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2001年宇宙の旅

【これは、劇団「かんから館」が、1999年2月に上演した演劇の台本です】


  <キャスト>

   小沢 典子(女子寮の住人)
   橘 みゆき(女子寮の住人)
   藤原あゆみ(女子寮の住人)
   鈴木菜々子(あゆみの友人)
   中谷タエコ(あゆみの友人)
   長谷川健太郎(女子寮の管理人)




 暗闇の中に、『ツァラトゥストラかく語りき』の荘重なメロディーが鳴り響く。ゆっくりと舞台が明るくなってくると、その音楽の荘重さを裏切るがごとく、ひなびたアパートの一室がうっすらと浮かび上がってくる。中央にコタツ。下手にテレビ。家具らしきものは、それだけである。室内には五人の女。トレーナーにジーパンスタイル、ジャンバーを着てる者、綿入れを羽織っている者など、それぞれが気ままな格好をしている。また、みかんをひたすら食っている者、本を読んでいる者、ねころんでいる者など、行動も気ままである。ただ、一人がテレビの前に座ってかじりついて見ている。『ツァラトゥストラ‥‥』が鳴り止むと、今度はそのテレビから、なぜか『蛍の光』が聞こえてくるのであった。

典子   ちょっと。(テレビを見ているみゆきに呼びかける)
みゆき  ‥‥‥。
典子   ねえ。(同前)
みゆき  ‥‥‥。(無視しているのではない。のめり込んでいるのだ。
少し涙ぐんだりもしている)
典子   テレビ‥‥、もう、いいかげんにしたら?
みゆき  うん‥‥もう少しやから‥‥。(生返事)
典子   もう少しって‥‥。もう、いいじゃない。
みゆき  うん‥‥。(やはり生返事)
あゆみ  ほっといたら?
典子   だめよ。くせになるから。
あゆみ  もう、とっくになってるよ。
典子   だから‥‥。
あゆみ  もう除夜の鐘がなるから‥‥。

   テレビから除夜の鐘が鳴り始める。
   『紅白歌合戦』が終わって、『ゆく年くる年』が始まったのだ。
   みゆき、ようやくテレビを消す。

あゆみ  ほら。

   みゆきが、テレビの前から戻ってくる。

典子   あなた、何考えてんの?
みゆき  やっぱり、紅白はええわあ。
典子   どこが?
みゆき  あかん、涙出てきた。(と涙をぬぐう)
あゆみ  ほんと、好きねえ。
みゆき  えー? 感動せえへん? 紅白終わって、蛍の光のフィナーレがあって、除夜の鐘がゴーン‥‥。わあ、一年が終わるんやなあって‥‥。
典子   しないしない。
あゆみ  ちょっとねえ‥‥。
みゆき  あんたら、ちょっと感受性足りひんのとちゃう?
典子   何言ってんのよ。あなたの感受性の方が異常なのよ。
みゆき  そんなことないって。
菜々子  そんなことある。
タエコ  私もそう思う。
みゆき  わ、何やの、みんなそろって。‥‥そんなん、いじめやん。
菜々子  毎日聞かす方がいじめよ。
タエコ  それ、言えてる。
みゆき  ええもんは、何回聞いてもええやん。
あゆみ  それも程度の問題よねぇ。
典子   あなた、その紅白のビデオ、一日、二回は見るでしょ。で、もう二十日は見てるから、二かける二十で、もう四十回以上見てんのよ。
タエコ  今ので四十七回。間違いないわ。私、日記につけて数えてるから。
あゆみ  え? ‥‥それも、ちょっと問題あるんじゃない?
典子   もう、とにかく、毎日毎日そんなに聞かされたら、いいかげん迷惑なのよ。わかる?
菜々子  私、曲順まで完璧に覚えちゃったわよ。
タエコ  私なんか、審査員も応援合戦のメンバーも、南極観測船の電報の文章も全部覚えたわ。ショウワキチハ、イママナツデス。ヒルマハ5ドマデアガッテ、ペンギンハナツバテギミデス。キョッカンノチカラ、アイヲコメテ。アカグミガンバレ。ほら。

   一瞬の沈黙。

みゆき  でも、今年のは特別やん。二十世紀最後の紅白やねんで。歌が全部終わって、蛍の光のフィナーレがあって、除夜の鐘がゴーン‥‥。さようなら二十世紀。こんにちわ二十一世紀。‥‥感動的やん。
典子   そういう問題じゃないでしょ。‥‥だいたい、まだ、二十一世紀じゃないよ。来年よ、来年。
みゆき  えー、でも今年、二〇〇〇年やん。
菜々子  バカねえ。二〇〇〇年だから二十世紀なのよ。二十一世紀は二〇〇一年から。そんなの小学生でも知ってるよ。
タエコ  えー、ちょと待って。二〇〇〇年から二十一世紀でしょ。
あゆみ  お願いだから、あなたは黙ってて。話がややこしくなるじゃない。
みゆき  ‥‥くそう、二対三か‥‥。
典子   だから、そういう問題じゃないってば!
みゆき  ‥‥しゃあない、私も女や。ここんとこはあんたらの顔立てて引き下がったげるわ。‥‥じゃあ、どうなんですか、皆さん。何か他に見たい番組あるんですか?
みゆき以外  ‥‥‥。
みゆき  それとも、何かおもしろいビデオでも見ましょうか?
みゆき以外  ‥‥‥。
みゆき 誰か、レンタルビデオでも借りに行きますか?
みゆき以外  ‥‥‥。
みゆき  でしょう? そやったら、紅白見ましょ!
みゆき以外  イヤな子!

