スポーツ人材市場のオープン化を目指して
Sporpathの誕生
2023年末、日本唯一のサッカー界チームスタッフ特化型ジョブマッチングサービス「Sporpath」をローンチしました。いわば「サッカー業界チームスタッフ版ビズリーチ」であり、このサービスを通して「スポーツ人材市場のオープン化」を目指しています。
先日、footbolistaでもSporpathを開発した背景とビジョンについて取り上げて頂きましたが、代表深澤個人のキャリアも含めて、もう少し深掘って書いてみたいと思います。
キャリアの中で見えたサッカー業界人事の特異性
順番が前後しましたが、筆者はSporpathを開発した合同会社BeAT代表の深澤佑介です。私は高校卒業後に指導者を目指しイングランドへ留学し、現地で大学卒業後に湘南ベルマーレでコーチとしてキャリアをスタート。その後に強化部へ異動し、スカウトやチーム編成に関わりました。5シーズンを湘南で過ごした後にキャリアチェンジし、コンサルティングファームのアクセンチュアへ。そこからはビジネス畑を歩み始め、ラグビーW杯などのスポーツビジネスも経験。また、アマチュアカテゴリのクラブ経営にも携わり、現在も地元静岡の岳南Fモスペリオで経営・強化に関わっています。自分のキャリアを振り返ると、採用される立場(コーチ)、採用する立場(強化部・GM)クラブ経営の立場を経験。またコンサルティング会社で一般企業のビジネスにも関わる中で、サッカー界における人事に強烈な課題感を覚えたことが、このSporpathを立ち上げに繋がりました。
Jリーグで働くスタッフがソワソワする12月
クラブで働く人間にとって、毎年年末が近づくと待っているのは「契約更改」です。これは選手だけではなくスタッフも同様。むしろ選手よりもシビアな状況にいるのが指導者やトレーナーなどのチームスタッフです。選手よりも報酬は少ない、単年契約中心、代理人もいない。もちろん一般的な求人サイトに求人募集が掲載されることはありません。そうした中で契約満了を迎え来季の働き場所を失ったスタッフは、自らの伝手を辿って次の就職先を探します。今まで関わったあらゆる人に連絡をして、空いているポジションがないか探す。年内にオファーがなければ生活ができない。家族がいようがいまいが、全国どこでもすぐに飛び込む覚悟がなければ、なかなか続けられません。その結果、好きで始めたサッカーの仕事が、いつの間にか生活のためのサッカーになっている人を良く見かける気がします。それがプロと言えばそうなのかもしれませんが、サッカー界が持続的に発展していくためを考えると、仕組みとして疑問が残ります。
どのようにサッカー界で生き残るか
そうした中で、契約更新を続ける、また満了となってもすぐに次のクラブを見つける方も当然います。そこには当然その方が勝ち得てきた実績、能力もありますが、最も重要なことは「クラブの人事責任者との関係性」です。なぜなら、Jリーグをはじめサッカークラブの人事を司るのは「組織」や「仕組み」ではなく「人」だからです。基本的に評価は紙に残るものではなく、意思決定者の頭の中にのみ存在します。人事の意思決定者であるGM/強化部長/アカデミーダイレクター、時には監督が、属人的に決めるのがクラブの人事です。
指導者の人材市場は存在しない
選手であれば、例えGMとの関係性が悪かったとしても結果を出していれば市場では評価され、契約を勝ち取ることができます。トップチームの監督も同様です。ただ、それ以外のコーチングスタッフ、トレーナー、通訳、マネージャーといった仕事は、どれだけ能力があったとしても意思決定者から評価されなければ終わりです。当然ながら各々のプロフェッショナルとしての仕事ぶりが評価され、仕事に繋がることが基本ではあるものの、属人的な評価、採用であるが故に、その仕事ぶりが意思決定者に知られていることが重要になります。知られているかどうかは、必ずしも能力とは比例しません。
これは私自身の感覚でもありますが、現在の日本サッカー界において「スタッフの人材市場」(仕事のクオリティで評価され、質の高い仕事をする人材はより良い報酬で、自身の望む環境を得ていく世界)は存在しないように思えます。
サッカークラブで働くスタッフの雇用環境課題
以上の通り、サッカークラブで働くスタッフは、業界と組織の構造的に
・雇用の不安定さ
・選択肢の狭さ
・キャリアプランを描く難しさ
を抱える立場で日々働いています。
「好きなサッカーに関わる仕事ができているから」という言葉で片づけてしまって良いのでしょうか。サッカー界のために働くスタッフが将来の不安を常に抱えて従事している。また、構造的に人材の流動性が低く、人材の自由競争が生まれにくい状態にある。このような雇用環境は、日本サッカー界の発展を遅らせる要因になっているのではと考えています。
サッカークラブに戦略は必要ない?
