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スイスへ行きたいか〜⁉︎ハイジ婆ちゃんに逢いたいか〜⁉︎国境横断バスに乗って、ウルトラお高い国の都に、ウルトラお安く旅する方法。
「うん、行きて〜!行きてぇよ〜!!ハイジ婆ちゃ~〜ん!!!」 チェコに暮らしていた時分、行かなきゃ死ねない外国の街No.1が、スイスの首都ベルンだった。 とは云え、ヨーロッパの中で、物価や所得水準が割かし凡々なチェコからでなくとも、スイスと国境を接するドイツ・オーストリア・イタリア・フランスのリッチな国民にとってさえ、その国境跨ぎは、お財布的に二の足を踏む越境なのではないだろうか?唯一、リヒテンシュタインだけはフランケンシュタインの如く謎であるが。。 スイス自身も、自国がアル
広島ドラゴンフライズの下克上に投映された《インビクタス~負けざる者たち》南アフリカの不屈の魂を、みんなの為に体現したセンター・河田チリジの外偉人レコード④
季節外れの桜に酔いしれたのは2019年の秋だった。ラグビー日本代表・ブレイブブラッサムスの期待通りの番狂わせに、日本中が熱狂した楕円球の転がった先のクライマックスを、記憶している日本人も多いはずだ。 スプリングボックスの愛称で世界中のラグビーファンを虜にした南アフリカ共和国代表が、12年ぶり3度目のW杯を制覇し、同国初の黒人主将シヤ・コリシがカップを力強く掲げたのは11月2日、少し肌寒い横浜の夜だった。黒人達のスピードやパワー、リズミカルなステップに、白人達の精密なキッ
優勝力士に贈られる麗しいボヘミアングラスの産地・チェコの温泉郷カルロヴィヴァリへ行こう!相撲界の歴史に纏わる外偉人レコード③
ボヘミア王・後の神聖ローマ皇帝・カレル四世(1316-1378)は、そこに湧いていた泉を偶発的に発見した、と言い伝えられている。その名を冠してカルロヴィヴァリ《カレルの温泉郷》と名付けられた。それから500年の時を経て、ヨーロッパ中の貴族や芸術家達で湧き返っていたその郷に、ルードヴィヒ・モーゼルと名乗る彫刻家がクリスタルガラスの工房を創業した。 千秋楽結びの一番を終えた五月場所、両国国技館の土俵にもモーゼル社の麗しいボヘミアングラスが届けられた。チェコが世界に誇るアート
チェコ語学校へ行こう♪1348年、ボヘミア王・カレル四世が創立したカレル大学傘下のスクールで、あまり引き篭もらずに仕事のベースを築いたコロナ禍生活。
物価の高〜い欧米でケチケチ生活の日々を過ごした後、日本に戻ると、一瞬、その割安感にホッとするものだが、徐々に危機感を抱くようになってくる。Made in Japanのクオリティは依然、世界最高水準を保ちながらも、国力低下を如実に示す円安が招く海外からの観光客の嵐。一方で、円安の錘が着いて飛び立てなくなった日本人。これでいいのか、我が祖国?それでも円安を是認する日銀・植田総裁のしどろもどろな答弁と隠し事に終始する人間の相は、太陽の沈む国を象徴しているようにも映った。我が国の金
Ivan Hašek(現・チェコ共和国代表監督)~サンフレッチェ広島を築き上げたGM・今西和男がチェコ人ストライカーに託した思いに迫る⚽️
広島市民球場跡地群とその北側に幾棟も聳える公営基町アパートの狭間には、長い間、野放しにされた様なダダっ広い公園が漠然と横たわっていた。本通りからアストラムラインに乗って郊外の広島ビッグアーチまで、サンフレッチェの応援に通う度に、私の目には市民の憩いの場に成れている様には映らない、空き地にも見えるあの一等地に、ワシらのサカスタを作ってくれれば、飛躍的に集客が伸びるじゃろーに、と何度も溜息を吐いたものだ。 コロナ禍をそっくりチェコで暮らした後、思いがけず広島市に戻って来た。する