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第1章:資本主義の変遷と視点の進化

資本主義の歴史的な視点とその進化

序章では、「なぜビジネスは失敗するのか?」という問いを中心に、なぜ失敗が起きるのか、その要因と失敗する努力をしないことについて触れました。しかし、ビジネスの成功を目指すためには、資本主義の基本的な構造が歴史的にどのように変遷してきたかを理解することが不可欠です。この章では、資本主義の進化を振り返りながら、ビジネスの「勝ち筋」がどこにあるのかを考えていきます

下の図は、資本主義の歴史をそれぞれの時代において主役となるプレイヤーの視点から、それぞれの構造を解き明かしたものです。

経済における主役プレイヤーの視点の変遷とともに資本主義の構造は進化

資本主義の歴史を通じて、ビジネスの主体となるプレイヤーの視点は、この図に示した①から始まって④あるいは⑤へと次第に変化してきました。この変化を理解することで、現在のビジネス環境でどのように立ち回るべきか、そして成功の確率を高めるためにはどのような戦略を取るべきかを明確にすることができます。

まず、資本主義の歴史において主役となるプレイヤーの視点が、具体的にどのように進化してきたかを見てみましょう。これらの視点は、世界中どこの地域でも同様の流れをたどってきたため、非常に普遍的な考え方と言えます。この構造を理解することで、現代のビジネス環境においても、さらには次の社会におけるビジネスの流れを察知するうえで役立つ洞察を得ることができるでしょう。


1.生産志向:「広く、安く、できるだけ多く作れば売れる」

資本主義の初期段階では、「生産志向」という考え方が主流でした。この時代は、製品が希少であり、その存在自体に大きな価値がありました。生産者は市場に多くの製品を供給することで、ビジネスを成功に導くことができました

たとえば、石器時代には、獲物を多く捕れる人物がリーダーとなり、その地位を確立しました。これは、モノが希少で、それ自体に価値があったからです。市場が未成熟で、競争相手が少ない場合、供給者が最も重要な役割を果たしていたのです。

この時代には、消費者は選択肢がほとんどなく、手に入る製品は何であれ貴重なものでした。生産者は、製品の品質やデザインにこだわる必要がなく、とにかく大量に生産し、市場に供給することが求められました。工業化の初期段階においては、生産能力が成功の鍵であり、どれだけ多くの製品を迅速に市場に投入できるかが競争力の源泉でした。

しかし、市場が成熟し、多くのプレイヤーが参入するようになると、同じような製品を生産する企業が増え、競争が激化しました。結果として、消費者に選択肢が生まれ、単に大量生産するだけではビジネスが成功しなくなりました。この時点で、生産志向の限界が明らかになり、次の段階へと進む必要が出てきたのです。

生産志向が優勢だった時代には、コスト削減が主な焦点であり、企業は規模の経済を追求していました。大規模な工場での大量生産が可能になったことで、製品の単価を下げ、競争力を高めることができました。しかし、消費者の要求が多様化するにつれて、画一的な製品ではニーズを満たせなくなり、企業は新たな戦略を模索し始めました

2.製品志向:「良いものが売れる」

生産志向が限界に達すると、「製品志向」という新たな視点が登場しました。高度成長期の日本企業に代表されるように、「良い品質の製品であれば売れる」という考え方が広まりました。企業は、製品の品質向上に力を入れ、競争に勝つために新しい技術やデザインを導入しました。

この段階では、品質がビジネス成功の鍵と見なされ、企業は消費者に対して「良い製品」を提供することに全力を注ぎました。製品志向の背景には、消費者が品質の違いを重視し、多少高価であっても優れた製品を選ぶという信念があります。日本の高度成長期には、品質管理や技術革新が企業の競争力を大きく左右しました。

例えば、スマートフォンや家電製品など、消費者が高品質な製品を求める市場では、企業はより良い機能や性能を提供することで競争に勝ち残ろうとしました。テレビなどを見ればよく分かりますが、テレビとビデオデッキを一体化させてみたり、Netflixをボタン一つで見られるようにするなど、多種多様な機能をどんどん追加することが競合との差別化であり、良いものになるとの考えが一般化しました。
タピオカブームの際にも、良い茶葉を使ったり、増量したり、よりインスタ映えするカップを使うなどした商品が消費者に支持されました。同様に、自動車産業では、トヨタやホンダが高品質な車を提供することで、世界市場での地位を確立しました。

製品志向の時代には、企業は市場調査や技術開発に投資し、他社よりも優れた製品を生み出すことに集中しました。しかし、市場がさらに成熟し、品質が一定の水準に達すると、製品間の差別化が難しくなり、価格競争が激化しました。企業は、製品の品質だけでは競争に勝てなくなり、次の段階である「販売志向」へと移行する必要がありました。

3.販売志向:「工夫すれば売れる」

製品志向の限界が見えてくると、「販売志向」という新たな視点が必要となりました。この段階では、品質が良いだけでは製品が売れなくなり、企業は営業力やプロモーション活動に注力するようになりました。製品が市場に溢れると、消費者に製品を認知させ、購入を促すための工夫が必要になったのです。