   その時、上手から、男(長谷川)が登場する。

長谷川  あれ、ビデオ終わっちゃったの? 俺、水前寺清子見たかったのに‥‥。ちょっと巻き戻していい?
みゆき  (にこやかに)どうぞ。

   みゆき、嬉々としてビデオを操作する。

みゆき以外の女  あーあ‥‥。
長谷川  あれ、みんなどうしたの? 元気ないじゃん。
みゆき以外の女  別に‥‥。(と、それぞれ気ままな行動に戻る。)
長谷川  え? どうしたの? 俺、何か悪いこと言った?
みゆき  スタンバイできましたよー。
長谷川  あ、サンキュ。

   みゆきと長谷川が、仲良くテレビの前に座る。
   『三百六十五歩のマーチ』が高らかに流れ出す。

    ♪ 幸せは歩いて来ない  だから歩いて行くんだね
   一日一歩三日で三歩  三歩進んで二歩下がる‥‥

   暗転。



    明かりがつくと、やはりそこは相も変わらぬアパートの一室。 女五人と長谷川が、ババ抜きをしている。

典子   ラッキー! 上がり!

   戦いは、既に佳境に入っている。

みゆき  おっしゃ、来た。上がり!
あゆみ  あ、私も。
菜々子  うわ、やっばーい。

   戦いは続く。

菜々子  ええっと、ええっと‥‥。これだっ。やったー!
典子   いよいよ、ラストですねぇ。
みゆき  タエちゃん、七連覇目前!
あゆみ  マジック1が点灯してます!
菜々子  ファイトー!
タエコ  うるさい!

   長谷川とタエコの最後の対決。

長谷川  あーあ、ブービー賞か‥‥。まあ、ここは武士の情けで、目をつぶって‥‥よいしょ! ‥‥うわっ!
タエコ以外の女  えっ!
長谷川  悪い! リー即ツモ! 満願!
タエコ以外の女  なーんだ!
みゆき  やったー! 七連覇達成!
あゆみ  すごーい!
菜々子  ここまで弱いと、もう才能ね。
みゆき  ♪ もしもしカメよ、カメさんよ‥‥
典子   タエちゃん、どうしてそんなに負け続けられるの?
みゆき  ♪ 世界のうちでお前ほど、ババ抜き弱い者はない‥‥
タエコ  ‥‥‥。
典子   みゆきちゃん‥‥。(みゆきに目くばせ)
みゆき  ♪ どうしてそんなに弱いのか‥‥え?(ようやく気づいて)あ‥‥。
タエコ  ‥‥‥。
みゆき  もしかして‥‥怒ってる?
タエコ  ‥‥‥。
みゆき  あかん‥‥、マジで怒ってるわ。‥‥どうしょう?
典子   ご・め・ん・ね‥‥(全員に)ほら。
タエコ以外  ごめんなさい。
タエコ  ‥‥別に‥‥いいけど。
典子   ババ抜きは、もうやめ。何か他のやろう!
菜々子  大貧民!
典子   よし! ‥‥(タエコに)大貧民でいい?
タエコ  イヤ。
典子   え? (ちょっと気まずい雰囲気)
あゆみ  ほら、たしか押入れにモノポリーあったじゃない? あれやろう。
タエコ  モノポリーもイヤ!

   かなり気まずい沈黙。

みゆき  ‥‥まだ怒ってんの?
長谷川  タエコちゃん、みんな反省してるんだから‥‥。ね、機嫌直して‥‥。
タエコ  悪趣味よ。みんな悪趣味。
タエコ以外  え?
タエコ  だって、そうでしょ? ババ抜きとか、大貧民とか、モノポリーとか、そんな「生き残りゲーム」みたいのばっか、どうしてやるわけ?
みゆき  生き残りゲーム?
菜々子  (ヒソヒソと)ほら、昔あったじゃない? こんなプラスチックの板に穴がいくつもあいててさ、それを四人で押したり引いたりして、穴がぴったり合うと、玉が下に落ちちゃって、最後まで落ちなかったのが勝つやつ。
みゆき  ? 知らんわ。
あゆみ  タエちゃん。それ、どういうこと?
タエコ  一人ずつ順番に消えていって、結局、最後の一人を選ぶようなゲームばっかりじゃない?
典子   ゲームって、だいたい全部そうでしょ?
タエコ  だから、そんな、いけにえを決めるようなのはイヤなの!
典子   いけにえって‥‥。そんな深刻に考えなくっても‥‥。
長谷川  大丈夫。勝つ時だってあるよ。たかがゲームじゃない。
タエコ  たかがゲームじゃないわよ!‥‥みんな、どうしてそんなに脳天気なの? 自分たちの立場とか考えないの?
典子   自分たちの立場って‥‥。

   しばしの沈黙。

典子   そういやぁ‥‥そうだね‥‥。
あゆみ  生き残りゲームかぁ‥‥。

   けっこう長い間。

菜々子  昔の映画であったよね。‥‥船が沈みそうになってさ、たくさんの人が取り残されて‥‥で、みんなを救うために、誰か一人が出て行かなきゃなんないんだけどさ、その人をどうやって選ぶかって‥‥。
みゆき  ‥‥タワーリング・インフェルノ?
あゆみ  あれは、高層ビルでしょ?
みゆき  あ、そうか。
典子   ねぇ、どうして出て行く人を選ぶの? 船が沈むんだったら、残る人を選ぶんじゃないの?
菜々子  あれ? そうだっけ。‥‥ええっと‥‥だめ、忘れちゃった。
長谷川  それって、鉄腕アトムの最終回とおんなじだね。
あゆみ  何それ?
長谷川  え、知らないの? アニメの鉄腕アトム。
あゆみ  いつ頃やってたの?
長谷川  えーと‥‥昭和四〇年頃かな。
あゆみ  そんなの、生まれてないよ。
長谷川  もう、今時の若いもんは‥‥。だからさ、アトムがさ、地球を救うために、太陽に向かって飛んで行くんだよ。
みゆき  なんで?
長谷川  え? だから、太陽が膨張するんだよ。
みゆき  なんで?
長谷川  え? くわしいことは忘れたけど、とにかくそうなんだよ。
みゆき アトムが行ったら、それがとまんの?
長谷川  そりゃ‥‥そうだろ。
みゆき  なんで?
長谷川  なんでって‥‥なんか知らないけど、止まるの!
みゆき  なんで?
長谷川  もう、うるさいな! 忘れた!
みゆき  アハハ‥‥なんで?
長谷川  もう、大人をからかうんじゃない!
タエコ  もう‥‥そうやって、すぐ茶化すんだから‥‥。
長谷川  あ‥‥ごめん。

