと少し頑張れ!」

季節外れ過ぎる吹雪に打ち据えられ、途中で意識を失いかけた博雅を背負い
麓へ下りつつ、石のように冷め重くなっていく手足を必死で前へ動かす。
二人でぐしょ濡れになって宿に辿り着いた頃には、まるで
白昼夢に酔っていたかのように、
あれだけぶ厚かった曇天の間から真夏の星座が煌めいていた。

過酷な修行を重ねて陰陽師として成人した晴明も、博雅を背に山道を長距離
進むのには胆力を大きく削がれ、切迫し震えてしまった命の危機。
ただひたすら、源博雅を死なせるわけにいかないと、それだけ考えて懐かしい温泉宿の戸を叩く。

「陰陽師さま!」
「友が気を失った。飯と風呂、一番いい部屋を頼む」

背中の曲がった白髪爺は、その二人の無惨な姿に何があったか全て察したらしく
奥へと案内し、白湯と湯気の上る粥を並べてくれた。

憔悴しきっていた博雅の体温低下が不安だったが、若さのお陰か顔色が紫から青、薄紅へと戻って、晴明は安堵によろよろと膝を崩した。泥まみれになった狩衣はもう二度と袖を通せないほど傷んでしまった為に、気を利かせた白髪爺は取り急ぎ、小袖を二人分用意してくれる。

「ごめん、晴明。とんでもない足手纏いになってしまった」
「何を言うか。おれだってまさか、六月に吹雪で遭難しかけるなんて思わなかった。博雅がいてくれたから、今日は余計な法力を消費せずに済んだんだぞ」

まだ震えの止まらない博雅を抱きしめ、温泉特有の臭いに満ちた岩場にて
やっと湯に浸かれた安堵感。さすがの晴明も、疲労困憊しきって口がよく回らない。

「はあ……、生き返る……」
「内臓と筋肉が冷え切っているからな、ゆっくり深呼吸をしろ。骨の芯まで
暖めるんだ。ここにいれば、もう安全だから」
「晴明は、怪我はないか」
「おれは大丈夫だ。博雅を危険な目に合わせて悪かったな」
「謝るな……、おれが、おれがいたせいで……」

安心したからか、ううう……と顔を歪めて泣き出した博雅に、晴明は心底慌てた。

「大丈夫だよ博雅、もう全部終わった。おまえがいてくれたから、ここまで
無事に来られたんだ。さあ、美味い晩飯が待っている。ここは猪が最高なんだ」

髪と体を晴明に洗われている間、博雅はいつもの元気が全く無かった。
死の恐怖に生まれてから初めて晒されたせいもあるだろうが、友にずっと背負ってもらった罪悪感と羞恥に苛まれているのだろう。
普段と正反対に、「博雅の髪は、朝顔花の蔓のようだな」とか、「肌は乳白の真珠みたいだ」「お前は、どこも可愛らしいな」などと、努めて晴明が明るく話しかけるのだが、音楽の神子はいつもの豊かな表情に冴えも見えず口少なく、途方に暮れる。

安倍晴明は初めて、ずっと他人を拒絶し交友能力を学ばなかった人生に後悔した。宥めたり機嫌を伺ったり、生まれてから今まで不必要として拒絶してきた処世術。

だが、湯から上がり丈が全く足らない小袖に晴明が袖を通すと、「ふふふ」と、
やっと博雅から自然の笑声が溢れ、無意識にその小さな頭蓋骨を抱きしめてしまう。胸元でもごもご何か呟いている愛しい体温に、染み渡る幸福感。

「晴明は背が高いからなあ」
「笑うなよ、元服前にはちょうど良い大きさだったんだ」
「おれなど、烏帽子を頂いて唐ほとんど伸びていないよ。羨ましい」
「博雅はこれでいい。おれが背負うのにちょうど落ち着く」

晴明の、雄々しいが鋭角的な筋肉の盛り上がる肉体に博雅が視線を奪われたように唇を引き結ぶ。

「ふう……。やはり、博雅は笑顔がいい。ずっとそうして笑っていてくれ」
「おれがいたせいで、晴明を、し、死なせるかと思って……」
「馬鹿だな、あれくらいじゃ死なないさ。陰陽師は体力勝負の仕事だ。
それに、おまえみたく笛で怨霊や鬼を改心させることはできない。
博雅は、好きな音楽の腕を磨いていれば良い」
「でも、」
「こんな季節に、まさか吹雪になるとは思わなかった。しんどい目に合わせてすまない」
「違う! 晴明のせいじゃなくて、お、おれが貧弱だから……」

晴明の盛り上がる筋肉に走る、無数の古傷。秀麗な顔や端正な長身にばかり目を奪われて気付かなかったらしい。
きっとこの心優しい漢のことだ。晴明の陰陽師になる前の過去は、どれだけ過酷だったのだろうなどと胸を痛めているのだろう。

じい、と大きな瞳で自身を見つめる音楽の神子からの、思い詰めたような表情と視線に、さすがに何を言いたいか察した晴明は、「修行の頃にな、もう痛みは全然ないよ」と安心させるように微笑む。そのせいか、再び博雅の目から涙が滲んだ。

「陰陽師さまとお連れの方、膳の準備が整いました」

迎えてくれた白髪爺が湯殿の扉の向こうから忍ばせてくる声に、さり気なく晴明は友の薄い身体を隠し包んだ。この涙を見ていいのは、自分だけだ。

「そら、猪の煮込みができたようだぞ。博雅は食ったことがないだろ?」
「猪……、え、食えるのか?」
「塩漬けにしていた肉を、果物と煮込んだ逸品だ。おまえも腹が減っただろ。
冷めないうちに早く食おう」 
「うん……。晴明、本当にありがとう」
「まさか、おまえとこの湯を訪れるとはな。生きていると何が起こるかわからんな」

すっかり崩れてしまった癖毛の結いをつむじに放置し、言葉少なくはにかむ博雅のうねる髪とは対照的に、真っ直ぐな長髪を背中に流した晴明はとても機嫌が良かった。幼かった日、辛く孤独に縛られていた自分に、こんなに満たされた日が訪れるのだと教えてやりたい。

柔らかい表情を意識しつつ、万感の想いをこめて大切な笛の奏者を見つめた。

そうだ、きっと。この切なさと堪らない感情の混ぜを、
人はきっと愛と呼ぶのだ。

終わり

漫画バージョン↓ 山崎賢人くんの杉元が、筋肉パンパンだったので、きっと晴明も凄い肉体なんだろうなと。



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