アイドル本人による「なりすまし」への発信者情報開示(認容)
ポイント
Twitter(現:X)において、あたかもアイドル本人が「裏垢」として運営しているかのような「なりすまし」アカウントを作成し、アイドル本人になりすまして問題投稿を行っていた第三者の発信者情報について、アクセスプロバイダに対して開示請求をし、許容された事案(東京地判令和4年8月24日令和4年(ワ)第14708号)をご紹介します。
東京地裁は、原告の高校の入学式の写真の投稿について、「自己の容貌を撮影した写真をみだりに公表されない人格的利益」を侵害すると判断し、また、その他8個の投稿について原告の社会的評価を低下させるものであるとし、氏名・住所、電話番号及びメールアドレスの開示を認めました。
本判決からの示唆は、以下の4点となります。
1. 事実関係
原告(20歳未満)は、アイドルグループに所属し、アイドルとして活動していました。これに対して、あるTwitterアカウント(本件アカウント)が原告の社会的評価を低下させ得る投稿(本件投稿)を行いました。
本件投稿は、氏名不詳者が投稿したものですが、原告の写真が投稿されていたことや、発信者がアイドルであることが示唆されている投稿があり、本件アカウントが原告の「裏アカウント」であると理解される可能性が高い状況にありました。
これを受けて、アイドルグループの運営主体は、ウェブサイトにおいて、「なりすまし」行為への警告を発しました。
さらに、原告は、肖像権侵害及び、名誉毀損を主張して、問題投稿を行っていた第三者を特定するための対応を行いました。まず、コンテンツプロバイダであるTwitter (現X)社に発信者情報開示請求権を保全する仮処分を申立て、IPアドレスとタイムスタンプについての開示を受けました。
次に、上記仮処分によって得られた情報をもとに、原告がアクセスプロバイダであるNTTコミュニケーションズにログイン情報についての発信者情報開示請求を行い、東京地裁は認容しました(本判決)。
(※発信者情報開示請求の要件等は以下の記事参照)
また、以下の事件と同様に、ログイン情報の開示を認めるプロバイダ責任制限法の令和3(2021)年改正前の事件であり、改正前の法令が適用されています。判決当時にすでに改正法は成立しており、施行を待つ状態でした。ログイン情報についての議論は以下の事件に関する記事もあわせてご覧ください。なお、令和6年(2024)改正法で情報流通プラットフォーム対処法[略称「情プラ法」]に法名変更されています。
2.具体的な投稿内容
原告が、発信者情報開示を求めた投稿のうち、主要なものは以下です。(※投稿番号は、本記事で振り直しております。)
3.論点と判示
本判決では、ログイン情報の開示等その他の論点も争われましたが、個別の投稿との関係では、「権利侵害の明白性」が争われました。
(1)本人の高校入学式での写真の添付は、アイドルの受忍限度を超える
本判決は、「高校入学式での写真」の投稿①は、氏名不詳者が原告になりすます目的で添付されたものであるとの認定をし、原告の容貌の公表は、社会生活上受忍限度を超え、「自己の容貌を撮影した写真をみだりに公表されない人格的利益」を侵害するもので、「権利が侵害されたことが明らか」(改正前プロバイダ責任制限法4条1項1号)だと判断しました。
最高裁は、個人の人格の象徴である人の肖像等をみだりに他人に利用されない権利(いわゆる肖像権)を認めており(ピンク・レディー事件判決:最判平成24年2月2日民集第66巻2号89頁など)、その侵害があるかの判断基準としては、(a)対象者の社会的地位や、(b)利用目的、(c)態様及び(d)必要性等を総合考慮し、対象者の人格的利益の侵害が社会通念上受忍の限度を超えるものと言えるかという基準が判例上確立されています。
本判決では、原告の容貌の公表は社会通念上受忍の限度を超えると判断されていますが、(a)アイドルである原告に対して、(b)なりすます目的で、(c)無断で写真を利用する(d)必要性は存在しないと考えれられ、これまでの判例に沿った判断が示されたものと言えます。
(2)社会的評価の下落があるかは、X (Twitter)での投稿内容による
一般に、民事上の名誉毀損が成立するためには、(i)公然と(ii)事実の摘示をして、(iii)対象者の社会的評価を低下させ、(iv)違法性阻却事由(事実の公共性、目的の公共性、真実性または真実相当性)がないこと、が必要とされます。
本判決では、社会的評価の低下の有無が主要な争点となりました。
投稿②③は、品位や協調性を欠く言葉遣いをし、価値観を持つ人物であるとの印象を与えること、④は未成年原告が飲酒するという法令違反をする人物であるとの印象を与えることが社会的評価を低下させると判断されました。
他方で、投稿⑤は、原告が秘密裏にヒアルロン酸を利用した美容整形の施術をした事実を摘示するものであるとしたものの、「原告の名誉感情を侵害したり、アイドル活動への障害となったりすることは別段、原告の社会的評価を直ちに低下させるものではない。」と判断されました。
通常の名誉毀損事例では、摘示された事実の真実性や、表現の逸脱性が争点となりやすいですが、本判決は「なりすまし」事案であることを勘案し、社会的評価の低下を端的に問題としたものと考えられます。事例判断であるため、一般化はできないものの、「なりすまし」アカウントでの品位を欠く投稿や、法令違反行為を行った旨の投稿に対しては、名誉毀損が認められやすい可能性があります。
4.さいごに
SNSが普及した近年、「なりすまし」が容易に行えるようになり、企業の従業員等への「なりすまし」によって、従業員や企業の社会的評価が低下する事例も生じています。
規約によって「なりすまし」を禁じるSNSもある(※)ため、任意の削除請求が可能な場合もあります。しかし、実際には、「なりすまし」と言えるかどうかが不明瞭で、対応に苦慮する場合も少なくありません。
今回の事案のように、会社の関係者に「なりすまし」が行われた場合には、発信者情報開示だけでなく、複数の手段を組み合わせて、迅速かつ的確に対応することが求められています。
当事務所のネットワークには、リスク管理のプロフェッショナルが揃っております。リスク管理に関するお悩み事項についても、遠慮なくお問い合わせください。