   やや長い沈黙。

   そのうち、菜々子が立ち上がる。

典子   どこ行くの?
菜々子  お手洗い。
典子   ああ‥‥。

   菜々子去る。
   しばらくして、みゆきが立ち上がる。

みゆき  紅白、見いひん?
あゆみ  みゆきちゃん!
みゆき  ‥‥そやけど、ヒマやん。
あゆみ  だから‥‥。
みゆき  こんなんしてても、一緒やん? 気分が落ち込むだけやん。
あゆみ  ‥‥‥。
みゆき  タエちゃんの言うのもわかるけどな‥‥私かて少しは考えてるよ。‥‥みんなもそうなんちゃうん?
全員   ‥‥‥。
みゆき  な? そやったら、せめて楽しくやらへん? 今まで通り仲良くやろうな。
全員   ‥‥‥。
みゆき  ‥‥タエちゃん、私、別にあんたを非難してるんとちゃうんよ、わかってな。
タエコ  ‥‥‥うん。
典子   だけどさ‥‥
みゆき  え?
典子   紅白は、もう勘弁してよ。
あゆみ  それは言えてる。
みゆき  ‥‥わかった。今日のところはこのぐらいにしといたるわ。‥‥ほなら、久しぶりにテレビに挑戦してみよか?
典子   え、それもちょっと‥‥。

    みゆき、かまわずにテレビをつける。ノイズ音が響く。 みゆき、次々とチャンネルを変えるが、やはりノイズばかりである。

長谷川  やっぱり、無理だよ。
みゆき  いやいや、わかりませんよ。‥‥なんか、今日はいけそうな気がするねん‥‥。

   菜々子が戻ってくる。

菜々子  あれ?
あゆみ  あ、ナナちゃん。グッドタイミング。今始まったとこよ。
典子   お待たせしました! ディス・イズ・ザ・サンド・ストーム・タイム!
菜々子  えー‥‥みゆきちゃん、今日はどのくらいやるの?
みゆき  (チャンネルを変えながら)そやねぇ‥‥とりあえず一時間。
全員   えー!

   みゆき、かまわずにチャンネルをいじり続ける。
   鳴り続ける砂の嵐。
   暗転。



   暗闇。
   鳴り続けていた砂の嵐の中から、テレビ番組の音が聞こえてくる。どうやら、正月のバラエティ番組(たとえば「隠し芸大会」)のようだ。舞台が明るくなると、テレビを取り囲んでいる人々の姿。いつもの女五人と長谷川だ。ただし、さっきまでとは服装が違っている。みんなやけに着込んでいる。コートを着ていたり、スキーウェアをはおっている者もいる。そういえば、スキーバッグや、スキー板も置いてあったりする。

典子   (テレビを見ながら)全然、普通じゃない?
タエコ  そうねぇ‥‥別に変わったとこはないみたいだけど‥‥。
菜々子  管理人さん、ホントなんですか?
長谷川  いや、間違いないはずだよ。本社からの緊急連絡だったんだから‥‥。

   相変わらず、バラエティー番組をやっている。

長谷川  それより、橘さん、どうしてあんたがここのカギを持ってるの?
みゆき  だから‥‥合いカギ作ったんです。すみません。
長谷川  それは、さっき聞いたよ。だから、いつ作ったんだよ?
みゆき  それは‥‥。
長谷川  言えないの?
みゆき  ‥‥九月。
長谷川  九月のいつ?
みゆき  防災訓練の時‥‥。
典子   あ、そうか。みゆきちゃん、防災班長だもんね。
長谷川  あんたね、していいことと悪いこととあるでしょ? そのくらい分からないトシじゃないでしょ?
みゆき  すみません。
長谷川  で、何でそんなことしたの?
みゆき  ‥‥‥。
長谷川  何で、今日、ここにいたの? 報告書に書かなきゃなんないんだからさ‥‥。
みゆき  報告‥‥するんですか?
長谷川  あんたもイヤだろうけどね、仕方ないでしょ。
典子   それ、なんとかならないんですか?
あゆみ  橘さんも反省してるんだし‥‥お願いします。
長谷川  そんなこと言われてもねえ‥‥、本社のチェックにひっかかっちまうよ。おれだってこの子が憎くてやってるんじゃないからさ‥‥。
あゆみ  そこを何とか‥‥。

   その時、バラエティ番組が、突然ニュースに変わる。

テレビ  番組の途中ですが、ここでニュースをお伝えします。警察庁の発表によると、先程、午後八時四十三分頃、近畿地方で非常に大規模な爆発事故が発生しました。事故が起こったのは、大阪市付近で、詳細は全くわかっておりませんが、非常に広範囲におよぶ爆発であるということです。事故による混乱のため、現在、大阪および、その周辺地区からの情報は全く入ってきておりません。また、総理府では、この事故に関して、近畿地方への電話による安否の問い合わせは、災害救援に支障をきたす恐れがあるため、自粛してほしい、との官房長談話を発表しました。繰り返して、ニュースをお伝えします。警察庁の発表によると、先程、午後八時四十三分頃、近畿地方で非常に大規模な爆発事故が発生しました。この事故については、くわしい情報が入り次第、順次お伝え致しますので、引き続きテレビをご覧下さい。それでは、ひとまずニュースを終わります。

