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ものほしがたり

就職して一人暮らし、六年目の夏目前。
静岡県のとある町のアパートの一室に暮らしていた私は、くたくた毎日二十四時帰宅。
見上げれば、近視の私をすらも押し潰すほどの満天の星空、広すぎる宇宙、こちらを一度も見ない飛行機。


いらっしゃいませ、恐れ入ります、お待たせいたしました、申し訳ございません、ありがとうございます。


頭を数字が駆け巡り、足は常に忙しく駆け回る。
すっかり疲れ果ててしまっていたけれど、「仕事に」ではない、ネガティブに陥りがちな「自分自身に」だったかもしれない。

田んぼに囲まれた付近は、春はカエル、夏は害鳥獣除けの爆音、秋は虫の音、冬は無音が響き渡る。
都会のようにセールスや商業のポスティングは来ないが、ヘビやクモが我が物顔で部屋に来る。頭に来る。

そんなこの町、ゆかりのない町、義理の町からついに去る決意を、たった先ほど上司に告げてきたところだった。
二年前の六月、二十七歳の時のことだ。
開放感と、その裏返しな心許なさ。
少しばかり慰めてくれたのはまた、私を夜毎押し潰していた、いつもの星空だった。



三階の角部屋にあった私の部屋のベランダは、広くて風通しが良くて、何より外と空の見晴らしが良かった。
大切で特別で、今まで住んだどんな家のベランダよりも大好きだった。

先ほど、半ばぼろくそに言ってはしまったけれど、この町に本当は何の恨みもない。
一滴もない。一ミリもない。
むしろ、「何もない」「くそ田舎」などと憎まれ口を叩きつつも、愛着すら抱いていた。
人も穏やかで、ご飯もおいしい、全国転勤の私が偶然配置された、人口十万人ほどの市の一角。
仕事を手放すのもだけれど、ここの人たちやここの土地を離れるのも、本当は少し勿体無いと感じていた。

だけれど、強い気持ちとともに「ここを離れたい、離れなきゃ」と思ったのは、今、好きな人の近くに行きたいと強く思ったからだ。

迷っていた時、十四歳の時に知ったこの「星物語」という曲は、二十七歳の私に勇気をくれた。


一度きりのあたしの物語
あなたがいないといけない
             星物語/aiko


「仕事を辞めます」と上司に告げた日の夜遅く、ベランダで彼に電話をした。


「仕事、辞めるって上司に言ったよ。」

「えっ!?本当に言ったんだ!えー。そっかあ……」

「なので、三ヶ月後は無職!実家に帰るよ。さっき親にも言った。」

「へぇ…そっかあ…」

「……あかんかったかな?」

「ううん。ただ……」

「ただ?」

「いっぱい会えるようになるなあって思って。悩ませてごめん。でも、嬉しい。ありがとう。」


そうだね、いっぱい会えるようになるね。

うん、私もすごい嬉しい。会おうね。いっぱい会おうね。

そう口に出すと、星が滲んだ。
頬に流星群がゆっくり流れた。
なんだ、こんな簡単なことだったのか。
簡単ではなかったけれど。
職を失うのだから。でも。でも。

電話越しの向こうの声も、少し震えていた。
一ヶ月に一度会えればいい方だった私たち。
物理的な距離よりも心理的な距離があるのでないかと、恐ろしく感じていた悩みがロケットのように打ち上がって、弾け飛んだ。
その後も、思い返せば半ば強引だったけれど、何とか一緒に暮らすところまで待ってきた。
今は同じベランダを持つ二人だ。


今のベランダは狭くてちっとも風が通らない。
厚手のものはなかなか乾かないし、前の建物がどどんと大きく建っているから星空も見えない。
でも、家から飛び出て、一緒に外に星を見に行くことはできる。

満天の空の下での一人の日々が、私の物語のページを確かに進めてくれていたんだ。
これからも、私の物語をあなたと。
そして、あなたの物語を私が歩いてゆけますように。


もしかして一番乗りかな!?
やったー。

百瀬七海さんの企画に参加してみました☺︎

百瀬七海さんに贈ったこの曲を私は、「自分の人生を自分の物語に。そして、そこには大切なあなたにいてほしい。」という解釈で聴いていました。

二年前、仕事を辞めて、実家に帰りました。
離れて暮らしていた家族や友達、そして恋人と過ごす時間を、やっぱり取り戻したいと思ったから。
このままだと、ずっとこのままの日々が続いて、いつか帰れなくなる日、いつか壊れる日が来ると予感したから。

「女性が全国転勤の仕事を辞めて、一度待った夢を捨てて、彼に合わせるなんて……」って意見も少なからずあるだろうけど、彼の行動を待ちながら消化試合みたいに一人暮らしと仕事を続けていた日々よりも、行動を起こして一緒に過ごせている今のことをとっても良かったと思っているのです。
収入は減ったけれど、……えへへへへへ。


企画にも参加できて、いつか書きたいと思っていたテーマも書けてダブルハッピー!

きっと、音楽と人生がリンクしている人も多いだろうから、この企画が盛り上がるとnoterのベストアルバムが出来るんじゃないかなっ。

さてさて、ささいな笹の遠距離恋愛終幕振り返りでした…!(なんぞ)













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