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憂鬱な散髪の話

 髪を切りに来た。
 いつの間にか長くなってしまった髪にハサミが入り、どんどんと足元に落ちていく。

 ふと鏡に写る自分を見て思った。

 まるで収監される前の囚人のようだ。

 そんなネガティブな感情になるのにも理由がある。
 明日から新しい職場に行くからだ。
 所謂転職をして新しい職種に就く。

 緊張以上に不安ばかりが頭の中を巡っていた。
 自分に務まるだろうか。
 髪はどんどん軽くなるのに気持ちは重くなる一方だ。
 思わず小さく溜息をついてしまい、理容師と目があって愛想笑いを浮かべた。

 しかし、どんなに心の奥が重くなろうと、何度息を吐き出そうと、逃げることもできない。

 明日から新しい場所に通い、それから毎日同じことをする。
 人間というのはそもそも囚人のそれと変わらないのかもしれない。

 毎日行って。毎日帰る。
 のびたら切る散髪と同じように。
 繰り返しだ。
 しかし、そんな繰り返しのスタート地点はやはり憂鬱で仕方がない。今日髪を切りにくるのだって何度か悩んだぐらいに。

 物書きとして食べていければこんな気持ちになることもなかっただろうか。
 いや、それなりに悩みはあっただろう。しかし今日髪を切りに行くかどうか悩むことはなかっただろう。
 改めて売れたいなと思い溜息をつく。
 また理容師と目があった。


 髪を切り終わり外に出ると、蒸し暑さの中にも清々しい気持ちよさがあった。
 明日からの毎日もそんな日々であってほしい。
 そう願いながら短くなった髪をかき上げる。

 少し切りすぎたかもしれない。

#創作大賞2023 #エッセイ部門

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