   再び、バラエティ番組が始まる。

典子   管理人さん、これ?
長谷川  さあ‥‥。
あゆみ  大阪って‥‥、みゆきちゃんち、大丈夫?
みゆき  私、京都やから‥‥。
菜々子  爆発事故って?
タエコ  何かの工場かな?
菜々子  そんな大きな爆発しないでしょ?
タエコ  じゃ、原発か何か?
菜々子  かもね。
長谷川  おい、君たち、そんな無責任なこと言うなよ。‥‥だいたい、大阪には原発はないんだから。
菜々子・タエコ  ‥‥‥。
典子   とにかく、この事故と、会社の連絡と、何か関係あるんですか?
長谷川  どうかな‥‥。
典子   電話で聞いて下さいよ。
長谷川  さっきもかけたけど、話し中でつながらないんだよ。
あゆみ  私、ちょっと外の様子見てくる。

   あゆみ、ドアの方へ歩き出す。

長谷川  ダメだよ! 連絡があるまで出るなって言われてんだから。
あゆみ  でも、わかんないじゃないですか。
長谷川  きっと、もうすぐ連絡が入るから‥‥。とにかく、勝手に出たらダメだからね。
あゆみ  また、報告書ですか? もう、いいですよ。報告書でも何でも書いて下さい!

   あゆみ、行こうとする。

長谷川  バカ! ダメだって言ってるだろ!

   あゆみと長谷川、もみあう。
   轟音!
   電灯が明滅する。

全員   ‥‥‥。
菜々子  ‥‥何?
タエコ  ‥‥爆発?
典子   ‥‥テレビ。(指さす)
全員   え?

   全員が、テレビを見る。

菜々子  あ、消えてる。
典子   これ‥‥どういうこと?
全員   ‥‥‥。


   典子、テレビのチャンネルを次々に切り替える。しかし、どのチャンネルもノイズばかりである。

典子   どうなってんのよ? ねえ。‥‥いったい何が起こったの?
全員   ‥‥‥。
あゆみ  管理人さん。
長谷川  え?
あゆみ  あなた、何か知ってるんじゃないんですか?
長谷川  え?

   全員の視線が、長谷川に注ぐ。

長谷川  し、しらないよ。‥‥俺が知るわけないだろ!
あゆみ  でも、本社から連絡受けたんでしょ?
長谷川  だから、さっき言ったろ。何にも言わないんだよ。とにかく、すぐに避難しろって、それだけなんだ。‥‥そりゃ、俺だっておかしいとは思ったからさ、聞いたんだよ。そしたら、後で連絡するって。今は時間がないって‥‥。
あゆみ  本当ですか?
長谷川  ウソついても、しょうがないだろ?
女全員  ‥‥‥。

   テレビから、ノイズの音。
   長谷川、座り込む。

長谷川  ‥‥俺、ただの管理人なんだよ。‥‥関東電力から、カギと給料もらってさ‥‥戸締まりしてさ‥‥それだけだよ。
女全員  ‥‥‥。

   突然、大轟音!
   今度は部屋も揺れる。
   電灯が消える。
   女の悲鳴。

   しばし、闇の中、沈黙が続く。

タエコ  ‥‥ねえ‥‥。

   沈黙。

タエコ  ねえ‥‥。ねえ、聞こえてるの?
菜々子  タエコ、どうしたの?
タエコ  ‥‥いるんだったら、返事してよ。
菜々子  大丈夫?
タエコ  ‥‥うん‥‥たぶん‥‥。
典子   懐中電灯は?
あゆみ  これじゃ、わかんないよ。
典子   ドア、開けたら?
長谷川  ダメだ! ドアは開けるな!
全員   ‥‥‥。
あゆみ  もう、いいかげんにしてよ!
長谷川  違う!
あゆみ  何が違うのよ!
典子   いいから、開けようよ。
長谷川  やめろ! 死ぬぞ!
女全員  え?
典子   管理人さん‥‥、それ、どういうこと?
長谷川  ‥‥とにかく、ドアは絶対に開けるな。電気はもうすぐつく。自家発電があるんだ。
典子   ドアを開けたら、どうして死ぬのよ?
長谷川  ‥‥‥。
典子   管理人さん! 答えてよ!
あゆみ  いったい、何が起きたの!
タエコ  イヤー!

   突然、電灯がつく。

菜々子  ついた‥‥。
全員   ‥‥‥。
典子   ‥‥説明して下さい。
長谷川  ‥‥‥。
典子   何が起こったのか、知ってるんでしょ!
長谷川  ‥‥何が起きたのかなんて、わかんないよ‥‥ただ、
典子   ただ?
長谷川  ‥‥いいか、落ち着いて聞いてくれよ。
女全員 ‥‥‥。
長谷川  ‥‥俺は、ここの女子寮の管理人になる前は、本社の社員だったんだ。
女全員  ‥‥‥。
長谷川  そこで、原発の施設管理の仕事をやってた。‥‥だから、知ってるんだけど、ここの部屋は、シェルターになってる。
典子   シェルター?
長谷川  原発の万一の事故に備えて作られた核シェルターなんだ。
女全員  え?
あゆみ  だったら‥‥原発が爆発したの?
長谷川  あわてんなよ。原発は爆発しないよ。‥‥あんたも電力会社の社員だろ?
あゆみ  ‥‥‥。
典子   じゃあ、何なんですか?
長谷川  俺も、本社から電話を受けた時は、メルトダウンか何かじゃないかと思った。‥‥でも、そうじゃないみたいだな。
典子   そうじゃないって?
長谷川  ‥‥よくは、わからん。
典子   だって、ドアを開けたら、死ぬって言ったでしょ?
長谷川  ‥‥‥。
タエコ  核戦争よ! 核ミサイルが落ちたのよ!
あゆみ  馬鹿言わないでよ! いったい、日本がどこの国と戦争するのよ!
タエコ  そんなの知らないわ!
菜々子  タエコ、ちょっと落ち着きなさいよ。これは映画じゃないのよ。現実なのよ。
タエコ  じゃあ、いったい何なのよ!
全員   ‥‥‥。
タエコ  教えてよ‥‥。
全員   ‥‥‥。
典子   ‥‥そうなんですか?
長谷川  ‥‥よくはわかんないけどさ‥‥そう考えるしかないんじゃない? ウソみたいな話だけど‥‥。
典子   でも、どうして?
長谷川  だから、わかんないんだよ! ‥‥俺にわかるわけないじゃない‥‥。

