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MBOの現在と将来を考える~過去最大のMBO(大正製薬HD)を受けて~

(※本記事は、2024年2月6日配信のスパークル法律事務所ニュースvol.15の内容です。) 


 今回は、昨年11月に公表された、国内最大の金額規模である大正製薬ホールディングス(「大正製薬HD」)のMBOについて触れたいと思います。なお、以下の内容は、公開情報のみに基づいて作成しています。末尾に、MBOに関するいくつかの問題提起も記載しましたので、皆様も記事を読みつつ考えてみてください。

【1】概要

 国内の一般用医薬品(大衆薬)最大手である大正製薬HDは、昨年11月24日、創業家一族である現社長らを株主とする大手門株式会社による公開買付けの開始と応募推奨をリリースしました(「MBO の実施及び応募の推奨に関するお知らせ」)。いわゆる経営陣によるMBO(マネジメント・バイアウト)に該当し、規模として総額約7100億円を超える過去最大のMBOとして注目を集めました。TOB価格は、発表前日の終値を約5割上回る価格(8620円)とされ、本年1月に成立しています(「大手門株式会社による当社株券等に対する公開買付けの結果並びに親会社及び主要株主である筆頭株主の異動に関するお知らせ」)。

 この案件でも、公正性担保措置の一つとして、独立した社外監査役及び外部有識者からなる特別委員会を設置し、少数株主にとって不利益でないか、賛同意見・応募推奨等の意見表明の是非等について諮問し、本案件を進める方向での答申が得られています。このような特別委員会の設置は、2019年6月の経産省の「公正なM&Aの在り方に関する指針」(公正M&A指針)で規定され、その後、実務でも定着したプロセスといえます。

【2】問題として指摘されている点

 発表前日の終値を大きく上回るTOB価格とし、公正M&A指針に沿って特別委員会設置などの公正性担保措置を講じたにもかかわらず、批判的な論調も目立つところです。その大きな要因は、このTOB価格がPBR(株価純資産倍率)の約0.85倍と1倍を下回っていたことにあります。例えば、マネックスグループ傘下のカタリスト投資顧問は、PBR0.85倍での市場からの退場は少数株主を軽視した判断であるとの意見を公表し(「大正製薬ホールディングス株式会社(4581)の MBO に関する意見」)、特別委員会が適切に機能しなかったのではないかと疑念するとの指摘を行いました。今回の特別委員会には、社外取締役が含まれず、社外監査役と有識者で構成されていたことや、会社と共通する企業価値評価を用い、独自のアドバイザーの起用まではしなかったことについても、十分な対応であったといえるかが議論になっています。

 東証は、昨年3月、PBRが1倍を下回っているのは資本収益性や成長性が評価されていない目安であると明言し、資本コストや株価を意識した経営の実現に向け、経営効率改善の要請を継続的に行っています。PBR1倍は分かりやすい指標として度々用いられ、近時のM&Aにおいても意識されることが増えています。

【3】コーポレートガバナンス改革との相克

 大正製薬HDは、2022年4月の東証の市場再編の際、プライム市場上場の要件を満たしているにもかかわらず、あえてスタンダード市場を選択し、その理由について、事業展開が国内中心であり、プライム上場企業に求められる対応について重要性がないものが多く含まれているとしたことでも注目を集めていました。同社は、任意の指名委員会、報酬委員会の設置もしておらず(コーポレートガバナンス・コード補充原則4-10①はエクスプレインとしています。)、代表取締役が取締役の個人別の報酬額の具体的内容を決定するとしています。

 昨今のコーポレートガバナンス改革は、海外企業との比較でガバナンスの脆弱性が日本企業の競争力が向上しない原因との考えの下、海外機関投資家の視点を強く反映したものとなっている側面もあるといえます。その結果、自社の理想とするガバナンス体制は、コーポレートガバナンス・コード等で求められる事項とは整合しないと考える会社があることも不思議ではありません。大正製薬HDは、創業家の強い影響力の下にある会社であることが指摘されており、そのような会社の一つであったともいえそうです。

 上場会社は、コーポレートガバナンス・コードの原則に従わない場合(コンプライしない場合)、その理由について、自社のガバナンス体制に即して対外的に説明すること(エクスプレイン)が求められます。説得的な説明を行うことが難しければ、経営陣は投資家から批判され、その結果、株価も割安となる可能性があります。

【4】検討すべき視点

 昨年の大型MBOとしては、ベネッセHDの件もありました(「MBOの実施の一環としてのブルーム1株式会社による当社株券等に対する公開買付けの開始予定に関する意見表明のお知らせ」)。この件も、総額約2100億円という大型案件でした。このようなMBOの増加の背景には、ガバナンスや開示等で上場会社としての負担感の増加があることは確実であり、市場に上場することの意義が問われているともいえます。東証平均株価が過去最高に達しようとする中、負担感に合理性を覚えない大型企業が退場していくことが、東証という市場の魅力にどう影響するのかがポイントになりそうです。

 少数株主や投資家保護の観点からは、歓迎すべきとは思われないMBOが存在することも事実といえます。「上場ゴール」という言葉があるように、上場直後に利益を実現した後、株価が冴えずに低迷し、最後はMBOで退場という形が許容されることが市場としてはどうかという問題もあります。MBOに限りませんが、一旦、ファンドが買収して非公開化した後に再上場を目指すというプロセスが見られます。創業者がこれを行う場合、異なった義務が生じ得るかという視点もありそうです。極論すれば、創業者は上場して一旦利益を現実化させ、その後、MBOをして買戻すということが論理的に正しい道になってしまいかねませんが、これを防ぐためにどうアプローチすべきかも考える必要があると思います。

 PBR1倍という指標の捉え方も難しさがあります。株価を形成する要素は多数あるはずですが、単なる指標であるPBRがやや独り歩きしている面もあります。数値上は、PBR1倍未満で買収して会社を解散させれば良いということになりますが、当然、会社の清算価値は圧倒的にこれより低くなります。PBR1倍割れが、会社の経営が上手くいってないことを意味するのであれば、第三者が買収して経営陣を交代させるのも歓迎すべきことともいえますが、その買収価格にPBR1倍といった水準を求めてしまっては買収者には経営改善のメリットがないことにもなりそうです。

 以上のように、MBO案件は、様々な問題を考えるにあたっての素材の宝庫ともいえます。皆様の視点をぜひ共有いただければ幸いです。



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