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身体における運動パターン形成 #1 〜運動パターン形成とは〜

人間らしい自然な運動とはどのような運動であろうか?言葉で表現することは難しくても,それを他の生物やロボットなどと比較したとき,恐らく明らかな違いに気がつくはずである.

ロボティクスにおける運動

まず,ロボットの運動との対比で考えてみる.ロボットといっても産業用ロボットからヒューマノイド型など実に多種多様であるが,最近ではパルクールのようなアクロバティックな運動をも実現するBoston DynamicsのAtlasのようなロボットも登場した(下記動画を参照:Boston Dynamics社のページより).

しかし,ほとんどのヒューマノイドロボットで,人間と比べてぎこちない運動を思い浮かべるのではないだろうか.形容が難しいが,滑らかさを欠いたかたくて,ぎこちない運動と述べることができるかもしれない.

また,ロボティクスが目指してきた研究課題の一つに,人間の巧みな作業のロボットによる置き換えがあるが,ロボット学会が始まって40年ほどたった今でも,人間の代わりになる柔軟に巧みな作業ができるロボットが実現できているとは言い難い.

ヒューマノイドロボットを含めて,必ずしも全てのロボットがヒトのような動き方を目指しているわけではないが,このような違いは,ロボティクスでは長年構築してきた扱いやすい制御理論によって制御し,特に安定性を重要な制御指標として制御することが理由のひとつとしてあげられる.例えば,二足歩行ロボットで最も重要な制御方法としてZMP制御があるが,これは床に作用する力の重心点(Zero Moment Point,圧力中心COPと数学的に等価)を常に,接地している両足の足裏が構成する基底面内の中心に位置するようにバランス制御し,その結果,常に姿勢の安定性を維持する制御を実現する.ZMP制御で実現する運動を今度は反対に人間が忠実に真似をすることはできないかもしれないが,これらのロボットの歩き方を真似てみると,非常に疲れる歩き方を行っているということに気がつくであろう.経済性,耐故障性の問題に対しては,ロボットにエネルギーを無尽蔵に供給し,壊れれば部品を取り替えるかより強い部品に置き換えればことが済んでしまうためか,ロボットの立場で疲労という概念がロボットの制御であまり重要ではないところに違いが生じているのかもしれない.しかし,人間の運動はロボットと異なり,効率よく動くためにむしろ不安定性を積極的に利用し,不安定性と安定性を交互に利用しながら効率よく運動を行うのが特徴である.

人間の運動と効率

一方,人間を含めた生物の運動にとって,動き方を決めるもうひとつの重要な要素に効率があげられる.ただし機械工学などで定義されている効率は,出力されたエネルギーに対する,損失を含む供給された総和のエネルギーとの比で与えられ,トータルとして損失する割合として定義されている.また,このエネルギーによる定義は力に置き換えても良い.ただし,この定義に基づくと,最終的な最大効果としてのエネルギーや力の利用の仕方が問われているが,途中経過で一時的に大きな無駄が発生することも許してしまう.

これに対して,生物にとっての効率は恐らく単位時間あたりの効率が重要で,スポーツのような運動でも怪我などのリスクを避けるためか,生命の危機にさらされない限りは火事場の馬鹿力も使わず,多くの場合,単位時間あたりの効率を上げることで,総和の効果も上げていこうという戦略をとっているようである.

ロボットのように安定化をはかり転ばないことも,正確な動きをすることも生物にとって重要であるが,それ以上に生命にとって経済性に対する要求の比重が同等かより高いかもしれない.

たとえば歩行や長距離の走行(ランニング)ではこの効率は疲労とも密接に結びつき,エネルギーが枯渇してしまえば,その先をもはや走ることができないので,エネルギー利用の経済性の高い動き方が求められる.また,同時に怪我をしないという意味で,すなわち筋肉や身体各部に負担の少ない運動も重要である.一方,短距離走では長距離走行とは運動の目的が異なり,経済性を度外視し最大効果を求めても良さそうだが,長距離走と走行の運動パターン自体に大きな違いない.

短距離走は最短時間で走るという最大効果を獲得することが運動の目的で,そのためには制御論的にはバンバン制御でアクチュエータのオンとオフの繰り返しで目的を達成できるはずだが,実際にはヒトはそのようには動かない.というよりも,そのような動きをそもそも実行することができなさそうで,ゆっくりとした歩容でも高速走行でも,運動のパターン形成という意味では同じ運動原理にしたがって,我々がよく知る走運動を行っているように思える.

このように,スポーツのような運動は日常の運動とは異なりスピードなどを競う極限の運動を行うにもかかわらず,前述のように日常運動もスポーツ運動でも根本的な制御戦略が同じである可能性が高い.このことは,より人間らしい運動の特徴を観察するためにはむしろスポーツの運動を観察することで,人間らしい運動の本質が際立って見えてくる可能性を示唆している.つまりヒトの運動のパターン形成の原理を知りたいなら,スポーツの運動を解析することが近道かもしれない.