   沈黙。

みゆき  じゃあ‥‥もう、誰も来いひんね‥‥。
みゆき以外  え?
みゆき  私、ここで待ち合わせをしてたんよ‥‥。合いカギで開けて、ストーブつけて‥‥二時間待ってた‥‥。
みゆき以外 ‥‥‥。
みゆき  でも、あいつ、来よらへんねん。‥‥ウソつきや。‥‥あいつウソつきよった‥‥。
あゆみ  みゆきちゃん‥‥。

   テレビのノイズが響く。
   暗転。


   明かりがつくと、元のアパートの部屋(実は核シェルター)。
   今日も、テレビから「蛍の光」が鳴っている。
   やがて、聞こえる除夜の鐘。
   みゆきが戻ってくる。

典子   やっぱり、紅白はええわあ。
みゆき  ‥‥なんやの、それ。‥‥あんたが言わんといて。
菜々子  タエちゃん、何回目?
タエコ  ええっと、六十二回目。
あゆみ  ほんと、よく飽きないねえ。
みゆき  ええもんは、ええの!
典子   そりゃ、彼氏との逢い引きにビデオ持って来るぐらいだからねえ。気合いが違うわよ。
菜々子  そんなことするから、ふられたんじゃないの?
みゆき  うるさいな! ちゃうわ!
典子   でも、どうして、そんなにしっかり立ち直れるわけ? やっぱり、関西の人ってバイタリティがあるわね。
タエコ  それって、偏見。私だって関西よ。
典子   え、ウソー!
タエコ  高校まで、奈良だもん。
みゆき  関西弁とちゃうやん。
タエコ  別にいいでしょ。
みゆき  うらぎりもん!
タエコ  じゃかましいんじゃ! だーっとれ! ‥‥なんちゃって。
典子   うわ、ほんとだ。
菜々子  すっごーい!(拍手)
タエコ  ‥‥とにかく、関西人だからとか、東京の人はよく言うけど、そんなのより、要するに、個人の性格なのよ。
あゆみ  なるほど‥‥。個人の性格ねぇ‥‥。(とみゆきを見る)
みゆき  私かて、そんなパーッと立ち直ったんとちゃうんやで。‥‥今やから言うけど、マジで死のかなーって思たこともあるねん‥‥。
みゆき以外  え?
みゆき  私、もう二十五やん‥‥三月で二十六。同期の子は、もうほとんど結婚退職したし、もう半分お局さんやん? 京都の家帰ったら、見合いの話とかばっかりやし‥‥それで正月帰らへんかってん。‥‥そやから、最後のチャンスかなあって‥‥ちょっと焦ってたんやと思う‥‥。
菜々子  あ‥‥私もそう。
あゆみ  え? 焦ってたの?
菜々子  じゃなくて、正月に帰りたくなかったの。
あゆみ  え? だって、お正月にスキーに行こうって言い出したのは、菜々子じゃない? ‥‥あれ、もしかして、帰らない口実だったわけ?
菜々子  ‥‥そう。
あゆみ  ひっどーい。
タエコ  じゃ、私たちは、ダシに使われたのね。
菜々子  ごめん。
みゆき  あんたらね‥‥。人の話は最後まで聞きよし。
あゆみ・菜々子・タエコ  すみません。
みゆき  それで‥‥、ええっと、どこまで話したかな?
典子   最後のチャンス。
みゆき  ああ‥‥それで、マジでその男に賭けてたんよ。いけそうな感じもけっこうあったし‥‥。それで、あの日、大事な話があるって言うから、この部屋で待っててん。
菜々子  別れ話?
みゆき  こら、茶化すな! ‥‥それで、携帯に電話してもつながらへん
し、六時過ぎから結局二時間も待ってて、それであんなことになってしもて‥‥。
あゆみ  ちょっと聞いてもいい? 男が来なかったのと、核爆発と、どっちがショックだったの?
みゆき  男。
あゆみ  うわ‥‥やっぱり、女はこわいよねえ。
みゆき  あんたかて、女やん。‥‥でも、正直言うて、そんなことない?
典子   あるわけないでしょ! だって、世界が終わるかもしれないんだ
よ?
みゆき  世界の終わりも恋の終わりも一緒やん!
典子   どこが一緒なの?
みゆき  だいたい、世界なんて、そんなおおざっぱなもん、見たことないもん。
典子   そういう言い方はないんじゃない?
タエコ  ‥‥私、わかるような気がする。
典子   え?
タエコ  恋と世界とどっちが大事かなんて、よくわかんないけど‥‥でも、悩んで自殺する人とかいるじゃない? その人、死ぬ時に、世界のことなんて考えてるのかな?
あゆみ  それ、どういう意味?
タエコ  だから‥‥うまく言えないんだけど‥‥自殺する人って、やっぱり自分のことを考えてるのよ、きっと‥‥。だって、私が死んだら、もう世界も何もないわけでしょ?
あゆみ  それは、そうだけど‥‥。
タエコ  私も、きっと世界のためには死ねないと思う。‥‥きっと、私のためだけに死ぬのよ‥‥。
あゆみ タエコ、どうしたのよ?
典子   そんなの、エゴイズムよ。世界のために死んだ人だっているじゃない?
菜々子  それって、ほんとに世界のためなのかな?
典子   え?
菜々子  「世界のため、人類のため」って、自分で納得するために死んだんじゃない?
典子   それはないでしょ! ベトナム戦争の時でも、政府に抗議して焼身自殺した人がいるじゃない? あれが自己満足だって言うの? そんな言い方はないわよ!
みゆき  そんな時、生まれてへんわ。
典子   何?
みゆき  ちょっと大学出てるからって、そうやって知識ひけらかさんといてよ。
典子   ‥‥そういう問題じゃないでしょ!
あゆみ  ちょっと‥‥けんかしないでよ!

