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チッソ・リン・カリウムの循環


<チッソ・リン・カリウムの循環>

植物の三大栄養素といえばチッソ・リン・カリである。この栄養素が野菜にとって必要なことを知っている農家は多いが、これらが自然界ではどうやって循環しているのかを知る人は農家に限らず、ほとんどいない。

チッソは野菜の茎葉を作る上でとても重要な栄養素で、光合成の重要機関である葉緑素の主要素でもある。このチッソは空気中に多く含まれ、大気のうち78%にも及ぶ。しかし、この地球上にこの空気中のチッソヲ直接利用できる生物は少ない。人間は呼吸のときに取り込んでしまったチッソは尿(アンモニア)として排出してしまうくらいだ。江戸時代の百姓が尿を薄めて肥料として使っていたのは、アンモニア態窒素を求めてである。また鳥類は尿を排泄しない代わりに糞と一緒にアンモニアを排泄する。鶏糞の白い部分が尿酸でありチッソである。

このチッソを地球上で唯一利用できる生物がチッソ固定菌である。チッソ固定菌は空気中のチッソを植物が利用できるアンモニア態窒素に変換し、それを硝化菌が硝酸態窒素に変換することで植物はやっとチッソを取り込むことができる。こうして植物は体内に植物性のタンパク質を作り出す。タンパク質の元であるアミノ酸とはチッソ化合物のことだ。そして、植物を草食動物が食べることで、動物性のタンパク質となる。雑食動物である私たちそのどちらかのタンパク質を食べることで、細胞や筋肉を維持することができる。そう、何を隠そう、私たちの身体はもともと空気からできているのである。

すべての生物の細胞はタンパク質からできているように、身体にはチッソが多く含まれている。動物の排泄物は古くなった腸壁と微生物からできているため、多くのチッソが含まれている。体内の古くなったタンパク質は分解されて尿として排泄される。排泄物と死体は他の動物や微生物によって分解され、一部は生物の維持と再生に役立たれ、一部は大地に還元されていく。こうしてまた植物が利用できる形にチッソは変換される。

地球上にチッソ固定菌が誕生する前から空気中のチッソを大地に還元していたものがいた。自然界で空気中のチッソを植物が利用できるように化学反応させているのが、雷なのだ。空気中のチッソは雷や宇宙線によって窒素酸化物となり、雨によって地中へ送り込まれる。これによって土中内にに窒素酸化物ができ、硝化菌によって硝酸態窒素ができると、植物によって取り込まれる。

この仕組みに東洋人はすでに気がついてた。雷という漢字は「雨に田」と書くが、田は水田とも畑(もともと火田)とも意味をし、雷がなると作物が良くできることに気がついていたのだ。さらに雷は稲妻とも呼ぶが、稲はチッソを多く必要とする植物(だから緑肥にもなる)で雷が多いと米の収量が増えることに気がついていたから「稲の妻」と呼び、さらに雷は神様として祀っていた。また雷が地球の最初の生命の誕生に関与していた可能性も示唆されていることは興味深い。生命を作り出した神様は雷かもしれないのだ。

しかし、雷によって固定されるチッソは地球全体の10%ほどで、残り90%は地中や水中に存在するチッソ固定菌が行なっている。またチッソ固定菌とは逆の活動を行う微生物もいる。その名も脱窒素菌といい、酸素の少ない環境つまり湿地や田んぼなどで活動している。決して農業の敵ではなく、利用されないチッソが地下水に流れて、海まで流れてしまわないように余分なチッソを大気に戻し、またチッソ固定菌が利用できるようにしているのだ。もちろん雷の力によっても。

そして、新しい生物が新たなチッソの固定方法を生み出す。世界中のチッソ資源を掘りこ推していたヒトだ。ドイツの科学者フリッツ・ハーバーはのちにハーバー・ボッシュ法と呼ばれるアンモニアの生成法を編み出すことに成功する。空気中のチッソを天然ガス(内の水素)と直接反応させてアンモニアを合成するのだ。

ヒトが世界中のチッソ資源を掘り起こしたのは肥料のためではなく戦争のためだった。アンモニアから火薬が作られるからだ。ハーバーによる発明は火薬の原料となる硝石がないドイツにとって最高の発明だった。
第1次世界大戦がはじまるとハーバーはドイツの化学兵器開発のトップに立つように要請され、愛国心の強い彼は同意した。そして、多くの化学兵器の開発に関わることとなる。戦後の1919年にハーバーは窒素固定の研究でノーベル賞を授与したことは多くの賛否の意見が持たされたのは言うまでもない。

なぜなら、彼の発見による窒素固定の技術は現代の窒素肥料のすべてに関わっているからだ。ハーバー法で固定される窒素量は土壌内でチッソ固定菌が固定する量を上回っている。現在の人口の3分の2が合成窒素なしには生きられないという試算結果もあるくらいだ。

