記憶に残る
スポーツを続けていると、いろいろな指導者に出会います。熱い人、怒る人、面白い人、怒る人、知らない人、知りすぎている人。
大学サッカーで出会ったコーチは、真面目で一生懸命な人。選手をなんとか上手くしたい。そんな思いが伝ってくる、いい人でした。
でも、彼のその一生懸命なスタイルは私には合わなかった。彼はプレー中によく指示を出します。こうした方がいい、もっとこうだよ。ピッチの中の出来事を処理することで精一杯な私には、その声はノイズにしか聞こえない。プレー中に声をかけられると、頭はキャパオーバーとなり、フリーズするのでした。プレーしながら外からのアドバイスを理解するというのは、なかなか高度なことのようです。サッカー経験の少なかった私は、そういうレベルには達していませんでした。
彼は、そんなレベルの低い私のプレーを褒めてくれた数少ないコーチの一人でした。ああ、それなのに、それなのに。私は彼のアドバイスを何一つとして覚えてはいないのです。
時は遡り、中学バレーボール部の顧問はスパルタ先生でした。集中力がないとみると鉄拳制裁。当時でも珍しいほどの厳しさでしたが、まだそういう部活が問題にならないような時代でした。
先生は、まず見本を見せます。その見本は素人でも分かるぐらい美しく、上手い。そしてあとはひたすら練習。一瞬でも気が緩めば、ビンタが飛んでくる。そういう部活です。
そんな超絶スパルタ先生なのに、なぜかプレーの内容にはほとんど口を出しませんでした。大学までプレーしていた先生が、中学で初めてバレーボールを触る私たちに、こうしろ、ああしろ、と指示を出すことはたやすいはず。でもこっちが不思議に思うほど、そういうことは言ってきませんでした。
そんな先生がある試合でタイムアウトをとった。どうやら怒っている。その矛先はセッターの私でした。
「お前はブロックの高いところにトスを上げるのか」
はっとしました。相手のブロックのどこが高いのか、そういうことを考慮してトスを上げなければならない。そんな当たり前のことに今まで気がつかなかったなんて。恥ずかしく、情けなくなりました。
中学時代に戻りたいとは思わないし、あのスパルタ練習は今だに良い思い出とはなっていません。ただ、なにも指示しなかった先生が、唯一言ったあの言葉は今でもはっきりと覚えているのです。それと、あの美しい見本も。
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