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電車に揺られて、どこにも行けない私たち

電車に乗っていた。窓の外を見る。トンネルの中なのだろうか、真っ暗だ。

ガタンゴトン

規則正しく鳴る音。


向き合うように並んだ座席。正面にだれか座っている。その子の他には誰もいないようだ。制服を着ている。髪はかなり短いが、どうやら女の子みたいだ。骨折でもしているのか、三角巾で腕をつっている。下を向いているのでうまく顔が見えない。表情も分からない。泣いているのだろうか。




その子が顔を上げる。少しの違和感の後、気づく。そこにはよく見慣れた顔があった。




ああ。見慣れていて当然。今より少し幼い、この子は「私」だ。



ガタンゴトン



「私」は少しもこっちを見ない。ただ何かに耐えるように下をじっと見つめている。表情もない。写真の中の「私」はあんなに笑っているのに。



ガタンゴトン



ふと頭に浮かんだのは小さいころに遊んだ電車のおもちゃ。青いプラスチックのレールを丸くつなげて、電車を走らせる。電車はぐるぐると同じところを回り続ける。




「ねえ、この電車何処に行くの」

私は聞く。

『どこにも行かない』

「私」が下を向いたまま答える。




「降りないの」

『降りられないよ』




ガタンゴトン



「いつまで乗ってるの」

『卒業するまで。もしかしたら一生』






「どこにも行かないつもり?」

『どこにも行けないから』





ガタンゴトン





「どこにも行けない、なんてことはないでしょう」

『そんなことない』


「どこにでも行けるわけじゃないけどね」

『…』






「ここから抜け出すことぐらいはできるよ」



『そんなことできない。私はレールから外れたりできない。明日も、明後日もずっとこのままでいい。耐えてるほうがずっといい!』



ガタンゴトン



ようやく目が合った。相変わらず目つきが悪いなあ。すぐに目をそらされてしまった。



「でも私は降りたいの。こんなところとはもうおさらばしたい。」


ガタンゴトン



不意に窓の外が少し明るくなった。トンネルを抜けたのだろう。

ゆっくりとスピードを落としていく電車。もうすぐ止まる。


「止まったら私は行くね」


ガタンゴトン


電車が止まった。ゆっくりと扉が開く音がする。私は立ち上がる。

「行かないの」

「私」からの返答はない。



背を向けて踏み出す。後ろで動く気配がする。「私」もどうやら一緒に来るようだ。


開いている扉の前に立つ。何処につながっているのかはわからない。無駄なことかもしれない。何も変わらないかもしれない。きっと何処にも行けないままだろう。


でも少なくともここを抜け出すことはできる。それが今の私の精一杯だ。



最後まで読んでいただけたこと、本当に嬉しいです。 ありがとうございます。