   長谷川が、奥から出てくる。

長谷川  ふああぁぁ! よく寝た。
女全員  ‥‥‥。
長谷川  俺は、戦争の時、お国のために死のうって思ってたよ。
女全員  ?
あゆみ  ‥‥聞いてたの?
長谷川  ああ、途中から布団の中で‥‥せっかくいい夢見てたのにさ、何か
うるさくって目が覚めちまったよ。
女全員  ‥‥‥。
長谷川  鹿児島の特攻隊に配属になってさ、もちろん、自分から志願したんだけどね、恐いとかそんなのはなかったなあ‥‥。何か、精神がひきしまるようでさ、俺の命は俺のものであって、俺のものじゃないんだって‥‥。かと言って、天皇陛下のものだっていうんでもないんだよな。あれは何なのかねえ‥‥日本人の心? 八絋一宇? ‥‥みんな、八絋一宇って知ってる?
女全員  ‥‥‥。
長谷川  昔、「世界は一家、人類は皆兄弟」ってCMあっただろ? まあ、そういう理想みたいなのが八絋一宇なんだけどね、とにかく、そんなのに自分がつながってるような感じがしてさ、充実感っていうか、なんか、こう、しびれる感じなんだよねえ‥‥‥。まあ、そういう時代だったんだよなあ‥‥。
女全員  ‥‥‥。
長谷川  みんな、どうしたの?
あゆみ  長谷川さん‥‥、いくつなんですか?
長谷川  え? トシ? 五十八。
あゆみ  何年生まれ?
長谷川  昭和十七年。
あゆみ  え?
長谷川  終戦の年には、みっちゅです。
あゆみ  だって‥‥。
長谷川  ウソだよー。全部ウソ!
女全員  ‥‥‥。
長谷川  ‥‥あれ? ‥‥だから、特攻隊も、八絋一宇も、ぜーんぶウソ! デタラメ!
女全員  なーんだ!
みゆき  なんやの、それ!
長谷川  ごめん。‥‥でも、それにしても、ひでえなあ。ほんと、今の若い子って、全然時代感覚とかないんだねえ。‥‥乃木大将と知り合いだって言っても、信じるんじゃない?
みゆき  誰なん? それ‥‥。
長谷川  ‥‥‥。参りました。私が悪うございました。
みゆき  えっ? ほんま、誰なん?
あゆみ  日露戦争の人。日本史で習ったでしょ?
みゆき  え? そんなんあったっけ?
長谷川  もう、機嫌はなおった?
みゆき  え?
長谷川  けんかしちゃダメだよ。世界は一家。人類は皆兄弟。
典子・みゆき  ‥‥‥。
長谷川  ほんと、ひょっとしたらさ、俺たち、最後の人類なのかもしんないんだからさ。
菜々子  そういう言い方はやめて。気分が落ち込んじゃう。
あゆみ  最後ってことはないよ。きっと、他にもシェルターとかあるんだから。
タエコ  でも、テレビ、うつんないよ。
あゆみ  たぶん、電気とか、アンテナの関係でしょ。
タエコ  一ヶ月もたつのに?
あゆみ  阪神大震災の時だって、水道とか直すのに半年ぐらいかかったじゃない。
菜々子  このテレビが悪いんだよ。どうして衛星放送が入らないの? 外国の放送見れるかもしんないのに‥‥。
長谷川  ここ作った時には、衛星放送がなかったの!
みゆき  ほなら、ちょっと、試してみよか?
菜々子  え?
みゆき  テレビ。今日はいけるかもしれんで。
菜々子  もう、いいって。
みゆき  ほなら、もっぺん紅白見る?
みゆき以外  もう、いいって!
典子   あんた、ほんとに立ち直りが早いわね。
みゆき  あんたには言われとないわ!

   みゆき、テレビの前に座る。
   暗転。


   明かりがつく。
   タエコと長谷川がコタツに入って本を読んでいる。
   他の女たちはいない。

タエコ  ‥‥けっこう、冷えてきたね。
長谷川  ああ‥‥。
タエコ  ‥‥暖房入ってるの?
長谷川  入ってるよ。
タエコ  そう‥‥。
長谷川  ‥‥電気の容量、あんまり大きくないからな。
タエコ  お風呂使ってるから?
長谷川  それもあるかもな。

   静かな読書。

長谷川  ‥‥タエコちゃん、もう一枚着といたら?
タエコ  ‥‥うん。
長谷川  風邪、なおんないぞ。
タエコ  もう、熱は下がったから‥‥。
長谷川  そういう時にぶりかえすんだぜ。着とけよ。
タエコ  はーい。

   タエコ、去る。
   長谷川、本を読み続ける。
   やがて、タエコが戻ってくる。

タエコ  ほんと、冷えるね‥‥雪でも降ってんのかな?
長谷川  ‥‥かもな。
タエコ  つもってるかな?
長谷川  ‥‥さあ。
タエコ  ‥‥今年の冬は、寒くなるって言ってたよね。
長谷川  ‥‥そうだっけ?
タエコ  三ヶ月予報で言ってたよ。
長谷川  ふーん。
タエコ  ‥‥‥。

