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「じわりじわりと忍び寄る恐怖にどれだけ抗えるか~『戦争は、』~」【YA84】

『戦争は、』ジョゼ・ジョルジュ・レトリア 文 アンドレ・レトリア 絵 木下 眞穂 訳 (岩波書店)
                          2024.6.13読了
 
この絵本は、戦争がどういうものかを語っているだけで、ストーリーはありません。
中にも書かれています。
「戦争は、物語を語れたことがない。」と…。
 
とにかくほとんどのページにおいて色味がないというか、暗いモノトーンで埋め尽くされています。
最初の方に、夕焼けのような赤みのある空が描かれていますが、これは果たして夕焼けなのか?戦争で焼かれた空の赤みなのか?…次第に戦争の暗い空気に浸食されていってしまいます。
それ以降はグレーと黒の重たい世界が広がります。
 
じわりじわりと忍び寄る戦争を、『もののけ姫』に出てくる“祟り神”の触手のようなもので表現されています。
そして顔の見えない大きな体格の黒い人物と毛虫やムカデや蜘蛛など(戦争の化身なのか)が、優しい善良な人々の方へと向かっていく様がおぞましいです。
 
戦争でイメージされるものの絵がびっしりとページ一面に無数に描かれ、そして「戦争は…」に続く言葉の数々はマイナスな言葉ばかりです。当然良いイメージの言葉は全く出てきません。いえ、あるはずもないのです。
 
そして最後に書かれた文、「戦争は沈黙だ」はいったい何を意味するのでしょうか?
 
多くの人々が戦争によって死に、多くの死体が置かれたままの場所には確かに誰の声もありません。
それこそ悲しき沈黙です。
しかし、それだけでしょうか?
 
「戦争は悪だ!」と理解しているのに、声をあげない人々が一定数存在するのが不思議です。
大きなものに押しつぶされて怖いから何も言えないのでしょうか。
もしかしたら、いえ、きっと戦争で利益を得る少数の人々もいるからでしょうか。
 
戦争はそういう何も語らない人々の心に上手く手を伸ばして、弱い心に忍び寄ってくるのです。
誰も声をあげない、沈黙する人々のことが、戦争は大好きなのです。
それは「恐ろしい沈黙」ではないでしょうか。
 
無関心でいられる人は、いざその火の粉が自分に降りかかる時どういう行動をおこすでしょう。
 
この絵本は最近絵本の界隈で大変話題になっているものです。
もちろん児童向けに作られていますが、昨今の国際情勢も鑑み、あえてここはYA世代や大人向けにお勧めしたい絵本です。
 


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