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多様な体験価値を提供するAT&Tスタジアムから見るスタジアム・アリーナの役割

「日本再興戦略2016」における名目GDP600兆円に向けた官民戦略プロジェクトのひとつに「スポーツの成長産業化」の施策としてかがげられている「スタジアム・アリーナ改革」。
目指す姿として「多機能型」「民間活力導入」「街なか立地」「収益性改善」が挙げられていますが、加えて、特に期待したいのが各スタジアムの独自の体験価値の創出です。日本国内において「ここでしか体験ができない」ものを作り上げ、顧客の体験価値を高めていくことが、国内のスタジアム・アリーナに求められていることだと考えています。

今回は、NFLでもっとも収益を生み出しているダラス・カウボーイズの本拠地であるAT&Tスタジアムの事例を中心に、スポーツやエンターテイメントの舞台として多様な体験価値を提供しているスタジアム・アリーナの特徴やその重要性について、日本とは異なる特徴的な違いにふれながら紹介し、今後の日本のスタジアム・アリーナ運営に向けたヒントを探っていきたいと思います。

アメリカの4大スポーツの中でもNo.1の人気を誇るNFLですが、各チームの平均企業価値は現在51億ドルと言われており、NBAの28億6,000万ドル、MLBの23億2,000万ドルを合わせた額とほぼ同じ金額となっています。その中でもダラス・カウボーイズは90億ドルを記録、リーグで最も価値のあるチームであり、NFLの中でも最も多くの収益(11億4,000万ドル)と営業利益(5億ドル)を生み出しています。
https://www.forbes.com/lists/nfl-valuations/?sh=4cc7aa921738

出典:Forbes


スタジアムの収容人数

海外と日本のスタジアム・アリーナを比較するうえで、もっとも大きな違いとなるのが、スタジアムの収容人数です。スタジアムの収容人数は、大規模なスポーツイベントやコンサートの開催においては重要な要素のひとつです。


テキサス州アーリントンに位置し、NFLのダラス・カウボーイズの本拠地として知られるAT&Tスタジアムは、収容人数が通常時80,000人、立ち見席を拡張した場合で111,000人と、他のスポーツと比較して平均来場者数が多いNFLの中でも大規模なスタジアムとなっています。


観客の多さは会場全体のエネルギーに比例し、スタジアムを熱狂的な雰囲気で包むことで、試合や競技をより魅力的にしてくれます。また、このような多くの観客を収容できるスタジアムは、チケット売上やコンセッションの収益を大幅に増やすことができ、最大化することができます。

収容人数の多いスタジアムは、スポーツの試合だけでなく、さまざまなイベントの利用にも多くのメリットがあります。AT&Tスタジアムでは、テイラー・スウィフト、ビリー・ジョエル、エルトン・ジョン、ビヨンセなど、世界的なスターたちが頻繁にコンサートを開催し、その度に数万人のファンが集結します。

このように、収容人数の多いスタジアムは、スポーツの試合以外の経済活動においても重要な役割を果たせるといった特徴もあります。

施設の多目的性がもたらす多彩な体験価値

日本の多くのスタジアム・アリーナは主にスポーツイベントに特化された設計であり、他のイベントの開催に制約が生じることがあります。日本でも一部の施設では多目的利用が進んでいますが、海外の多くのスタジアム・アリーナでは、スポーツ以外の様々なイベントに活用されています。

AT&Tスタジアムは多目的施設としても知られ、NFLの試合やコンサート以外にもさまざまな種類のイベントが実施されています。

特徴的な事例として、モンスタージャムの大会が挙げられます。モンスタージャムとは巨大なモンスタートラックでスピードとスキルを競い合うアクション満載のモータースポーツです。スタジアム内に専用のフィールドが作られ、レース、スキル、フリースタイルの3種類の競技で競い合います。

この競技の面白いところは、会場で観戦している人たちがレースの得点を投票できるところです。専用のシステムを使ってスマートフォンから誰でも簡単に点数を入れることができ、結果がすぐにその場で発表されるので、会場の盛り上がりにつながります。

大規模なスタジアムであることを活かして相性の良いイベントを誘致して開催されていることは、海外のスタジアムの特徴でもあり、日本でも積極的に活用できる一つの例と言えます。

このように多目的性のあるスタジアムはさまざまなイベントを受け入れられるため、施設の柔軟性を高め、観客に多彩な体験を提供することができ、結果的に収益性の向上に貢献します。日本のスタジアムも、単一のスポーツに依存せず、多くの種類のイベントに適した施設として改善できる可能性を模索していくことが大事かもしれません。