   長谷川は、本を読み続けている。
   タエコは、ミカンを食べる。

タエコ  ねえ‥‥。
長谷川  うん?
タエコ  クリスマス・イブの日、大雪降ったでしょ?
長谷川  ああ。
タエコ  あの日、おじさん何してたの?
長谷川  え? 何してたって? ‥‥何してたかな? ええっと、テレビ見てたんじゃなかったかな。
タエコ  ふーん‥‥さびしくなかった?
長谷川  え? ‥‥もう、クリスマスってトシでもないよ。
タエコ ‥‥おじさん、離婚したんでしょ?
長谷川  ああ。
タエコ  娘さん、帰って来たりする?
長谷川  来ないよ。
タエコ  二人とも?
長谷川  ああ。
タエコ  だったら‥‥。
長谷川  え? ‥‥ああ、さびしいかって?
タエコ  うん。
長谷川  それはないよ。もう、慣れっこだから。

   長谷川、本を閉じる。

長谷川  ‥‥何で、そんなこと聞くわけ?
タエコ  別に‥‥。
長谷川  そういう、タエコちゃんはどうなのさ?
タエコ  え?
長谷川  クリスマス・イブ。
タエコ  アパートでパーティやってた。
長谷川  彼氏と?
タエコ  ううん、会社の子と。
長谷川  アパレル関係の会社だっけ?
タエコ  うん。
長谷川  彼氏いないの?
タエコ  いたけど、別れちゃった。
長谷川  いつ?
タエコ  去年の十月。
長谷川  ふーん、そうなの。‥‥何年つきあってたの?
タエコ  短大の二年の時だから‥‥三年かな。
長谷川  結構長いね。
タエコ  うん。‥‥やっぱり、就職するとダメね。
長谷川  何が?
タエコ  だから、学生の時みたいに、しょっちゅう会えないし‥‥。それぞれの会社でつき合いもあるし‥‥。
長谷川  そんなもんかな‥‥。じゃあ、タエコちゃんの方がさびしいんじゃない?
タエコ  まあ、ちょっとね。
長谷川  そっか。

   二人、ミカンを食べる。

タエコ  クリスマスの日、国分寺の駅前で連続放火事件があったでしょ?
長谷川  そんなの、あったけ?
タエコ  一家四人が死んじゃったやつ。
長谷川  ええっと‥‥あの日は、二ュース、新宿の爆弾事件ばっかりだったからな。
タエコ  朝早く、五時半頃にあったの。それが、けっこう近所でね‥‥直線距離で二百メートルぐらい‥‥それで、消防車が次から次へと、十何台も走るの。三時過ぎまで飲んでたんだけど、みんな起きちゃって‥‥。
長谷川  へえ‥‥夜の火事って、すぐ近くに見えるんだよな。
タエコ  そうそう。窓開けたら、火の粉とか飛んでて、マジで恐かった。
長谷川  ‥‥新宿の爆弾さ、ここでも聞こえたんだよ。
タエコ  え? こんな離れてんのに?
長谷川  うたた寝したたらさ、何か、ドーンって低い音がしてさ、床もちょっとグラグラって来て‥‥環八でトラックでもぶつかったのかって思った。
タエコ  ふーん。
長谷川  ‥‥ほんと、年末年始、事件続きだったよな。
タエコ  うん。‥‥おじさん、「ノストラダムス・シンドローム」って信じる?
長谷川  どうかなぁ‥‥マスコミが、勝手にはしゃいでるんじゃない?
タエコ  私ね、なんかわかるような気もするの。
長谷川  え? タエコちゃんも爆弾しかけたの?
タエコ  ハハ‥‥まさか。でもね、「終わりがあるから生きられたのに」っていう感じは、なんかわかるな。
長谷川  それ言ったの、誰だっけ?
タエコ  都庁から飛び降りた人。
長谷川  ああ。‥‥でもさ、七十とか八十の老人が言うんだったらまだし
も、たかだか二十いくつの人間が、「終わりがあるから生きられた」なんて
ね。‥‥はっきり言って、甘えだと思うよ、おじさんとしては。
タエコ  うん、それもわかるけど‥‥。
長谷川  結局、何人死んだんだっけ?
タエコ  世界中で七万五千人。
長谷川  へぇ、そんなに。‥‥まあ、死にたいやつは死ねばいいけどねぇ‥‥何も正月から首くくるこたぁないんじゃないの?
タエコ  お正月っていうより、一九九九年の終わりだからさ‥‥。
長谷川  だから、世界の終わりだけが夢だなんていうのがさ‥‥いくら何でもおかしいよ。わびしすぎるよ。
タエコ  そうだけど‥‥。
長谷川  ひょっとして、タエコちゃんもその口?
タエコ  そこまではいかないけどね。
長谷川  ‥‥どうして?
タエコ  どうしてってことはないけど‥‥。あのさ、おじさん、生きててよかったなあとか最近思ったことある? ああ、俺生きてるなあって‥‥。
長谷川  そりゃ、ないよ。‥‥でも、そんなの、そうそうあるわけないじゃん。
タエコ  そうかもしれないけど。それだって、さびしくない?
長谷川  そんなのさびしいってたら、みんなさびしくなっちゃうじゃない?
タエコ  だからさぁ‥‥。さびしいんでしょ?
長谷川  俺はそうは思わないねえ。‥‥だって、それって、贅沢だよ。‥‥世の中ってさ、そんなに面白いわけないけどさ、それでもがんばってやってんだよ。それが、最低限のマナーって言うか、生きるってことじゃないの?
タエコ  ‥‥うん。‥‥‥。
長谷川  ‥‥なんかお説教みたいになっちゃったな。
タエコ  ‥‥‥。
長谷川  やめよっか?
タエコ  ‥‥うん。