合成されたアンモニアからは硝酸が作られ、硝酸からは硝酸アンモニウムなどの肥料と爆薬が作られる。この爆薬は現在、鉱山の開発やトンネル工事などにも利用されている。

世界大戦のような戦争が激減したおかげで、ハーバー法によるアンモニア生産は火薬よりもチッソ肥料が大幅に増えた。窒素肥料もまた電子レンジやスマホ同様、軍需産業のおさがりである。
ハーバー法は確かに人類が唯一できる窒素固定の技術だが、窒素固定菌のように室温ではできない。ハーバー法には大量のエネルギーを必要とする。約500度の高温と数百気圧の圧力が必要とされるのだ。そしてその工場建設には数百億円かかる。

リンは実肥とも呼ばれ、花や実、種子をつけるのに必要な栄養素だ。これらに共通している遺伝子の主要素である。またエネルギー源であるATPのPであり、細胞内にも多く存在する。ほかにも植物の細胞壁や動物の骨や歯、細胞膜にも使われる。ここから分かるようにリンがあるところは生物そのものであり、特に種子である。

植物は動物から見れば多くの種子を残すように思える。その多くが芽生えて成長するわけではないのに。種子は昆虫などの動物のエサとなり、そして微生物のエサとなる。彼らは植物が保存してくれたリンをもとに身体を維持・再生し、そして子孫を残す。排泄物にリンが多く含まれるのは死んだ微生物が多いからでもある。生物は必ず大地に還って土となり植物によってまた利用される。植物が多くの種子を残すことで生物多様性が広がるのだが、それは巡り巡って自身の子孫のためにもなる。

リンは地球上には11番目に多く存在するにも関わらず地殻内にはほとんどない。さらに土中のカルシウム、鉄、アルミニウムなどと結合しやすく、結合すると簡単には溶け出さなくなる。その結合してしまったリンを分解して集めるのが菌根菌である。

菌根菌の働きでリンは利用することができるが、微生物の働きはあくまでも補助的な役割である。というのも、菌根菌との共生関係では対価となる光合成で得る糖に限界があるからだ。そのため他のミネラルと結合していないリンが水に溶けて吸収できることが植物の成長にとって重要である。だから自然農の職人たちはタネを取るのだろう。植物は花を咲かせて種子をつけるタイミングになると、土中内から多くのリンを吸収しようとする。自然農の職人は多めにタネをまくし、余ったタネは畑に還す。それが生物多様性につながり、野菜の栄養分となる。花咲じいさんが撒いたのはリンを多く含む灰だったのもうなづける。

グアノという海鳥の骨やフンが数億年かけて堆積してできたものがグアノリン鉱石と呼ばれるもので、ヒトは肥料や爆薬を作るために100年余りですべてを使い尽くしてしまった。現在では世界中でリン鉱石の採掘が行われているが、それももともとは生物の骨や排泄物であり、数億年かけて堆積したものである。

チッソにしてもリンにしてもヒトにの手によって片方では生物の生かし、もう片方では生物を殺す道具となっている。

カリウムは根肥と呼ばれるほど、根に多く含まれている。光合成からでんぷん(糖)を作り出す化学反応において補酵素の役割を果たす。また硝酸態窒素を植物性たんぱく質に変換する際にも同様に補酵素の役割を果たす。だから自然界の植物は根の多さと茎葉の大きさに相関関係があるのだ。そして自然農の職人たちが根を大切にして、根が多くなるようにケアをする。動物の体内では細胞内の浸透圧や神経伝達、筋肉機能の調整など生きていくために欠かせない役割を担う。そのためカリウムが豊富な根菜類が養生と深く関係している。

自然農で根を残して草を刈るのは、そのカリウムを土中内にそのまま残して置くためだ。それが土中動物や微生物のエサとなり、身体の再生と維持に役立たれ、そして土となり、巡り巡って植物たちが利用する。雑草を根ごと取り除いてしまってはその循環を終わらせてしまう。もちろん、焼いてしまうなんてもってのほかだ。

ビニールマルチを利用するとこの循環も止まってしまう。自然界では多種多様な植物たちが根を土中内に所狭しと、隙間がまったくないほど絡み合って伸びる。そうやって、土中内の養分・水分を効率的に利用し保管し、枯れることで大地に還元し、他の生物の肥やしとなる。ビニールマルチでは育てたい野菜だけしか根を伸ばすことがない。すると、その野菜の根が伸びる範囲のカリウムしか吸収できず、他のカリウムは地下水へと流れていってしまう。そして、根が伸びた範囲内でしか土中生物を養うことができない。自然農の畑ではコンパニオンプランツを利用するとともに緑肥や雑草を生やしておくのは、カリウムの循環を最大限生かすためだ。

自然農もパーマカルチャーもその土地にあるものだけで地球の栄養循環を活かし、どうやって最適なデザイン生み出すかである。「自然を真似する」とはそういう意味である。循環を理解し、循環を促す生物を尊重し、その繋がりを信じて配置することがもっぱらの仕事である。


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