夢とジレンマと
久々のエッセイw
という名の
徒然なるひとりごと。
私の夢は
ねこといぬとうさぎと暮らすこと。
前のお家も今のお家もそうですが
窓の外が緑でないと落ち着かないので
なかなかお部屋がありませんでした。
でも、The 都内なのに
案外ある。
都内は結構、緑があるけれど
部屋からの緑は、かなり希少と感じます。
そりゃ、値段高ければありますけれどw
さらに、いぬねこを飼うとなると
ハードルがめっちゃ高いです!
死ぬほど家賃もあがります!
ほんと、ファミリーなんだな
動物ってやつは^^
昔いたうさぎ君は、月にかえってしまったので
またいつか出会えたら嬉しい。
ちなみに、いぬは幼少期からずっーーーーーーーっと苦手で
50m先にいたら逃げてましたw
いまでは、飼いたいというまでに変化!
何があったかって
何もなくて
何もないけれど
エリクソンの催眠療法がきいているのは確かです。
なにが言いたいかって
人間は変わるもんだよってこと。
最近、私はジレンマを感じています。
ペットが飼えない部屋だから?
ではありません。
中庭に猫が来たのに触れないから?
でもありません。
世の中の変化と
人の変化と
いろいろ。
ジレンマだらけ
渋谷の交差点みたい
スタバが無くなったように
時代が変わる時。
価値観も変わっていきます。
価値観が変わると選択が変わる。
選択が変わると世界が変わる。
人が変わる。
人生変化できるものが生き残る。
ダーウィンだったかな?
偉人が残した言葉のざっくり要約。
でも、人は変化に対してストレスを感じるので
これもジレンマ。
私のジレンマは、15年先がリアルにここにあり
今はそこに追いついてないという
独特なもどかしさです。
この歳になると
10年くらいは待てるようになってしまったw
人が育つのに10年かかる
丁寧にサポートしたいと思うと
人数が限られる
そこにコミットする方も
限られる
求める方に提供する
このスタンスは、ブレない。
よく「必要な方へ」という言葉を使う人が多いけれど
私はこれがなんか変だな〜って思ってしまうのです。
否定ではなくって、
私は違和感なのです。
欲しい方 want ならしっくり。
必要な方 need なわけで
な〜んか馬鹿にしてる感じ?
上から目線?って感じがするんですよね。
「求める方」は hope であり will の要素を感じます。
言葉の正しさはわからないけれど
個人的な感覚を言葉にするとこうなる。
私自身、何かを求めて
その何かはわからなくって
それは誰かから「あなたが必要ならば。。。」と提供されるものではないんです。
確実に。
私から手を伸ばした先に、向こうからフックがかかる。
それが、私の人を尊重する姿勢でもあり
自立の姿勢でもあります。
求める人をサポートするのが私の仕事であり
私のスタンス。
これは、結構シビアw
理想論にもなりやすいのですが、ず〜っとブレてない。
ただ、相手を理解しようとか
何を求めているのかな?とか
そこを考えたり、感じたり、時に視たり
そこはいつでも精一杯にやっているところです。
それって、小さい時に
お母さんやお父さんに見て欲しい。
っていうピュアな欲求を誰もが持っているからさ。
それを自分で見つけることが最高の癒し。
それをその人が見つけられるように、先に見つけて
・地図を見せること
・いき方を教えること
・いく道をサポートすること
これが仕事でやっていること。
一歩先ではなく、半歩先をあるく。
この距離がとても難しいのです。
これができる人を育てていきたい。
その時間が、私の元にとうとうやってきています。
とはいえ
10〜15年したら
お茶仙人になって
絵描き生活かもなwww
みなさまが
良き出会いをなされますことを
おいのりしております。のことよ
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