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映画『ミツバチと私』

2022年/製作国:スペイン/上映時間:128分
原題(スペイン語) 20.000 especies de abejas   英題 20000 Species of Bees


予告編(日本版)

予告編(海外版)


レビュー

 常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションに過ぎない。
 Common sense is the collection of prejudices acquired by age 18.

アルベルト・アインシュタイン

 本作は、トランスジェンダーである8歳の主人公とその兄を中心に、その母、祖母、叔母を含む周辺の大人たち(主に女性たち)を描いた物語であり、とても誠実で繊細な作品です。

 予告編でも見ることが出来ますけれども「混乱って、まだ8歳よ」と、主人公の母親が言うシーンがあります。 
 しかし母親は主人公を理解しようと努力はしているものの、長い年月に渡り刷り込まれた「常識という透明で強固なフィルターの壁」に阻まれ、最も大切な我が子の状況を、我が子の立場に立って考えることがなかなか出来ません。
 要するに母親は、主人公が、生まれた直後から(「まだ0歳よ」な時から)勝手に「男性」であると誰かに決めつけられ、名前も勝手に「男性」の響きを持つものを付けられてしまい、挙句の果てにその他者達からの勝手な決めつけによる言動と対応を受け、物心ついた時からたったひとりで傷つき、そして悩み続けているという状況にあるということを、イマイチ理解出来ていないわけです。
 
 主人公にとっては、これまでの人生における自分への身近な人々から発せられる「言葉」や「要求」や「視線」は、「否定」と「強制」と「無理解」により構成された「身も心も傷つける攻撃」に等しいものとなってしまっている場合が多々あり、だからこそ「アイトール」という男の子用の名前や、バスク地方にて「坊や」を表す「ココ」という愛称で呼ばれることには大きな違和感を抱いており、当然のように嫌がります。
 ただ本作が秀逸なのは8歳の主人公を、自身のジェンダー・アイデンティティがどの位置にあるのかをまだ明確には把握しきれていない状態に設定し、主人公のジェンダー・アイデンティティを明確には提示せず(主人公を明確に「男女」のどちらかに設定せず)にストーリーを展開してゆくという選択をすることで、周囲の大人達に主人公に対する「より繊細な対応と配慮を促す」状況を与え、それにより深みのある力強いドラマを生み出す原動力を引き出した点にあると思います
 
 上映時間は128分。子どもを主人公にした作品としては明らかに「長い」部類です。しかしながら本作には、その上映時間でなければ描くことの出来ない部分があります。
 そしてその部分こそが実は本作を傑作たらしめているのですけれども、それは主人公の母親、アネの深く葛藤する姿です。
 ※ちなみにトランス・ジェンダーの子どもを抱えた親は、難病の子どもを抱えた親と同様に、ひとりで悩んでしまう傾向が強いという話を何処かで読んだ記憶があります。そこには「同じ悩みを抱えていたり専門知識を有する等の相談相手が近くにおらず、また本来そういった状況のセーフティーネットとなるべきはずの社会システムは、逆にアネのような状況の親をさらに孤立させ追い詰めるようにしか機能していない場合も多々あり、それゆえにサポート体制は無いに等しく、さらには周囲の人々の心ない視線や無理解とも向き合わねばならないという複合的な原因が、個々の状況によりそれぞれ別の様相を呈し複雑に絡み合うため、今のところ一般的な解決方法というものはなく、それゆえにトランス・ジェンダーの子を持つ親たちは孤立してしまうことが多い」というような内容が紹介されていました。
 
 本作が長編デビュー作のエスティバリス・ウレソラ・ソラグレン監督は、バスク地方の出身で、その出身地であるバスク地方にて起きた16歳のトランス・ジェンダーの子どもの自殺(というか社会システムや周囲の人間達からの無理解等による他殺)を知ったことにより、本作を制作するに至ったとのこと。
 また製作にあたっては、自身がトランス・ジェンダーの当事者でないことから、スペインのトランスジェンダーの子を持つ家族会を通じ、約20世帯を対象に綿密なリサーチを行い、そのリサーチを元に脚本の執筆やキャスティングを行ったそうです。
 ゆえに本作は客観的でゆったりとした優しい眼差しを全体に保ちながらも、しかし鋭い視点で狙いを定め「現状のまともに機能していない社会システム」や「常識という非常識に囚われ、その価値観を他人にも強制してしまう大人達」を静かに、しかし確実に射抜いてゆきます。
 さらには多角的な視点を美しく提示し、鑑賞者の思考を促して上手にその感情をも引き出してくれる、本当にエンドロールまで素晴らしい作品でした(『ミツバチのささやき』へのオマージュと思われるシーンも素晴らしかった)。
 
 チラシによると、本作に複数の賞を授与したベルリン映画祭は2020年に「男優賞」と「女優賞」の廃止を発表、翌年から性的区別のない「主演俳優賞」「助演俳優賞」が新設され、今回、ソフィア・オテロは史上最年少の8歳にて同賞(主演俳優賞)を受賞したそうです。
 ※話は飛びますけれども、個人的には出生時に外見のみで性別を判断&確定する常識(非常識)は世界的に改め、子ども達が成長し、自身のジェンダー・アイデンティティを確立した際に、自らの意思により何らかの記載(登録)を行うことの出来るシステムを設けることが出来れば良いのではないかと考えます(「男」「女」以外の項目もあって然るべきとも考えます)。
 またその際、希望があった場合には名前も、子ども自身が簡単に変更できるようにするとより良いようにも思います。
 
 というわけで、トランス・ジェンダーの子ども達の声や置かれている状況に、そしてそれ以外の全ての子ども達の声や状況に、私たち大人がもっとしっかりと耳を傾け、行動し、社会システムを構築してゆかなければいけないと、本作を鑑賞し改めて強く思いました。
 子どもたちがありのままの自分を表現し、ありのままの自分に幸せを感じられる世界となるように。
  きっとその世界は、大人たちにとってもありのままの自分を表現し、ありのままの自分に幸せを感じることの出来る世界となるはずだから
 
         


監督インタビュー


アートワーク





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