積み上げたものを失ったその時、はじめて自分が見つかった
この記事は 自己紹介だ
目的は ただ 一つ
僕と言う 人間が
どんな 過去を持つのか
なぜ 痛みに拘るのか
それを 知ってもらうため だ
*
苦しい 受験勉強を終え
大学に 入学した
14年ぶりに 習い事のない夏休みは
あまりにも 長く
何をしていいか わからなかったのを
今でも 鮮明に覚えている
はじめて 成績が出た時は
思ったより 良い出来で
嬉しくて 両親に見せた
しかし 受験で
関心が 途切れたのだろう
妹や弟の受験を 気にしていたのもある
僕の成績には 無関心だった
当然 褒められると 思っていた僕は
勉強への意欲が 削がれた
いまから思えば 当たり前だろう
大学に入れることが
両親が ゴールだったのだから
大学にも入って 成績を
親に喜んでもらうなんて
それも ちょっとずれている
当の僕は 知ったこっちゃない
親の評価が 全てだったから
急に無くなった 制約に
戸惑い 迷い始めた
僕は 何のために学ぶのか
*
それでも 学年が上がるのは
問題なかった
さすがに 単位を落とすのは嫌だし
同期との暮らしも 悪くなかった
しかし 進路となると
話は 別だ
僕はそこで はじめて
決断を 迫られることになる
学ぶのか それとも 働くのか
理科系だから ほとんどの人が
大学院に 行く
研究職を 目指すなら
当然のことだ
しかし 僕は 研究職に
なりたかったわけではない
たまたま 一番自信があった
化学を 専攻に選んだだけで
仕事のイメージは 無かった
そんな状況に 加えて
母づてに 父の声も 聞こえてきた
家業を継ぐ 子どもがいなくて
悲しんでいる という話だ
妹も 弟も 理科系に進み
会計士を目指す子どもは
いなかった
揺れた
父を 喜ばせてあげたいと
気持ちが ごとりと 動いた
*
普段 近づかない書斎に
ノックをして 入っていいか聞く
なんて 話しかけていいかわからずに
けれど 意を決して 会計士のことを聞いた
すると 父は 一喝した
そんな気持ちで
会計士になれると思うな
父が 怒るのも
もっともな ことだった
父が目指した 当時は
今よりも 会計士は 知名度が低く
ほんとうに この道でいいのか
悩んだ末に 賭けた選択肢だった
かたや僕の動機は
浅く 薄っぺらかった
父が 困っていたから
後継を 探していたから
相談した だけなのだから
ただ そうだとしても
あと もうすこし
もうすこし だけ
自分の仕事に 興味を持ったことに
喜んで 欲しかった
勇気を振り絞って 聞いたのに
ずたずたになった 僕は
会計士について 考えるのをやめた
*
会計士は 考えるのを やめた
というか 考えないようにした
では 研究のその先が あるのか
考えても 悩んでも
答えは 出なかった
同期は まずは院に行くという
彼らに 迷いはなかった
四年で 配属になった研究室が
納得いっていないのも
要因として あっただろう
僕は がたがただった
大学院に行く 動機が見つからない
かといって 就職という
他の人と 異なる道を 今から選ぶ勇気もない
追い詰められた 僕は
この選択から逃げる という
最低な 選択肢を 選んだ
どうするのか 決めずに
意思決定を 放棄して
大学院の試験に 臨んだ
*
試験勉強に 身が入るはずがない
机に向かうが ページをペラペラとめくり
悩み 時間が過ぎ 次の日を迎える
試験の当日も 問題を読みながら
頭が ふわふわしている感じ
きっとこれで 落ちるんだろうな
そう 思いながら
試験を 受けた
そして 当然のように落ちた
そこまでは 想定通りだった
違ったのは その後だった
自分の中の 自信が
がらがらと 崩れていくのを感じた
大事な 何かが 無くなってしまった
大学の名を 失い
1年の 空白時間ができる
その事に 恐怖を感じた
そして 恐怖を感じていること
そのものに 絶望した
東大への コンプレックスがあった僕は
大学名ではなく 大学で何をするかが大事だ
なんて 考えでいたのに
そんな 言っている自分の自信が
東工大という 大学に所属しているという
その一点に 支えられていたことに
大きな 衝撃を受けた
僕は なんて 小さいのだろう
*
もう 僕には 何もない
あったと思っていた 自信は
大学名に おんぶにだっこ
何も無い 空っぽだったんだ
どうしようもない どうしようもないんだ
落ちたことが わかり
様子が おかしかったのだろう
周りは 心配をし始めた
同期 友人 両親
時間を 取り
言葉を 投げかけてくれた
大丈夫 大丈夫
次 どうしようか
また がんばればいいよ
でも その言葉が
さらに 自分を追い込む
自信を失い 落ち込んでいる僕は
まだ 浮上できるタイミングではないのに
そこに 大丈夫だと 言われ続けることは
落ち込んでいてはダメだ
早く這い上がれ
と 言われていることに等しい
自分の状態を 理解し
傷ついたままでいる ことを
許容してくれる場所は 無かった
前を 向いていないと
周りと 関われなかった
どこにも行けなくなった 僕は
部屋から 出るのをやめた
*
数日の間 部屋に篭ったが
大学からは 呼び出しもあり
今後の 進路について
決めなくては ならない
同期や友人の 心配の声も
日に日に 大きくなっていく
両親も どう触れていいのか分からず
困惑しているのが 伝わってくる
自分にはもう どうすることもできない
どうしたらいい 何をしたらいい
くたびれた頭で 必死に考える
そんな時 大学に
カウンセリングセンターが あることを知った
そういえば 何かで見たことがある
外部に申し込むと お金もかかるが
大学のならば 無料で いける
ならば 一度
一度だけ 行ってみようか
当時の僕は 偏見だらけで
カウンセリングに 行くことは
なんていうか
人の道を外れる ような感覚だった
でも もう 限界だ
この状況を 変えることができない
意を決して 大学に
とうとうここまで 来てしまったのか と
そう思いながら 校舎の坂道を歩いた
今までに 感じたことの無い
緊張 と 不安
そして ここならば という微かな期待
カウンセラーさんとの
セッションが 始まった
*
ひとつひとつの やり取りは
覚えていない
けれど その中で
たくさんのことを 学んだ
傷ついて いい
苦しんで いい
前を向かなくても いい
そして
試験が 駄目だとしても
自分が 駄目というわけではない
それは それ これは これ
切り分けて いい
誰かの 期待に 沿うために
無理に 前を向かなくていい
自分のペースで 進めばいい
自分は 自分でいい
そんな 当たり前のことを 知り
ひとつ ひとつ を受け取っていった
*
大学院には いけず
研究生 という名前がついた
浪人も しているのに
ここで さらに一年
人よりも 遠回りをした
時間も お金も
余計に かかった
しかし この出来事がなければ
今の僕は いないと 断言できる
なぜなら
ここから僕は ようやく
自分の足で 歩き出せたような
そんな 気がしているからだ
*
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