ファンエクスペリエンスを重視

スタジアムにおけるファンエクスペリエンスは、スポーツイベントやコンサートなどのライブエンターテイメント体験を提供する施設で、観客やファンが感じる全体的な印象や体験の質を向上させることを指します。

AT&Tスタジアムにおいても観客に向けたファンエクスペリエンスが重視されています。スタジアムの最大の特徴でもあるのが、スタジアム中央部に吊り下げられた大型のビジョンです。三菱電機製のオーロラビジョンが導入されており、世界最大級の高解像度ビジョンとなっています。

このビションは横幅約55m、縦幅約22mという大きさで、完成当時は「世界最大のフルハイビジョン対応ビジョン」として、2009年に当時のギネス世界記録に認定されています。
巨大なビジョンは、スタジアム内のあらゆる座席から試合やイベントを高画質で楽しむことができ、観客に素晴らしい視覚体験を提供してくれます。

また、サムスンとの協力により、2019年当時では国内のスタジアムで初めて5Gネットワークを導入しました。これにより試合中にリアルタイムでスタッツ統計情報が提供され、観客はスマートフォンやタブレットを使って試合の進行や選手の成績を試合途中に確認ができるようになり、観戦体験を向上させました。
そのほかにも、拡張現実(AR)技術を活用し、アメリカンフットボールロボットと呼ばれるARキャラクターの迫力満点のバトル映像を提供するなど、これまでにない観客にとって独自のエンターテイメントを提供しています。


なお、NFLのスタジアムとして最先端のビジョンとしては、カリフォルニア州イングルウッドに位置し、ロサンゼルス・ラムズとロサンゼルス・チャージャーズの共同本拠地として使用されているSoFiスタジアムのインフィニティスクリーンが挙げられます。

SoFiスタジアムのインフィニティスクリーン(筆者撮影)

フィールドから約37mの高さに設置されたビジョンは、これまでのスポーツやエンターテイメントの会場の中で最も大きい6,500㎡、約8,000万画素のLEDディスプレイで、世界最大の4Kビジョンとなります。
このビジョンのメリットは、他のスタジアムに設置されたビジョンのように単に外周から映像を流すのではなく、楕円形の本体の内側と外側の両方から表示できるように設計されていることです。そうすることで、スタジアムの中央近くに座ったファンはビジョンの内側を見上げることができ、より高い位置の後方に座ったファンはその外側を見ることができるため、スタジアムのどこに座っていても見やすくなる仕組みとなっています。
また、インフィニティスクリーンには260個を越えるスピーカーが埋め込まれ世界クラスの優れたサウンドシステムも装備されており、没入感を後押しして今までにない観戦体験を提供しています。

その他にも、ファンエクスペリエンスは座席の快適性、飲食体験、エンターテイメント、VIPサービスなど、多くの要素から成り立っています。日本においても、スタジアムや施設に訪れるファンの満足度を高めることが求められており、参考にするべき点は多くあると思います。

施設の老朽化への対応

スタジアム・アリーナにとって、老朽化や設備の陳腐化は避けられない課題のひとつです。特に老朽化対策の事例は多岐にわたり、特定の施設のニーズ、予算、地域社会との関係も深く関わっています。

AT&Tスタジアムは、2009年の設立以降、定期的な対策を実施していますが、先日、ダラス・カウボーイズがAT&Tスタジアムの改修計画を発表しました。

https://www.costar.com/article/1314020525/dallas-cowboys-to-start-major-stadium-upgrades-ahead-of-2026-world-cup-matches

今回の改修は、2026年FIFAワールドカップの開催地として複数年にわたり実施されるもので、2億9.500万ドルをかけて2024年1月に着手し、ワールドカップが開催される前に完了する予定となっています。また記事によると今回の改修は、ダラス・カウボーイズの所有者によって資金調達されており、市の資金は使用されていません。

日本においては、民設のスタジアムが増えてきているものの、公共の資金や自治体の予算に依存して建設および運営される施設が大半です。公的資金だけでなく、プライベートセクターとの連携や資金調達の方法の多様化を検討し、効率的な運営を目指していくうえでは、参考となる事例のひとつです。

最後に

今回は、AT&Tスタジアムの事例を中心に、スタジアム・アリーナが提供する多様な体験価値について紹介させていただきました。アメリカのスタジアム・アリーナが全て正しいというわけではありませんが、多くのスタジアム・アリーナがあるからこそ、日本で参考になる事例も多く存在していると感じます。
次回以降も、様々な視点から他のスタジアム・アリーナについて掘り下げ、読者の皆さんのより深い理解に貢献できるコンテンツを提供していきたいと考えています!

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