コロナ緊急事態宣言下で、政府系金融機関の従業員が顧客の悪口を投稿:発信者情報開示(認容)
ポイント
原告の従業員と思われる匿名の投稿者が、5ちゃんねる(5ch)に、顧客への侮辱を含む記事を投稿(本件記事)をしていたため、原告自らが対応し、当該投稿者の発信者情報(本件発信者情報)について、アクセスプロバイダに開示請求をし、認容された事案(東京地判令和3年9月1日令和3年(ワ)第1897号)をご紹介します。
東京地裁は、本件記事が国民生活の向上に寄与することを目的として設立された原告に顧客を蔑視する風潮がある事実や原告が不合理な融資審査を行っている事実を摘示しており、原告の社会的評価を低下させるものであって、人格権(名誉権)侵害があると判断し、被告に対し、投稿者の記録情報の開示させることを認容しました(本判決)。
本判決からの示唆は、以下の3点となります。
1.事実関係
原告である日本政策金融公庫は、株式会社日本政策金融公庫法に基づき設立され、国民生活の向上に寄与する目的のため、個人や中小企業等に資金融資を行なっている法人です。これに対して、匿名の投稿主が、インターネット上の匿名掲示板である5chの原告の話題を書き込むスレッドに、原告の顧客並びに原告の社会的評価を低下させ得る本件記事を投稿しました。
本件記事が投稿された2020年5月は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行が本格化した時期でした。同年4月7日から5月25日には、日本政府は、全国47都道府県を対象に第1回目の緊急事態宣言を発出しており、多くの中小企業の経営状況は悪化していました。そのため、これらの企業へ資金融資を行う原告への融資申込案件数は、激増していたと思われます(融資実績数は、前年・翌年比で約7倍:下図参照)。
そのような時期に投稿された本件記事には、原告に融資を申し込む顧客の特徴が詳細に記載されていることや、原告の従業員として業務に従事していることが示唆されていたことから、本件記事の投稿主が原告の従業員であると理解される可能性が高い状況にありました。
これを受け、原告は、人格権(名誉権)の侵害を主張して、問題投稿を行なっていた第三者を特定するための対応として、原告が被告アクセスプロバイダに本件発信者情報の開示請求を行い、東京地裁は認容しました。
なお、プロバイダ責任制限法(※令和6年(2024)改正法で情報流通プラットフォーム対処法[略称「情プラ法」]に名称変更)の令和(2021)年改正前の事件であり、改正前の法令が適用されています。
2.本件記事の内容
原告が発信者情報開示を求めた本件記事のうち、主に問題となっている部分は以下の点です。
3.論点と判示
この事案では、名誉毀損による「権利侵害の明白性」の成否が主に争われました。
(※発信者情報開示請求の要件等は以下の記事参照)
一般に、民事上の名誉毀損が成立するためには、(ⅰ)公然と、(ⅱ)事実の摘示をして、(ⅲ)対象者の社会的評価を低下させ、(ⅳ)違法性阻却事由(真実の公共性、目的の公共性、真実性または真実相当性)がないことが必要とされます。
本判決では、(iii)社会的評価の低下の有無が主要な争点となりました。
(1)顧客への侮辱行為は、会社への名誉毀損となるか
本件記事の<部分1>は、ごく形式的に見れば、不特定多数の顧客への侮辱行為であって、原告自身の社会的評価の低下はないかのように捉えることも可能といえます。しかし、本判決は、本件記事の摘示事実を、原告の「(顧客を)蔑視する風潮」や原告が「不合理な融資審査行っていること」と認定した上で、原告の社会的評価を下落させるものと認めました。
すなわち、従業員と思われる者による顧客への侮辱行為であっても、組織全体の性格を摘示していると言える場合には、使用者たる会社に対する権利侵害であると構成することができると判断しました。
もっとも、本判決は、公的な金融機関である原告の会社の目的や性質をも加味して判断している点で、一般化が可能かどうかはなお注意が必要です。
(2)従業員と思われる者による投稿は、会社への名誉毀損となるのか
また、本件記事の投稿主体は原告又は従業員である可能性が高く、会社自身による投稿であるとも言えることから、原告自身への名誉毀損は成立しない旨の主張がなされました。
しかしながら、本判決は、原告の従業員が原告の組織としての意思決定に関係なく個人的に本件記事を投稿した場合には、その違法性の有無の判断基準は、原告と関係のない第三者が投稿した場合と何ら変わりはないとし、本件記事を原告が組織として投稿した証拠は認められない本件において「仮に本件記事が原告の従業員によって投稿されたものであったとしても、本件記事が原告の社会的評価を低下させるという上記認定を左右しない。」と述べて、本件記事の投稿で従業員による会社への名誉棄損があり得ることを認めました。
なお、第三者が投稿した「なりすまし」の場合に、名誉毀損が成立することについては、原告・被告間で争いはありませんでした。
(「なりすまし」の事例については、以下の記事参照)
(3)違法性阻却事由(真実性の抗弁・対抗言論)
本判決は、①真実性の抗弁と②対抗言論の理論という違法性阻却事由の存在をそれぞれ認めませんでした。
まず、①真実性の抗弁については、原告の「(顧客を)蔑視する風潮」や原告が「不合理な融資審査を行っていること」という摘示事実が真実であるとの根拠は示されていないと述べました。
また、被告は、②対抗言論の理論として、インターネットでは、社会的評価の低下の防止や回復を反論によって容易に行うことができるから、権利侵害が明白ではない旨を主張しました。しかし、本判決は、「原告は、自ら本件記事を誘発するような言論や情報をインターネット上に 発信したわけではなく、……自らの意思で対等な討論の場に身を置いたという対抗言論の理論の前提を欠く」として、対抗言論の理論が適用されないと判断しました。
以上のように、本判決は、「権利が侵害されたことが明らか」(令和3年改正前プロバイダ責任制限法4条1項1号)だと判断しました。
4.最後に
匿名投稿が容易に行えるSNSやインターネット掲示板では、従業員が使用者を相手にして侮辱を行う形態のみならず、従業員による顧客や第三者への投稿によって、使用者である会社の社会的評価が低下する事例が生じています。
また、この事案とは異なりますが、従業員による業務従事中の不適切動画の撮影及びその公開により、使用者の社会的評価が低下する事例もたびたび問題となっています。
従業員によるSNSやインターネットへの投稿リスクを完全に防ぎ、管理することは困難です。しかしながら、この事案のように、形式的には会社に対する問題投稿がなされるのではなく、顧客に対する問題投稿がなされる場合であっても、会社として採りうる手段が様々あり得ます。発信者情報開示のみならず、いずれの手段であっても適切かつ迅速に対応することが求められています。
当事務所のネットワークには、リスク管理のプロフェッショナルが揃っております。リスク管理に関するお悩み事項についても、遠慮なくお問い合わせください。