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チェコ野球界の夜明け-Opening Pitch Column

二刀流侍の渾身のスイーパーが真ん中から外角に鋭く曲がり落ちると、エンジェルスの同僚、米兵M・トラウトのバットは空を斬った。有頂天極まったマウンドからグラブと侍キャップを宙に放り、其の侍は雄叫びを上げた。三たび、ニッポンは米国本土に於いてWBCの栄冠を奪取し、結局、アメリカは、MLB機構と球団と選手個々の思惑が一つに纏まり得ない合衆国のジレンマを、またもや痛感させられた瞬間だった。

ヨーロッパのハートから、その光景に祝杯のビールを挙げたのは、去る3.11に佐々木朗希を先発に擁した侍スター軍団から先制するなど、意外な見せ場を演出し、公私共に東京ラウンドを盛り上げたチェコ共和国の二刀流アマチュア野球労働者の面々だった。

2014年にチェコ国内のTřebíčで開催されていた欧州選手権の場に、私はたまた居合わせた。カナダ人のM・グリフィン監督に率いられたチェコ代表チームは過去最高の四位入賞を素直に喜び、野球の原風景を目の当たりにした様な夏の日が、私のチェコ野球界との最初の出逢いだった。そこで幸いにも、隣国・オーストリア代表を指揮する日本人監督・坂梨広幸氏と閑談する機を得たが、その際、坂梨は、仮にチェコが次回のWBC出場権を得たとしても、もはや全く驚かないポテンシャルがある、と評していた。実際、その2016年のメキシコ最終予選に参戦したチェコは、メキシコ・ニカラグアに対して1点差の肉迫した熱戦を演じたものの、本戦の壁は依然厚かった。

そして迎えた2022年9月のドイツ・レーゲンスブルクで開催された最終予選は、緒戦でライバル・スペインに7-21の惨敗を喫し、一縷の希みを託して敗者復活戦に回る。脆くも崖っぷちの窮場に追い詰められた小国チェコだったが、この土俵俵から小兵力士の様な可憐な粘りを見せる。フランス・ドイツと云う裕福な大国を逆転で退け、最終代表決定戦に歩を進めると、再び、難敵スペインが待ち構えていた。最後の一枠に滑り込むべく執念を見せる純国産チェコ人軍団の一投一打を、私はプラハの自室でYoutubeライヴを通して見届けていた。9月20日独戦の五回表、先発D・Padyšákが一死満塁のピンチを招いたところで、投手コーチのJ・ハッシーがマウンドに向かう。ハッシーはこの時点でまだ投手交代を決断していない。にもかかわらず、ブルペンから既にマウンドに向かった粋な18歳、チーム最年少右腕M・Kovalaはスイスイと涼しい顔でその難局を救援すると、九回最後の打者も1-6-3のゲッツーに仕留めゲームセット。実況を見終えるや、私はプラハ発レーゲンズブルグ迄の翌朝の切符と、当地のアーミンウルフベースボールアリーナで19時プレーボール予定のチェコvsスペイン最終戦・バックネット裏3列目に、わずか1席だけ空いていた指定席を、慌てて購入した。
翌日は、朝から秋晴れの美しい青空が広がっていた。(続)

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