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村上春樹へのラブレター

目的:普段村上春樹を読まない人が読んでみたくなるようにすること。

目次
・僕と村上春樹とラブレター
・僕と高校とノルウェイの森
・僕と大学図書館と風の歌を聴け
・僕とカタルシスと世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド
・結びに


僕と村上春樹とラブレター (1/5)

あなたは村上春樹を読むでしょうか。

そういう僕も全部読んだわけではなく、客観的にはハルキストなどと呼べたものかどうかは怪しいです。でも個人的にはハルキストだと思っています。ちなみにハルキストというのは村上春樹の熱狂的なファンという意味合いです。正直なところ僕は「ファン」と言うのとはまた違うと思うのだけれど。(まあ言葉の定義なんて些細な問題です)(一番最後に補足あります)


一方で、村上春樹を嫌いな人も多いのではないでしょうか。嫌いな人…というか特に興味のない人は、村上春樹の小説は意味不明に思えるのではないかと思います。

というわけで(どういうわけで?)、なぜか突然そういう人に向けて村上春樹を語ってみたくなったので、語ってみようと思います。

これは僕の持論ですが、優秀な教師というのは「わかりやすく教えられる教師」ではなく、「その教科の面白さを自らを通じて生徒に教えられる教師」だと思っています。

だから僕は別に村上春樹にメスを入れて解体新書を書くつもりはありません。初めから構造的なものにするつもりはサラサラないわけです。これは一種の村上春樹へのラブレターです。ここで気持ち悪いと感じた人は退出していただいて結構です。でもこのラブレターで誰かに僕の熱量が伝わって、「そこまで言うなら一冊くらい読んでみようかな…」と思ってもらえたらいいなと思います。

僕の好きなものはみんなにも好きになって欲しいのです。女の子は例外です。


僕と高校とノルウェイの森 (2/5)

僕が初めて村上春樹に出会ったのは、高校1年か2年の英語の授業だったと思います。和訳の授業で、『ノルウェイの森』の冒頭、直子が主人公のワタナベ君の前をずんずん歩いていってしまう場面の英文が出ました。高校2年では現代文で教科書にあったエッセイ『レキシントンの幽霊』を扱いました。

それからなんとなく興味を持って(正直な話最初は漠然と卑猥な印象がありました。やたら性描写が出てくるのです)、初めて『ノルウェイの森』を読んだ時、衝撃を受けました。「この文章は僕のために書かれたのだ」と。

いささかオーバーな気もしますし、そもそも上下巻合計発行部数1000万部の本にそんなことを思うなんて馬鹿げています。ただ本を読む人なら一度か二度はそういう経験をしたことがあるのでないでしょうか。

つまり、『ノルウェイの森』は、誰もが言語化できないけれど誰もが心の奥底で抱いていた「何か」の片鱗を、言葉にして表現したと言うことではないでしょうか。僕はいまだに『ノルウェイの森』が好きです。ワタナベ君、キズキ、直子、緑、突撃隊、永沢さん、ハツミさん、レイコさん。物語は主にワタナベ君、直子、緑を中心に進みますが、僕は永沢さんハツミさんカップルがとても好きです。まるで僕の中に潜む欲求と空虚感の一部が擬人化されたもののようにすら思えます。

ノルウェイの森は喪失と希望の「あいだ」にある物語です(もちろん僕にとって)。あまり明るくはありません。ただ、僕にとってその「あいだ」はとても大切な場所です。

しかし実は『ノルウェイの森』というのは村上春樹作品の中でも少し特殊な作品です。それがわかったのは大学生になってからです。


僕と大学図書館と風の歌を聴け (3/5)

僕は高校まで読書が好きではありませんでした。ただ高校1年の現代文の先生が少し僕の国語力を過大評価してくれたおかげで、そして彼自身「優秀な教師」だったおかげで、僕は読書が好きになりました。

ところが高校時代は部活やら受験やら趣味の手品やら松本人志のすべらない話に夢中で、そこまで本を読むことはありませんでした。(まあ今だってそんなに読んでないんだけれど)

大学に入って、図書館に行って残念だと思ったことには、伊坂幸太郎とかそういう類の小説が一冊も置いてないことでした。ただ堅苦しい小説は置いてありました。つまり夏目漱石全集とか太宰治全集とかはあったわけです。文学部とかありますしね。そして、その並びにあった本で唯一これは読めると思ったのが、『村上春樹全集』でした。といっても読んだのは分冊になっている物のうち初期の物だけです。

『風の歌を聴け』というのは村上春樹のデビュー作で、全集の1作目です。また、『風の歌を聴け』と『1973年のピンボール』と『羊をめぐる冒険』は青春三部作と呼ばれる一連の物語で、これらも全集に入ってました。(ちなみに『ダンス・ダンス・ダンス』という作品もこの三部作の後数年後のストーリーです。)


