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フォースプレートによる床反力計測#7 〜ゴルフスイングにおける床反力の伝達#2〜

前章

で,床反力とゴルフクラブ間での,身体各部位間の相互作用(おしくらまんじゅう)によって,動力源としての床反力とその伝達を行っていることを述べ,その相互作用の観察の仕方として,筋電計を使用した計測の研究例を示した.

ここでは,身体各部位の相互作用を間接的に観察することになるが,ゴルフスイング中のフォースプレートによって計測したCOPと重心位置,モーションキャプチャーによって計測した頭の位置などを観察した例を示していく.

スイング中の身体重心と圧力中心の軌跡変化

身体運動で最も重要な物理的意味を持つ,身体重心(COM)と圧力中心(COP)については

で述べたように,COPと身体重心は逆さ箒(倒立振子)の支点と重心の位置関係にあり,これらを制御することで,身体の移動の制御に利用されている.このような移動運動(ロコモーション)の場合は,支点であるCOP(ZMP)の水平方向の加減速が中心に行われている.

図1:COPと床反力

一方,ゴルフスイングでは,床反力をクラブの加速に利用することが運動の目的の一つとなる.

ところで,このような空想をしてみてはいかがであろうか.もし,少し高いところから飛び降りながらゴルフスイングを行うと,どのようなことが起きるだろうか?多少,スイングすることはできるだろうが,恐らくそのスイングは弱々しく,また姿勢を制御することも難しいだろう.バドミントンのような軽いラケットをジャンプしてスイングすることは十分可能であるが,質量と慣性モーメントが大きいゴルフクラブの制御はジャンプしながら行うことは恐らく困難であろう.このことは,ゴルフクラブにおいて床反力を有効利用することが重要であることを示唆している(補足1).

さて,前章

で述べたように,ゴルフスイングでは,COPとクラブ間の身体全体の圧縮と伸展にによる身体各部位の相互作用によって,スイングの動力源となる床反力を生み出している.そこで,ここではCOPと床反力ベクトルの方向から,ゴルフスイングにおける加速の戦略を観察する.

図2:鉛直上方から見たスイング中の頭部,肩(中心),身体重心(COG),COPの軌跡
図3:図2の各部位の位置

図2はフォースプレートによって観察される鉛直上方から見たCOP(圧力中心),重心と,モーションキャプチャーによって観察された肩の中心,頭部の軌跡(移動)を示している.特にCOPの軌跡を観察すると,たとえばダウンスイング中にCOPが後脚(右脚)から前脚(左脚)側に移動している.

この結果から,重心を同様に後脚から前脚側に移動していると考えるかもしれないが,実際にはCOPと比較すると身体重心はあまり動いてはいない(図2).たしかに静的な運動では確かに重心の位置を反映するが,動的な運動ではCOPの位置は重心の加速度,すなわち身体の相互作用による加速を反映している(「フォースプレートによる床反力計測#4」を参照).

上記の動画を見るとわかるが,重心を左足側に移動しているのではなく,主として左脚側の伸展によって,クラブ間とおしくらまんじゅうをおこなっていることの現れである.COPの位置の軌跡だけを観察すると,重心が右から左へと移動しているように考えがちになるが(補足2),COPは重心の加速度(力)を反映している.

上記動画は異なるドラコン(ドライビングコンテスト)選手のゴルフスイングであるが,飛距離を重視する選手の床反力はかなり大きくなるが,COPの移動が大きくなるわけではなく,基本的に前述の男子プロのスイングと似ている.なお,このスイングの場合,自然な回転が始まるクラブの角度はさらに早まっている(スイング途中から表示される破線で示されている)ことにも注目していただきたい.

なお,床反力から計算されるCOPは,この場合,身体重心とゴルフクラブ重心との合成重心の加速度に拘束される.ここで図示していないが,その合成重心は身体重心から5〜10cm程度上方に位置すると考えていただきたい.また,多くの運動では床反力ベクトルはゴルフクラブも含めた合成重心方向を示すが,ゴルフスイングの場合,クラブの角運動量が大きいため,COPから見た床反力ベクトルの方向は,若干重心から離れた方向を向いている.