企業は、芸能人を起用した広告や、製品のメリットを強調するキャンペーンを展開し、消費者にアピールしました。この時期には、「売れるものが最も重要」という考え方が定着し、企業は売り上げを伸ばすためにあらゆる手段を講じました。

販売志向の時代には、マーケティングとセールスの手法が進化し、企業は製品をいかに効率的に市場に投入し、消費者に訴求するかに焦点を当てました。この時期には、広告代理店やセールスプロモーションの専門家が台頭し、消費者心理を理解し、購買行動を促進するための戦略が開発されました。

しかし、このアプローチにも限界があります。消費者は次第に広告やプロモーションに対して敏感になり、真に価値のある製品を見極めるようになりました。結果として、企業は短期的な売り上げを追求するあまり、不適切なキャンペーンをすることによってネットでの炎上事案につながるなど、長期的なブランド価値を損なうリスクを抱えることになりました。販売志向は、製品の本質的な価値よりも、販売手法やキャンペーンに依存するため、消費者の信頼を損なうリスクが高まるのです。

4.マーケティング志向:「顧客の欲しいものが売れる」

1950年代になると、「マーケティング志向」が登場しました。この考え方は、「売れるものを作るのが最強ではないか?」という発想に基づいています。マーケティング志向は、ターゲット顧客のニーズやウォンツを理解し、競合よりも優れた価値を提供することを目指します。

マーケティング志向は、企業が顧客中心のアプローチを取り入れることを促進します。企業は、製品を市場に投入する前に、まず消費者が何を求めているのかを徹底的に調査します。

これにより、企業は消費者のニーズに合った製品やサービスを提供することができ、市場での成功を収める可能性が高まります。

例えば、リクルートという企業は、就職活動において学生が抱える情報不足の問題を解決するために設立されました。企業側も良い人材を集めることが難しいと感じていた時代に、リクルートはそのニーズを的確に捉え、成功を収めました。このように、顧客の問題を解決することで、自然と売れる製品やサービスを提供することができるのです。

マーケティング志向は、製品開発から販売戦略まで、すべてのビジネス活動において顧客の視点を最優先に考えます。これにより、企業は消費者に本当に必要とされる価値を提供し、持続的な成長を実現することができます。マーケティングの最終目標は、「営業職をこの世から絶滅させること」と言われるほど、顧客のニーズに合った製品を提供することにあります。つまり、顧客が自ら欲しいと思う製品を提供することで、広告費や営業コストを最小限に抑えることができるのです。

5.ソーシャル・マーケティング志向:「社会に良くて顧客が欲しいものが売れる」

マーケティング志向が進化し、次に登場したのが「ソーシャル・マーケティング志向」です。これは、単に顧客のニーズを満たすだけでなく、社会全体の利益を考慮に入れたマーケティング手法です。企業は、環境保護や公衆衛生の向上など、社会的な課題に取り組むことで、顧客の共感を得ると同時に、企業イメージの向上や持続可能な成長を目指します。

ソーシャル・マーケティング志向は、企業が社会的責任を果たしながら利益を追求することを目指します。たとえば、ある企業が環境に優しい製品を開発し、それが消費者に支持された場合、その企業は社会的な課題に貢献しつつ、ビジネスの成功を収めることができます。

消費者もまた、企業が社会にどのように貢献しているかを意識するようになり、ソーシャル・マーケティング志向の重要性が高まっています。企業は、単なる利益追求ではなく、社会的な価値を創出することが求められているのです。ソーシャル・マーケティング志向を取り入れることで、企業は消費者からの信頼を得るだけでなく、ブランドの差別化にも成功する可能性が高まります

現代に最もフィットするのはマーケティング志向

これまでに紹介した5つのコンセプトの中で、現代のビジネス環境に最も適した普遍的な考え方は「マーケティング志向」です。ソーシャル・マーケティング志向も注目されてはいますが、まだ始まったばかりであり、ビジネスとして確立されていない部分が多いと言えます。

マーケティング志向は、企業が自社のビジネスにおいて何を優先するかを決定する基本的な方針であり、現代ビジネスにおけるスタンダードな経営手法です。特に新規事業を立ち上げる際には、マーケティング志向を外すことはできません

アダム・スミスが『国富論』で示した「生産者のニーズは、消費者のニーズを満たすことにおいてのみ考えられるべきだ」という考え方が、マーケティング志向の起源と言われています。これは、企業が顧客のニーズを満たすことを第一に考えるべきだという思想です。

企業は、魅力的な製品を生み出し、顧客のニーズを満たすことで、売上と利益を最大化させることを目指します。この考え方こそが、マーケティング・コンセプトの本質であり、現代のビジネス環境で成功するための鍵となります。

マーケティング志向を取り入れることで、企業は競争の激しい市場で差別化を図り、顧客にとって本当に価値のある製品やサービスを提供することが可能になります。これにより、企業は短期的な成功だけでなく、長期的な成長も実現できるのです。

次の章では、どうやってこのマーケティング志向の新規事業開発を実装していくのか、具体的な手法についての解説を行います。

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