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世界一のタイ料理レストラン

 80/20を訪れ、滞在中は紹介してもらったレストランに通う日々。ここでバンコクのシェフたちが口を揃えて「必ず訪れるべき」というレストランを訪問します。この時でさえ、私の頭の中の「タイ料理」はパッタイとガパオ、グリーンガレーくらいしかありませんでした。(思い返せば恥ずかしい)そしてこの訪れたレストランで、伝統的タイ料理に出会うのです。

Nahm(ナーム)

 訪れた2010年にオープンしたNahmはAsia's 50 Best Restaunrantsにランクインし続ける有名レストラン。伝統的タイ料理を国内外に認めさせたレストランと言っても過言ではなく、2017年にはミシュランで星を獲得しています。David Thompson(彼とタイ料理の関係もとても興味深いので後述します)がディレクターとして立ち上げ、当時はPrin Polsuk がヘッドシェフとして厨房を仕切っていました。(現在は両名とも退いています)
 お料理は大皿をシェアするスタイル。ジャスミンライスやカノムチン(タイの素麺)を入れたプレートに各自各々おかずやカレーを盛りつけ、食事を楽しみます。スターターとして出されるのは、パイナップルの上に肉の餡をのせたマーホー(ม้าฮ่อ)、胡椒の葉を使ったミャンカム(เมี่ยงคำなどの伝統的なもの。その他のお料理も、日本人が料理名を聞いて想像できるような、トウモロコシのヤム(サラダ)や鴨肉と空心菜の炒めもの、キノコのトムヤンスープやレッドカレーなど、奇をてらったものは一つも見当たらないようなラインナップです。

 Nahmの調理技術自体は特殊なものではなく、特筆すべき点として、「タイ料理」の面白さである5味+辛味のバランス感と、新鮮なハーブや食材を使うことで、フレーバーの層をより鮮明に立体的に際立たせるということが挙げられます。「タイ料理」の経験がなくとも、口に運ぶだけで「違う」ということを直感的に感じることのできる味構成です。それは本能が「美味しいもの」であるということを教えてくれる、なんとも形容しがたい経験でもあります。同席していたタイ人シェフたちが一口目を食べるわたしを見ながら、「どうだ違うだろう」という目配せをしてきたことは今でも忘れません。

 伝統的タイ料理、キッチンで働く人たちはとりわけ特別なことをしていないと言います。(キッチンツアーもさせてもらった!)「新鮮な食材を使い丁寧に調理をすること」に尽きると。現代のガストロノミーが「食」を中心とした総合的学問体系であるのなら、まさに伝統的タイ料理はガストロノミーそのものであり、またNomaを中心とした近年の潮流である「テロワール」解釈の文脈においても、伝統的食文化を紐解き、各地の素晴らしい食材を集め、伝統的な調理手法を尊重しながら洗練された料理に仕上げてくるというのは、「現代料理」そのものであると言うことができます。「伝統料理」でありかつ「現代料理」という、そこには知的好奇心を掻き立てる豊かな食文化があり、シェフの個性も鮮やかに浮かび上がります。そしてタイの食文化をより体験したいという思いを一層強くしてくれました。(タイには王朝があったので、宮廷料理の流れがありそれもまたとても素晴らしいのですが、それはまたどこかで…)

 Nahmでの体験は、また新しい視点からの「タイ料理」の理解の機会を提供してくれ、「タイ料理」には広く深く豊かな食文化が広がっていることを知らせてくれました。一方で、この経験から自分の未熟さを恥じることとなります。限られた経験からの思い込みによる判断で、いわゆる屋台で食べられているような料理を「タイ料理」とし、フランス料理などからはひとつ劣った料理であると認識していることに気づいたのです。「タイ料理」の奥深さとにすっかり魅了されたわたしは、ここから足しげくタイに通うこととなります。

(余談)タイ料理の父

  Nahmを立ち上げたのはオーストラリア出身のDavid Thompsonです。料理人だった彼はタイでの放浪&料理修行後、1995年にタイとシドニーでSailors Thaiというレストランをオープンし、瞬く間に人気レストランへと育て上げます。その功績がCOMO HOTELのオーナーに見いだされ、2001年ロンドンに伝統的タイ料理を提供するNahmをオープンさせます。当時オープン最速6か月でミシュランの星を獲得し、かつタイ料理レストランとしては史上初の星の獲得でした。2010年にはNahmバンコク支店をオープンし、2012年にはバンコクでの活動に集中するためにロンドン本店は閉鎖されます。その後の彼の活躍は先述の通りです。「タイ料理」を世界に認めさせてのが外国人シェフであることが皮肉だと話すシェフも多いのですが、彼は「タイ料理」の父的存在として多くの尊敬を集めています。(2018年にはNahmを去りAaharnというレストランをバンコクで新たにオープンしています)


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