閉ループと冗長性

図4:プロ選手間の各軌跡の比較

ここで示した例のCOPの軌跡よりも,COPをさらに大きく左右に移動する選手もいる(図4).微妙な違いではあるが,スタンス,頭の位置もプロによって異なる.

このようなCOPの軌跡などに見られるバリエーションは,左右の腕や左右の脚が閉ループ機構という構造をつくり,これが冗長性を許していることに由来するかもしれない.

閉ループ機構

図4:開ループ機構と閉ループ機構

 二重振り子や多重振り子のように,単純に各リンク(部位)が直結した構造の機構は開ループ機構(open loop mechanism)または,シリアルリンク機構(serial link mechanism)と呼ばれる.この機構の特徴は,加速などに時間がかかるが,高速なスイング運動を実現したり,動作範囲が広くなることが特徴である.

これに対して,各リンク(部位)が閉じた構造の機構を閉ループ機構(closed loop mechanism)と呼ぶ.この機構の特徴は,動作範囲は狭いが,短時間での加速や,位置決め精度が正確な制御などがあげられる.構造的に閉じている方が強く,作業領域で強い力を出力できるというとも直感的にわかりやすいだろう.

たとえば,テニスでは,ラケットを片手や両手でスイングする場合の両方があるが,片手スイングは開ループに,両手スイングは閉ループに相当し,このような特徴を使い分けているのだろう.

野球のバッティングでは,バットを短い時間で高速に加速するためには,両手で持つ必要に迫られている.ゴルフスイングではクラブの慣性モーメントが大きく,インパクトにクラブの正確な制御を行うためには両腕を閉ループ機構で制御する必要があると考えられる.

冗長性

図5:ゴルフスイングにおける冗長性

 ゴルフスイングの場合,閉ループ機構と開ループ機構の組み合わせとなる(図5).このとき,クラブに作用する力は緑色の合力となる.この合力はスイング中向心力が主体に作用するため,ゴルファーによる違いはそれほど大きくない.ところが,右手と左手に作用する力の和が合力なので,この合力を実現する右手と左手の力の組み合わせは無限にある.ゴルフスイングの特徴を考えれば腕を回すトルクを実現する,左右の肩の力の組合わせも無限にある.

このような無限の組み合わせを考えると,選手によっては似たようなスイングを行っていても,身体内部ではその力レベルでの冗長性(redundancy)によって,いろいろなタイプの力発揮を行っていて,床反力の発揮の仕方や,それに伴ってCOPの軌跡にもバリエーションがあってしかるべきである.実際,ゴルフスイングやバッティングにおいて左右の手に作用する力とトルクを計測したところ,被験者によってかなりの違いが発生している(文献1,2,3).ゴルフクラブに作用する合力は似ていても,それを実現する左右の身体の近い方には,かなりのバリエーションがある.

補足1

おじさんにしか通じない話で恐縮であるが,地面に接していなくては,侍ジャイアンツの番場蛮のように投げることはできないのとも似ている.

ただし,身体の床と拘束は身体の運動の自由度を奪う側面がある.スマッシュを打つ身体の位置などに制限が生じたり,運動に時間がかかるため,テニスやバドミントンでは,身体からみて相対的に道具が軽い場合は,多少のスピードを犠牲にして,この自由度を確保するためジャンプしながらスイングすることが頻繁に行われる.野球でも野手がジャンピングスローを行うこともしばしば行われる.

身体運動で床反力は大きな意味を持つが,運動を行う上で必須ではない.

補足2

一部の分野でCOPに対して重心動揺という名称を使用しているが,特に動的な運動ではCOPは荷重分配ではなく,身体の加速度を反映している.このため,重心動揺という名称は誤った議論を誘導しやすいので注意が必要である.

参考文献

1)小池他,作用力測定用ゴルフクラブの開発,ジョイント・シンポジウム講演論文集:スポーツ工学シンポジウム:シンポジウム:ヒューマン・ダイナミックス
2003,pp.88-92
2)小池他,作用力測定用センサバットの開発,日本機械学会・機械力学・計測制御講演論文集 : D & D 2002, 75
3)太田,持田,ゴルフクラブに作用する左右6分力の高精度計測,スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2018,B-11


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