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苗八作と準備八作


<畑の哲学>苗八作と準備八作

農業の世界には「苗半作」という言葉がある。
良い苗作りが収量の半分を決めるというような意味合いで、
田畑に限らず、健康で丈夫な苗を作ることが農業の基本である。

かわって自然農では苗八作と言われるほどに、苗作りはそれほどに重要な意味合いを持つ。
定植後も農薬や肥料に頼らない栽培法では苗の出来次第で収穫があるかどうか、ゼロか百かの違いが出てしまうほど。
いかに徒長させずに、茎がどっしりして、葉の色が美しい緑色をしている苗を作るのかが、職人の腕の見せ所である。
土ができていれば直播きでの栽培も可能だが、結局のところ幼少期に一番注意を払う必要があることは変わらない。

苗八作と同じ思想がどの方法に限らず農家の仕事の姿勢に隠れている。
その言葉が「準備八作」である。これこそ農への姿勢、あり方を示す言葉はない。

実は農家にとって晴耕雨読はありえない。
雨の日は次の日の準備の日である。
また繁忙期ともなれば、日が暮れた後の時間もまた準備の時間である。
職人になればなるほど、準備を怠らない。

日本は雨が多い。雨が降ってしまえばできる仕事は周辺の草刈りくらいしか無い。
だから晴れている間に、日が出ている間に、その日の作業を終わらせる必要がある。
自然農において適期適作ほど重要なことはない。これもまた農薬や肥料に頼れないからだ。
種まきも、苗の定植も、草刈りも、収穫も、そのほかの作業もすべて適期適作である。
最適なタイミングで行えば野菜たちのストレスは減り、病気にもならず虫に食べられてしまうこともない。
そしてもちろん、人間の仕事も減る。

日本の季節の移ろいはめまぐるしい。海外出身の人ではジェットコースターのようだと表現する人もいる。
日本の夏は熱帯の気候になり、冬は寒帯の気候になる。
春は三寒四温で冬と春と夏が行き交う。秋は台風が来たあとに秋晴れと木枯らしが混じる。
このはっきりとした四季が世界中の野菜を育てることを可能にしている。
逆に言えば、適期を逃すことになると季節は人間の都合など待たずに、過ぎ去ってしまう。
だからこそ、常に適期適作を心がけて準備をするのだ。
その限られた日時を十分に生かすために、準備を怠ってはいけない。
準備不足は不注意ではなく、農への姿勢の問題なのだ。

また、準備八作は種の品種選びから畝の立て方まで含まれる。
たとえば、苗づくりだって適した土を用意すること、最適なサイズのポットを用意すること、適地適作のタネを用意すること、育苗スペースを整えること、保温システムを整えること。その準備が8割で、それがあってこその種まき、水やり、温度管理が2割なのだ。

さらに定植の準備は畑のクセを読み取り、畝をデザインし、野菜にとって都合の良いところへ配置すること、底面給水、地際刈りと中耕で整えることが8割で、コンパニオンプランツやマルチは残りの2割。

もっと言えば、団粒構造の土を作り、風と水の流れが心地よい畑を作り、生物多様性の環境を整え、里山全体で大地と大気を整える。
だから、職人は繁忙期が終わっても忙しそうに畑にも野山にもでかけるし、冬の間に山仕事に入る。
その入念な準備がその後の作業を楽にするばかりか収量も決めてしまう。
つまり準備不足は不注意なのではなく、能力不足なのだ。

自然農は積み重ねだ。
あなたが今年得ることができる収穫物は氷山の一角である。
誰も見ていない多大な準備が、そこに隠れていることを忘れてはいけない。
だからあなたが職人になりたければ、職人の元に弟子入りして畑作業以外のその準備と姿勢を徹底的に学ぶ必要がある。

サン・テグジュペリの名作「星の王子様」で
「いちばんたいせつなことは、目に見えない」とキツネが言ったのは、
もしかしたらバラ農家の仕事すべてをキツネは知っていたのかもしれない。

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