これらを読みながら、僕は村上春樹について3つのことを知ります。

1つ目。文章のリズムが独特。独特ですが、これが心地よい。それに、やたらに日常シーンが尊い。最近村上春樹の自伝的エッセイと呼ばれる「職業としての小説家」を読みましたが、これは意図的なもののようです。むしろ、村上春樹的リズムの追求のために何回も何回も書き直しているらしい。

2つ目。比喩の仕方がぶっ飛んでいる。村上春樹の作品は、比喩や登場人物の思考の例え方がとても特殊です。でも何か、その比喩の仕方が、その「頭のネジの外れ方」が、僕とそっくりだと感じました。これも心地よいのです、すごく。

3つ目。謎現象が起きる。村上春樹の小説では、誰か大切な人が「こちら側」から消えてしまったり、井戸の中に入ると「あちら側」に行けたりと、謎現象がおきます。実は先ほど、ノルウェイの森は特殊だと言いましたが、ノルウェイの森は村上春樹がこの謎現象を使わずに書こうと試みた作品のようです。(作品ごとに色々な書き方を試したりしているというのは本人も上述のエッセイの中で述べているところですが、ノルウェイの森どうこうはどこかネットの記事か何かで見かけました。半分聞き流して結構です)

1つ目と2つ目は文体に関わることです。多分ですけど、この文体の時点で好き嫌いが分かれます。僕の場合はもう2回も言っていますが、心地よい。僕が全集を読んでいた時、ちょっと落ち込んでいて色んなことが頭に入らない時期だったのですが、村上春樹の文章だけは入ってきたし、読んでいて癒されすらしました。毎晩深夜にミルクティーを入れて全集を読む時間だけが癒しでした。だから村上春樹の場合は起承転結やエゲツないオチを求めるというより、第一に文体そのものを楽しまなきゃ損だと個人的には思います。

3つ目は作風に関する特徴と言ったところでしょうか。これのせいで村上春樹作品は意味不明に取られることが多いのではないかと思います。実はネット上には村上春樹作品の解説をしたページがたくさんあって、なるほど、と感心してしまいます。一度そういうサイトを読むと、村上春樹は意味不明というイメージが払拭されるのではないかと思います。ただ、個人的には、本人はそこまで意図的に謎現象を起こしているわけではない気がします。抽象的なものを下手に具体化せず、あえてできるだけ抽象的なイメージで書くことによって、意識的にか無意識的にか「言語化の過程で失われてしまうある種のニュアンス」を保存しているような気が僕にはします。僕には時々その抽象的な何かが、抽象的な文章を通すことによってむしろダイレクトに伝わっているような気がする時があります。だから時々自分でも何が悲しいかよくわからないけど、読んでいて涙がでる瞬間すらあります。


僕とカタルシスと世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド (4/5)

村上春樹作品の凄まじさの一つにカタルシスがあります(これももちろん僕にとって、という意味で、誰もが経験するものなのかはわかりません)。

僕がこれを初めて認識したのは、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』という作品です。この作品は時折もっとも〈村上春樹的である〉と評されます(多分これもどっかのネット記事で見た)。

村上春樹作品あるあるで、何か強烈なオチがあるわけでもないのですが、読後しばらくの間ぼーっと何も考えられなくなりました。正直な話、この作品の細部は結構忘れちゃいました。でもラストシーンの情景とそれに結びついた僕の感情は忘れられません。まるで、誰かに置いてけぼりにされたような、それでいて孤独の中に暖かさがあるようなそんな気持ち。

これは単なる余韻の域を越えていました。もっと何か温度を持ったカタルシスでした。

他にも『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』のラストシーンもイメージが強烈でした。この二作のラストシーンは頭にこびり付いて離れません。


結びに (5/5)

そんなわけで僕は村上春樹作品が好きです。

ただ村上春樹の作品って長編は結構長いんですよね。いきなり『ねじまき鳥クロニクル』とか『1Q84』とか勧められても物怖じして読めないと思います。短編もあるんですけど、本人は自分のことを長編作家だと言っていますので、折角なら長編を読んで欲しいなと言う気がします。(まあこの二つ、特に後者は面白すぎて読み出したら止まらなくなりますけど)

だから長さ的にも内容的にもオススメするとしたら、以下の作品とかどうかな、と思います。まあ僕にオススメを挙げる資格があるかは謎です。


というわけで、読書の秋にいかがでしょうか。


P.S. 本人はハルキストじゃなくて村上主義者という呼び方にしたいらしいと読みました(『村上さんのところ』)。
いずれにせよ、背中を見るのではなく、その人の見ているものと同じものを見ていたいと思うところです。

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