また、サッカークラブにおいて「中長期的な戦略」に基づいた採用や組織開発が行われるケースはなかなか見られません。なぜなら、それを担うべきGMや強化部長もまた短期契約が主流であり、中長期的なことを取り組むメリットが薄く、それ以上に短期的な結果を出せなければ自分の立場が危うくなるからです。「5年後に優勝!」と掲げても、1年後に降格すれば自身の進退は怪しくなる。であれば当然自身が信頼をおけるスタッフを配置した方がリスクは下がりますし、ポテンシャルはありそうでも自身の知らない人材にはなかなか託せません。
もう少し広い目線で「クラブ経営者が中長期に戦略的人事を実行すべきでは」とも思いますが、多くのクラブでは経営とフットボールが分離されています。経営者は「サッカーは分からないから任せた」とフットボールの専門家(一般的には経営の知識や経験はない方)に任せ、チームがブラックボックス化されていることも大きな要因なのではと思います。個人的にはサッカークラブという会社で最も重要な商品(チーム/試合)に関与しない、責任を持たないというのは、ビジネスで考えるとあり得ないと思っています。
アクセンチュアの人事
翻って、私が勤めていたアクセンチュアの人事システムは非常に戦略的かつプロフェッショナルでした。私が入社した2015年当時はJapanの社員が約6,000人。それが2023年には約21,000人と8年間で3.5倍に。急拡大した背景を江川社長は「2年後の先読みが当たってきた」からだと語っています。当時からDXに振り切り、M&A含めデジタル人材の採用を進め、広告代理店的なデジタルマーケティングなどサービスを多角化。働き方改革やダイバーシティ推進なども時代を先駆けて走っていました。それは市場や社会を分析し、未来を予測した上での自社の戦略に、採用を合わせていった。戦略ありきの採用です。
また評価制度も非常にプロフェッショナルでした。当時はマネージャー以上の全ての管理職が数ヶ月に渡って評価会議を行い、同グレードの人材を1番上から下まで順位をつけ、上位5%にはボーナス支給、20%までは昇進。下位5%には退職勧告といった非常に明確な基準がありました。それもあらゆる角度から優秀な人たちが議論を尽くして出す評価のため、個人的な感覚としては非常に納得感がありました。コンサルティングファームは、稼働する人材の単価と数で売上が決まるため、いわば人材は最も重要な商品であり資産です。そこに会社として時間とお金を投下することは極めてロジカルな取り組みです。
サッカー界からのキャリアチェンジで見えたもの
湘南で5年目を迎えた27歳の頃、私は「このままではサッカーにしがみ付かないと生きていけなくなるのではないか」という漠然とした不安と「サッカー界で勝負するためにも、今サッカー界にいる人とは異なる武器を持ちたい」という淡い期待から、サッカー界を飛び出し、ビジネスの世界に飛び込みました。結果的に、この決断は私のキャリアにとって非常にポジティブなものになりました。
サッカー界からの転身は大変なことも多かったのですが、運よく周りの方々に助けられ、数年たった頃にはある程度コンサルタントとしてビジネスの世界でも生きていける感触を得ることができました。それによって、自分がやりたいことを選べる(やりたくないことは選択しなくても良い)ようになりました。これは当たり前のように思えるかもしれませんが、サッカー界にいると、頂いたオファーを飲まざるを得ない(やりたくなくても受けざるを得ない)というケースが往々にして発生します。自分の望むオファーでなくても、生活のために受けざるを得ない、または本当は辞めて違うクラブに行きたくても、あの人に引っ張ってもらったから辞められない、といったケースです。もちろん一般社会でもそういったケースはありますが、プロフェッショナルな契約形態であれば、自身でキャリアを切り拓けることがあるべきだと思います。
Sporpathが目指す世界
Sporpathが目指すのは「スポーツ人材市場のオープン化」です。クラブは属人的なネットワークのみに頼らず、広く人材市場の中からクラブにとって最適な人材を、適正な価格で採用できる。スタッフ側も、厳しいプロフェッショナルな世界の中で、自らのプロとしての資質を高めることが、自らのキャリアを広げる。価値の高い人材は、より良い条件で職を得ていき、良い意味で人材が淘汰されていく。健全な競争が生まれることで働く人材のレベルが上がり、結果的に日本のスポーツ産業の発展につながっていく。
その為には、クラブが広く人材にアクセスでき、スタッフが自身の存在や能力を知ってもらうオープンな市場が必要だと思っています。
ビジネスの世界では、ビズリーチやdodaのようなサービスで当たり前のように転職活動が活発に行われていますし、オープンな人材市場が成り立っています。この市場の解放が、業界そのものの成長に間違いなくつながっているはずです。
Sporpathもまだまだスタートを切ったばかりではありますが、スポーツ界の人材インフラになるべく、歩みを進めていきたいと思います。
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