ボトルデザインで大ヒット?飲料水スタートアップに見るボトル戦略
経済学と心理学の交差点に位置する行動経済学。従来の経済学が「人々は合理的に行動し、自分の利益を最大化する」という前提に基づいているのに対し、行動経済学は人々が実際にはいかに非合理的な判断を下すか、またその背景にある心理的要因は何かを研究します。
人の行動原理を紐解く行動経済学の知識は、マーケティングにも活用されています。これは、人が何かを見た際に無意識のうちに感じる感情や反応に一定の傾向があるからです。
今回は、身近な飲料水のボトルの形状が商品やブランドのイメージに与える影響について見ていきます。
高級感を感じるのはどちらのボトル?
『行動経済学が最強の学問である』(SBクリエイティブ)では、飲料水のボトルの形状の違いによって印象が変わるという実験結果が紹介されています。
下にあるように架空ブランドの2種類のボトルがあります。背が高く細長いAと低くて幅のあるBです。高級な印象を与えられるのはどちらでしょうか?
より高級な印象をもたらしたのはAのボトルのほうでした。人は直感的に細長いものを高級であると感じるそうです。逆に低いものには親しみやすさが感じられます。
このように、人が無意識のうちに抽象的な概念(高級)を具体的なもの(細長い)に置き換えてイメージ喚起することを「概念メタファー」と言います。
細長いアルミボトルで注目を集めるパス・ウォーター
日本ではミネラルウォーターは一般的に透明なペットボトルで売られています。一方、アメリカでは水筒のような形のアルミ製のボトルで売られることも増えています。消費者のサステナビリティに関する意識の高まりを受け、再利用可能なアルミボトルが支持を集めているのです。
その中でも、細長いボトルのデザイン性の高さで注目を集めているのがPATH Water(パス・ウォーター)です。PATH社は2015年に創業したスタートアップ企業です。100%リサイクル可能なアルミニウム製のボトルに詰められた飲料水を販売しています。細長いボトルは、洗練されたデザインも相まって高級感を醸し出しています。
公式Webサイトではオリジナル商品が20 FL OZ(約591ml)×9本のパッケージが25.99ドル(約4,000円)で売られています。1本あたり2.89ドル(約450円)です。
オリジナル商品の他、企業やアニメとコラボした商品などの限定アイテムも数多く掲載されています。また、好みのデザインにカスタマイズできる商品も用意されています。
PATH Waterは全米の6万を超える小売店に流通し、販売網はさらに拡大していっています。
浄水器で有名なBrita(ブリタ)社も同様のコンセプトのアルミボトル商品「Premium Purified Water」を販売しています。こちらも細長いフォルムが採用されています。
Premium Purified Waterは公式サイトで25 FL OZ(約740ml)×12本のパッケージが38.99ドル(約6,000円)で売られています。1本あたり3.25ドル(約500円)です。
価格よりサステナビリティを優先して製品を選ぶ消費者に、細長のアルミボトルが刺さっている様子が伺えます。
ビール缶のイメージで飲料水業界に乗り込むリキッド・デス
一方、同じ水でもボトルデザインで全く異なるイメージを形成している商品もあります。ドクロマークを描いたアルミ缶という、これまでの常識では考えられないボトルで飲料水業界に攻勢を仕掛けているのがLiquid Death(リキッド・デス)です。無骨な缶の形状とパッケージデザインはビールを思わせます。
Liquid Deathは、クラブや音楽フェスなどのパーティー的な「盛り上がる場」で受け入れられる「健康的な水」を目指しています。一見物騒なネーミングにも、「Murder your thirst(喉の渇きを殺す)」という意味(ジョーク)が込められているそうです。
2023年の売上高は2億6,300万ドルに上り、企業としての評価額は14億ドルになっています。
近年、ブランド戦略によって爆発的に成長を遂げた飲料の代名詞と言えばレッドブル(Red Bull)でしょう。レッドブルがエナジードリンクの市場を切り開く前、栄養ドリンクといえば「茶色い瓶に入っているもの」でした。
創業者の一人、ディートリヒ・マテシッツはリポビタンDが国際的に売れていることからレッドブルの着想を得ました。タイで「赤い雄牛」を意味するクラティンデーンという名の栄養ドリンクに出会い、1984年にクラティンデーンの販売権を得て、レッドブル社が設立されたのです。
その後、レッドブルはさまざまなエクストリームスポーツやモータースポーツなどの根強いファンがいる領域へ積極的な広告展開を行います。そうすることで、「熱狂の渦の中にはレッドブルがある」といったイメージを根付かせていったのです。
レッドブルは自社の工場を持っていません。つまり中身は別の会社が作っているわけです。これにより設備投資を抑え、マーケティングに投資してきました。その結果、銀と青のアルミ缶は翼をさずけられ、世界中に広まっていきました。
レッドブルが当時の新しいもの好きの若者の心をつかんだように、「盛り上がる場にある水といえば、リキッド・デス」、そんな世界が来るかもしれません。
一見するとレッドオーシャンの成熟市場でも、製品の中身以外の面で勝負を仕掛ける余地は残されていると言えそうです。製品の形が与える印象から考えてみるというのも、新たな発想のきっかけになるかもしれません。
執筆:スプ論編集部
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