では,ヒトらしい自然な運動とはどのような運動であろうか?スポーツでは,たとえば野球の投球動作やゴルフスイングのように,スイング運動という一定の共通パターンが観察されるが,実は日常運動でも歩行運動の腕も脚もやはりスイング動作の繰り返しを行っている.この他にジャンプ動作などがあり,上手下手など,多少のバリエーションはあるが,このような定型的な運動様式が観察される理由がおそらく存在するはずである.

運動パターン形成

このような様々な身体運動で共通する運動のパターンをここでは運動パターン形成と呼ぶこととする.恐らく聞き慣れない用語だと思うが,パターン形成という用語は,非線形科学などで用いられ,代表的なところではBZ(Belousov-Zhabotinsky)反応(下記動画:美しすぎる化学「まるでアートのような美しい模様…「振動(BZ)反応」」を参照)

と呼ばれる振動的な化学反応や,自然界ではシマウマやアサリなどの模様の形成反応拡散方程式セルオートマトンで説明する試みがある.運動ではリズム形成や振動の同期などが生物の現象としても古くから取り上げられている.これらは,秩序形成と言い換えることができ,反応拡散方程式のような偏微分方程式という広い意味でのダイナミクス(力学)で記述されるものが多い.つまり,一見複雑な時空間のパターンがなんらかのダイナミクスの作用によって秩序のあるパターンが形成されている.ただしパターン形成の研究においては,時間変化を伴うが空間的パターンの形成が議論の中心である.なお,ここでは単に微分方程式が拘束する動力学をダイナミクスと呼び,機械工学や物理学でいうところのメカニクスを力学と呼んで区別する.

一方,人間の運動における秩序,すなわち運動パターン形成では,歩行リズムにおける同期現象が有名である.しかし,ここでは身体各部位の運動の位置,角度の時系列変化のパターン,たとえばその運動の滑らかさや,関節や部位間の相対的な位置関係などを議論していくが,先程の例と同様に何らかのダイナミクスの作用によって秩序が生まれていると考えられる.

なお,先ほど取り上げた,投球,歩行などに見られるスイング運動は物理の二重振り子運動とみなして解析が行われることが多いが,2つの棒と蝶番関節という幾何学拘束を与えるだけで,非常に複雑なカオス現象が発生することが知られている(下記動画:東京理科大学・池口研究室「二重振り子 (大) で観測されるカオス現象」を参照)

このような運動を無秩序な状態と考えると,人間が行う投球や歩行動作のようなスイング運動は何らかの秩序を形成するルールに従って自然にこのような運動を行っていると考えるのが自然であろう.

神経科学におけるヒトの運動

ヒトらしい自然な運動パターンや生物の運動パターンは,一体どのようなルールによって秩序が形成されれているのであろうかという問いに対して,我々の身体は脳神経系によって制御されていると考えれば,神経科学の問題とも考えられるが,本当にそうであろうか?
確かに,神経系による制御や学習が行われていないと我々の運動が成り立たないのは間違いないが,神経系の都合による秩序ルールによって定まるとは考えにくい.

神経科学の研究者が多く参加するmotor control(運動制御)の研究分野では,1980年代からリーチング(reaching)運動と呼ばれる,たとえばコーヒーカップを取りに行くときのように,手を伸ばして目標点に到達する運動の研究が盛んに行われてきた.そして,その手先位置と速度の運動パターンを計測すると,時系列の速度パターンはベル型となり,手先位置の経路は少しだけ膨らんだ曲線を描くことが知られており,ヒトはこのような滑らかな運動を行っていることが注目されてきた.この運動パターンを説明するモデルとして,1980年代後半から躍度最小 [1],トルク変化最小 [2],ノイズ最小 [3]などの多くの最適化モデルが提案され,motor controlの研究でリーチング運動のパターン形成について多くのモデルが提案されているが,いまだ結論が得られないままである.

motor controlの研究分野における運動パターン形成に関する研究では,対象をリーチング運動に固執しすぎで,滑らかな運動や膨らんだ手先の軌道を実現できれば,それがヒトの運動の原理であると考えてしまう傾向があり,安定性や効率の議論はあまり行われていないのが現状である.

このシリーズでの課題

スポーツでは効率,正確性,安定性といった問題が顕在化するが、スポーツにおける身体運動を通じ,我々の運動パターンがどのようなルールに基づいて形成されるのか,その原理を考えることがこのシリーズ「身体における運動パターン形成」の目的である.そのような考察は,トレーニング原理においても恐らく重要であろう.

また,もしスポーツの運動でも日常運動でも同じ原理が作用しているなら,そのような考察はロボティクスにもmotor controlの研究にも有用となることが期待できる.

次章

では,まず,筋力ではなく内力によるエネルギー伝達が運動パターン形成で重要な役割を果たしていることを示していく.

参考文献

1) Flash, T. and Hogan, N.: J. Neurosci., 5, 1688-1703, 1985.

2) Uno, Y., Kawato, M. and Suzuki, R.: Biol Cybern, 61, 89-101, 1989.

3) Harris C.M. and Wolpert, D.M.:Nature, 394, 780-784, 1998.


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