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ソムタムは「タイ料理」?

 Nahmで伝統的タイ料理を体験し、街へ出れば屋台からレストランまで様々な料理に目を輝かせ、お店からお店へとタクシーを走らせながら、「タイ料理」と括られる中にも多様な食文化があることに気づきます。そして、特にタイの東北料理がバンコクのファインダイニングに大きな影響を与えていることを知るようになります。

午前1時の屋台のソムタム

 「午前1時に食べるソムタムは最高においしい。」レストランスタッフたちがエプロンを外しながら、茶目っ気たっぷりに話してくれたから、行かない理由がない。タクシーに飛び乗ってテーブルが路上に乱雑に並ぶような裏路地の屋台へ。仕事帰りの労働者やクラブ帰りの若者で賑わっている。ソムタム(青パパイヤのサラダ)、コーム―ヤーン(豚の首肉のグリル)、パークペットード(アヒルのくちばしのから揚げ)、ラープ(ひき肉のハーブサラダ)を注文し、カオニャオ(もち米)と一緒に薄くぬるいビールで楽しむ。タイの東北料理は全体的に味付けが濃く、甘さを控え酸味と辛味を際立たせるのが味構成の特徴で、午前1時の屋台で食べるソムタム(甘みと酸味のバランスがポイント)は「正解!」という的確な味覚ポイントをついてきて、仕事で疲れた体に染み入る味。全てのテーブルがソムタムを注文し(カオニャオももちろん)、愛されメニューだということを知った。そして同時に、ソムタムはタイの東北料理だということも知った。
 イサーン地方と呼ばれるタイの東北地方は、タイの近代化の中で取り残された低所得者地域。数多くの出稼ぎ労働者をタイ全土に送り出す地域となり、かれらを通してタイ全土にイサーン料理が広まった。ソムタムはイサーン料理であると同時に、今や「タイ料理」として認識されている。ただソムタムのように国民食的に愛されるイサーン料理がある一方で、「貧しい地域の料理/労働者の料理」、安価かつ屋台で楽しむような料理と認識されているという側面もあることは、忘れてられない。同郷の出稼ぎ労働者相手に営まれる夜中の屋台は、出稼ぎ労働者たちの憩いの場で、その夜、ソムタムの汁をカオニャオでぬぐい、イサーン方言での会話とラジオから流れるモーラム(イサーン地方の伝統的音楽、演歌?)を聞きながら、新しい体験に眠気を忘れたのでした。

イサーン地方とその食文化の再解釈

 イサーン地方は雨が少なく塩分が多い土壌で作物の収穫が不安定たなめ、食品貯蔵のための発酵技術が発達。また、厳しい自然との共存の知恵として、牛や豚だけでなく水牛や昆虫や川魚など幅広い食材を余さず活用する豊かな食文化が育まれ、イサーン料理と呼ばれる数多くの料理が生み出された。(血を含む生肉食の文化もある!)この発酵を含む素晴らしいイサーン地方の食文化は、Nomaを起点としたテロワールの解釈に重きを置き、発酵を調理技術として重用する北欧料理の潮流とあいまって、関心を集めることとなる。と同時にイサーン地方は、バンコクのファインダイニングのシェフたちの目的地のひとつとなっていく。数多くのシェフが新しい食材を求めforaging(食材調達)にその地を訪れ、バンコクの自身のレストランにイサーン地方の食材と料理から受けたインスピレーションを持ち帰り、洗練された料理に仕上げていく。それは、出稼ぎ労働者の食べ物として認識され、また都市部では見かけない食材を活用することから、ともすると「野蛮」と認識されてきたイサーン地方の食材や料理が、現代料理を通して再解釈をされていくプロセスそのもの。そんな社会的ダイナミズムをイサーン地方の食文化の豊かさの中に、ガストロノミーを通して見ることができるって…楽しいね!そして数年後わたしもその食材調達に行くことになるのですが、それはまた別の機会に。


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