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仕事の価値を薄めるルール


仕事と「ありがとう」の距離

 わたしはスーパーの試食販売のアルバイトをしていたことがあるが、それがもう本当に誰からも感謝されることのない仕事だった。給料が水商売より高いくらいのこともあったが、それでもやりたいとは思えなくなった。

ただ、わたしはそのアルバイトの経験であることに気づいた。それは、自分の仕事に対して「ありがとう」と思う相手と直接会えない場合や、「ありがとう」と思う人から対価(給与)をもらわない場合、仕事の価値を感じにくいのではないか、ということだ。

例えば、農家さんは、野菜をつくって出荷しても、食べてもらうまでには野菜を運ぶ人、野菜を売る人、料理にする人…と距離が遠く、食べて「おいしい」と思う人とはほとんど会うことがないだろう。つくった野菜がおいしく食べられているか気にならないのだろうか。でも食べた人に「おいしい」と言ってもらえたらとびっきりうれしいだろう。(コンビニのスープですらあれだけ野菜が入っているんだから、みんなが「ありがとう」を言ったら相当な数になるだろう。)

そしてわたしがやっていた試食販売の仕事は、スーパーに雇われていると思っている人が多いが、メーカーが「試食販売の派遣会社」に仕事を回し、そこがアルバイトスタッフを斡旋し、勝手にスーパーに行って売るしくみなのだ。その結果、メーカーのために仕事をしているはずなのに会うことはない。

大抵はアルバイトでも会社(お店)に所属し、会社に貢献して会社から給与をもらう。だから、お客さんから「ありがとう」と言われなくても、会社の役に立っている感があればまだ自分の仕事の価値は感じられるだろう。しかし、試食販売の仕事はその場で「ありがとう」と言われない(基本的にお客さんには無視をされる)うえに給与は派遣会社を経由しており、その結果自分の生み出した価値を感じにくかったのだ。



感謝をしないルール

 「仕事の価値」について考えていたときに、『うしろめたさの人類学』を読んでもうひとつはっとしたことがある。

 レジでお金を払って商品を受けとる行為には、なんの思いも込められていない。みんなでそう考えることで、それとは異なる演出がなされた結婚式でのお金のやりとりが、特定の思いや感情を表現する行為となる。 それは、光を感じるために闇が必要なように、どちらが欠けてもいけない。経済の「交換」という脱感情化された領域があってはじめて、「贈与」に込められた感情を際立たせることができる。                               松村圭一郎『うしろめたさの人類学』より


確かにコンビニで店員さんの目を見て大きな声で「ありがとうございます!」なんて言ったら不思議がられる。ここでは、感情を出さないことは贈与との差を生むための必要悪のように書かれているけれど、誰かの仕事に対して感謝をしないルールこそが「仕事の価値」を感じにくくしている要因なのではないか、とわたしはこれを読んで思ったのだ。



お金による価値の交換

 そしてもうひとつ、価値の交換に「お金」を用いていること自体も、「仕事の価値」を感じにくくしている要因なのではないか、と思ったのだ。わたしたちが電車に乗るとき、「運賃を払っているのだから」と「お金」を価値の交換として渡しているんだから、正常に運転してくれて当たり前と思ってしまう。

でもよく考えてみると、運転手の、大量の人の命を乗せた箱を、長い距離移動させる責任はすさまじいものだと思うし、人身事故の対応だって、毎朝人を押し込むのだって、大変な仕事だと思う。わたしにはできない、と思うからほんとうにすごいなぁと想いを馳せたくなることもある。でも、何に対しても「お金」を払って価値を提供してもらったとたん、「お金を払ったんだから」と、ものやサービスが一気に「商品」に早変わりして、その奥にある「仕事」は見えなくなる(見えなくする)。


 そう考えると、お金ではない価値交換をしたり、お金+αで他の価値も加えた方が、人がなにかをしたり・してもらったりすることの幸せ、つまり「仕事」に価値を感じられるのではないか、と思うのだ。

お金でない価値交換の例としては、「時間」がある。(例えば、わたしがAさんに1時間パソコン修理をしてあげたら、逆にわたしはAさんに1時間なにかしてもらうことができる、というもの。)実際に導入している地域もあるそうだ(詳しくは本を参照)。ただ、時間をもらったからと言って感謝レベルが上がるか、と言われればお金と大して変わらないような気もする…。



 こんな風に、わたしたちは疑いもなく、「仕事の価値を薄めるルール」に則って日々生活をしているように思う。それによって働くことが辛くなっている人も多いのではないだろうか。仕事の価値を薄めたままでいいのだろうか。

どうしたら「ありがとう」と感じる人とその仕事をした人を繋げられるのか。どうしたら感謝を伝え合えるようになるのか。なにを価値として交換したら、またはお金+αでなにを加えたら人がより自分の仕事の価値を感じられるのだろうか…。

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