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縁側の香り、桜色のテディベア

 春になると思い出す事がある。曾おばあ様の葬送、僕がとても幼い頃の話だ。


 葬列で柩を抱えた人達の後ろについて幼い僕は早足で歩いてゆく。「あの箱の中で曾おばあ様が寝ている」それしか分からなかった。

 周りの人達の多くは外国人で、彼らの会話も葬式も当時の自分にはさっぱり分からなかった。きらきらとしたステンドグラスを眺めていた。


 敬虔なカトリック教徒であった彼女は、故郷英国で永い静寂を望んだ。緑が特別に美しい4月だった。確か墓地の近くの桜も咲いていた。僕は兵隊を初めて見た。

 曾おばあ様と一緒に過ごした時間は本当に短かった。彼女は日本語が殆ど話せなかったが絵が上手く、真っ白なノートに万年筆でさらさらと絵を描いて僕に話してくれた。記憶する限りでは、彼女の笑顔を見なかった日など無かった。ある日突然永遠の別れになった。


 日本に住んでいた頃の邸…今はもう僕の建てたマンションになってしまったが、立派な日本庭園を一望する縁側があった。やわらかな木の香りと、季節の香りがする縁側であった。

 よくお父様に叱られ、お母様に宥められながら邸へやってきたので自分はいつも泣きながら庭を通り抜けた。足元もよく見ずに歩くから庭で転んでまた泣いた。


 晴れた日の縁側には和装の彼女がいた。長毛で桜色のテディベアを隣に座らせていた、それは幼い僕が喜ぶ物だと彼女は理解していたのだろう。

 僕の部屋には置かれなかった"お気に入り"だった。何度も「連れて帰りたいです」と泣いたが、お父様に捨てられるくらいなら…と、お母様は厳しく止めた。

 彼女と僕と、そして共通の"縁側の友達"で過ごした。3人でよく薄茶を飲んだ。友達はとても良い香りがした、あれは縁側の香りだ。


 僕は何故か目で視た物の記憶力だけは幼い頃から優れていた。風景や教科書、楽譜の丸暗記が得意で何時でもその記憶を引き出せる。もちろん、良くないもの、悲惨なものも全て記憶してしまう。

 その代わり香りや感情は人並みに忘れる、一時的な想い出にしか留めてはおけないのだ。だから縁側の香りも、今や記憶から薄れてしまっている。しかし、彼女の描く"言葉"は全て覚えている。


「美しいものは良く観賞し、心にしまっておきなさい。誰かの為に手を加えたり壊してはいけない。」


 自然が一番美しいと彼女は言った、日本の四季が大好きな人だった。高速道路の建設の為に近くの小さな山林を崩してしまった時、彼女は悲しそうな顔をした事を覚えている。桜色のグラデーションが美しい着物に、自分で刺繍を施した美しい帯をしていた初夏の事だった。

 彼女が亡くなってから形見として貰った桜色のテディベアは、中学生になる頃までずっとお父様に見つからないよう自分の部屋に隠しながら、時折出しては抱きしめていた。



…今日のお話はここまで。

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