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実録「外科病棟の闇に潜む戦慄」

                                                                                                 2006. 2. 8創作 
                                                                                                 2023.2.10加筆
 

今思えば、“奴”が出現するきっかけは決まった季節、北風も拭く寒い時なのだと気づかなかったわけではない。
なのにあの時それを失念していた自分を呪いたいくらいだと、彼女は心の中で舌打ちした。
でなければ、あんな目に会うことはなかっただろうに…。
 
それはある真冬の夕暮れ時。
規模としてはさほど大きくはない外科病院の事務員である彼女は、月に一度の請求事務の締めに追われ、その日も夕方遅くまでかかってどうにか集計が終わった。

医療機関の医療請求事務は毎月ごとに行う。
全患者のレセプト(診療報酬明細書)を月末で締め、翌月のアタマ数日でまとめ上げ、できるだけ急いで関係各所に提出し精査してもらわなければいけないのだ。
この日も締め切りが迫っていたために、どうしても残業してまで間に合わせなければならない。
 
同僚には先に帰ってもらった。ひとり院長夫人のところへ、まとめた書類を院長夫人に届けるために病棟の一番上の階にある院長の自宅に行かなければならないのだ。(提出は翌日院長の娘さんが行くことになっている)
普段調子のいい時は和やかに話ができる院長夫人だが、まあ病院経営も大変なのだろう、ちょっとご機嫌が悪い時に接触する羽目になると、あまり気分がよくない状況に陥るのは想像に難くない。
世の院長夫人の印象というものは、申し訳ないがそういうものだ。
 
院長夫人からのご指名で仕方なく最後に書類を渡す役回りとなっている彼女。今日はどうだろう。ご機嫌伺いも大変だ。
 
同僚からは、
「一人で大丈夫?あの…今の時期、気をつけなさいよ」
と心配してもらったけど、毎月同じ仕事をやっているのだからなんてことはない。
しかし…気をつけなさいって、何?
 

すでに冬の夜は早くにやってきており、もう外は夜の精がその黒いマントで周囲を覆っていた。
 

病院には入院患者や見舞いの家族もたくさんいるし、夜勤の職員も何人かいるのは確かである。
しかしその人たちがそこにいるというだけで感じる暖かさはもはや部屋の中に押し込まれ、さすがに人気のない廊下を歩くのは、もう何年もこの病院に勤務している彼女でもややさみしく感じるものだ。
 

院長宅へはエレベーターで上がり、無事にレセプトを院長夫人に手渡す。
「ご苦労様。もう帰るでしょ?そうそう、頂き物だけどこれ、持って帰る?」
と言って、おそらくお歳暮のおこぼれなのだろう、ちょっとだけ高級そうなレトルトスープをひとつだけ彼女の手に無理やり押し付けた。
 
お駄賃代わりか?と、心の中で苦笑いしながら彼女は院長宅を後にした。
ま、今日はご機嫌がよかった方だわね…。
 
 
2階の病棟の西の端に、彼女ら職員の更衣室がある。
廊下を照らす照明も、さすがにどこか儚げだ。
カツン、カツンと自分の足音だけがやけに響く。静かな夜の病院。
 

わかってはいるが、更衣室のドアを開けても誰もいないし、スイッチをONにしないと真っ暗だ。

パチン。

ふと室内が明るくなる。
ひんやりと寒い。
同僚たちが帰ってから十数分は経っているだろうから、人のいない静けさと肌寒さが妙に落ち着かない。
 
そして、彼女は自分のロッカーの所まで歩を進めた。
ロッカーのドアの取っ手に手を伸ばす。
 
カチャ・・・・
 
ロッカーの中は変に真っ暗だ。
そこに何か別の世界が無限に広がっている感じがして、ドキドキする。
その中へ手を入れたら、そのまま異次元の暗い闇の中に放り込まれるような・・・。
そおっと手を伸ばし、そこにかけてあるはずのコートを取ろうとしたそのとき!
 
 
バチッ!!
 
光と音と痛みが・・・突然彼女を襲った!
 


 
「うう~…痛ぁ~~…!静電気かぁ~…」
 
 
「しかし…初めてだわ、こんなに光っておまけに音までしたひどい静電気が起きたのは。あ~やだやだ。冬はこれだからいやなのよ。早く帰ろ!」
 
乾燥した肌にバチっと静電気。
その威力は年を取れば取るほど怖いものであり、乾燥がひどくなって放電もかなりすごい。
やっぱり人間は潤いが必要よね。

最近は冬になると、ロッカーじゃなくって自動車のドアを開けるのが怖い私なのだった。
 


 
 みなさんは放電の光が見えて、音までするような静電気が起きるという経験はおありでしょうか?
この物語は事実に基づくものです。
かつての職業、医療事務員時代の私の身に起きた恐怖の体験でした。
だから「実録」なのです。
かなり前の話で実体験ではありますが、当時の医療事務の業務の流れが現在のそれと果たして同じかというとよくわかりません。
時代は大きく変化していますし、システムも相当変わっている可能性があります。
現場を離れるとすっかり浦島太郎になってしまいますね。
 

すみません。
いきなりなんだかこれまでと毛色が違う文章が出てきて、面食らった方もいらっしゃるかもしれませんね。
以前別ブログで、ちょっとお遊びのつもりで書いた文章を、少し手を加えてこの場にも持ってきてみました。
自己満足の世界ですがね…。お粗末さまでした。

 

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