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思春期を軽やかに語る

髪を切りに美容室に行った。20cmくらいカットしたら鏡に映る自分が別人みたいで驚いた。シャンプー台に移るとき、床に落ちた自分の髪の毛を踏まなければならなかった。平気なふりしていたけど、ほんの少し前まで私を構成していたものなのだから、踏むなんて心が痛んだ。わざわざ美容師さんの前でそんなこと言っていられないのは21年生きてきて理解しているから、私の中の社会性が、笑顔で少し前まで自分の一部だった物質を踏みつぶしながら、シャンプー台まで案内されてくれた。

その美容院ではシャンプーのときにマスクの紐を耳から外されるのだけど、いつもそこでソワソワしてしまう。なんだか下着を下ろされるみたいで、一気に官能の世界に引っ張られる。シャンプーの為に美容室に行っていると言っても過言ではないほど、私はその時間が好き。快感を薄めて引き延ばしたような時間だから。

シャンプーが終わり、タオルで頭をぐるぐる巻きにされて席に戻る。美容師さんに髪を乾かしてもらいながら、「髪の毛まっすぐで羨ましいです」と声を掛けられる。私はもともとクセ毛だったのだが、高校生のころ激安の美容院で縮毛矯正をかけたことがきっかけで、何が起こったのか髪の毛がまっすぐになってしまったのだ。「まっすぐになった」と言ってもそんなにいいものではなく、薬剤のせいでまるで人工物になってしまったかのようなツルツルピンピン具合だった。クセ毛が嫌で縮毛矯正をかけたのになんともわがままな感想だが、本当に、その出来事がきっかけで新しく生えてくる髪も直毛になったのである。

落ち着いた雰囲気の美容師さんにその旨を伝えると、彼女は、「髪質が変わるタイミングとちょうど被ったのかもしれませんね。高校生くらいが一番クセが出て、だんだんと落ち着いていくんですよ」と言った。軽やかな口調だった。ニキビは青春のシンボルなんて言うけれど、クセ毛も思春期のシンボルだったのか。私は気持ち悪くて抜いた自分のちじれた髪の毛と、思春期を取り巻くうねりを重ね合わせていた。

皮膚科に行っても治らないニキビ、重くなる体、鼻にかかった声。思い出すと吐きそうなほど、そのうねりは赤黒かった。
ああ、思春期は私をめちゃくちゃにした。思い出した思春期からの様々な仕打ちに、鼻がツンとするのを感じた。

私はまだ、10代で起ったあれこれを消化しきれていない。解決できていない。いつかあの美容師さんみたいに、軽やかに、他人ごとに、思春期を語ることができる日が来るのだろうか。随分短くなった髪は、私の体に初めての軽さをもたらした。


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