   長谷川、ミカンを食べる。
   タエコもミカンを食べる。

タエコ  ‥‥でも、おじさんの言うことはわかるよ。
長谷川  そう‥‥。
タエコ  うん。

   二人、黙ってミカンを食べる。
   暗転。


   明かりがつくと、コタツを取り囲んで宴会をやっている。
   コタツの上には、缶ビールやつまみが置かれている。

みゆき  そやから、時差とかあるから、その国ではもうお正月やねんけど、まだ日本では大晦日やってんな。それで、その大統領は衛星中継で「紅白」を見てたんや。
タエコ  どうして「紅白」なの?
みゆき  え? そら、気分転換やん。落ち込んでる時は、やっぱり「紅白」やで。
あゆみ  その人、日本語わかるの?
みゆき  日本びいきの大統領なの!
長谷川  ちょっと、設定に無理があるな。
みゆき  とにかく、「紅白」見てたの! ‥‥それでな、歌が全部終わってしもて、「蛍の光」が鳴るやんか? それ聞いてたら、気分転換のつもりが、よけいに泣けてきてんか。
菜々子  それは、あなただけよ。
みゆき  うるさいな。みんな泣くの! ‥‥ええっと、それで、ただでさえ悲しいんやけど、これで一九九九年が終わってしまうって思たら、むちゃくちゃ悲しくなってきて、その大統領は、何か、もうパニック状態になってんか。それで、思わず「ヒバリ! カムバーック!」とか叫びながら、核ミサイルのスイッチを押してしもてん。
全員   ‥‥‥。
長谷川  ‥‥それで?
みゆき  それで、核戦争になったんやんか。
菜々子  そこで、どうして「ヒバリ! カムバック!」なの?
みゆき  そら、二十世紀を代表する歌手いうたら、美空ひばりやで。
菜々子  だから、どうして大統領が言うのよ。
みゆき  大統領いうたら、やっぱりそのぐらいの年輩やで。
菜々子  そういうことじゃなくって‥‥。
典子   ‥‥でも、案外そういうのって、あるかもしんないね。
菜々子  え! ‥‥ノリちゃん酔ってんの?
典子   だから‥‥みゆきの話は別にしてさ‥‥そういう風にノストラダムス・シンドロームで核ボタンを押す人はいるかもしれないよ。
菜々子  え‥‥だって、誰でも押せるわけじゃないでしょ?
典子   ほら、昔、雑誌とかに載ってたじゃない? アメリカとかソ連の指導者は、みんな占い師を雇ってて、選挙とか戦争の作戦とか、重要な事はみんな占いで決めてるって。
タエコ  え、ウソー。
あゆみ  それ、どんな雑誌?
典子   「文芸春秋」とか「プレイボーイ」とか。
あゆみ  ノリちゃん、そんな雑誌読むの?
みゆき  あんた、おっさんみたいやな。
典子   うるさいな。あんたには言われとないわ!
長谷川  まあ、その話は、さっきの「ヒバリ」の話よりは、多少リアリティがあるな。
典子   でしょう!
みゆき  そうかなー‥‥。
長谷川  あのさ、ロシアの怪僧ラスプーチンって知ってる?
菜々子  何、それ?
長谷川  第一次大戦の頃のロシアに、ラスプーチンって変な男がいたんだ
よ。そいつは、怪しげな新興宗教みたいなのをやっててさ、それにロシア皇帝のニコライ二世がはまっちゃって、政治がムチャクチャになっちゃったんだ。それで、ロシア革命が起こったんだって。
典子   そのニコライ二世って、大津事件の人でしょ?
長谷川  そうそう。
菜々子  ノリちゃん、よく知ってるね。
典子   私、受験、日本史だったから。
あゆみ  おじさん、えらく詳しいね。
長谷川  一応、大学で歴史学やってたから。
あゆみ  ふーん。‥‥そのヤスプーチン?
長谷川  ラスプーチン。
あゆみ  だから、その人の話、どういう関係があるの?
長谷川  だから、超大国の指導者ってのは、偉そうに見えててもさ、けっこう孤独で不安なんだよ。だって、そうじゃない? 自分のサイン一つで戦争が始まったり、ボタン一つ押したら世界が終わっちゃうんだから。これは、恐いよ。
菜々子  あ、それって、わかる! 押したらダメだ、押したらダメだって思ってると、なぜか押したくなるのよね。
長谷川  だから、プレッシャーがきついからさ、何かに頼りたくなるわけ
よ。神様とか、占いとか。
タエコ  ‥‥なるほどねえ。
みゆき  なあ! しんきくさい話はその辺にして、もういっぺん乾杯せえへん?
あゆみ  賛成!
菜々子  でも、もうあと一本しかないよ。
みゆき  新しいの持ってきたらええやん。
長谷川  おいおい、もうあんまりストックないんだからさ。
みゆき  ええやん、せっかくおっちゃんのためにやってるんやから。
長谷川  え? 俺のため?
みゆき  そら、そうやん。せっかくのバレンタインデーいうても、男、おっちゃんしかいいひんもん。‥‥しゃあないやん。
あゆみ  おじさん、ハーレム状態だねえ。こんなにピチピチギャルに囲まれてさ。
長谷川  何言ってんだよ。チョコレートの一つももらえないのにさ。
典子   ないんだから仕方ないじゃん。‥‥そうだ、おじさんに何かプレゼントあげよっか?
タエコ  何あげんの? なんにもないよ。
みゆき  みんなでキスしよか?
みゆき以外  え! ‥‥‥。

   長谷川、少し照れる。

みゆき  冗談やって! 何マジになってんの!
あゆみ  ‥‥そういうのって、タチが悪い冗談よ。考えただけで鳥肌立つじゃない!
長谷川  どういう意味だよ!
典子   とにかく、これで乾杯しよ。(と缶ビールを開ける)ええっと、六人だから‥‥
タエコ  一人、83・3ミリリットル。
菜々子  そんなのどうやって分けんのよ。‥‥じゃ、コップ半分弱ね。
みゆき  うわっ、セコ!

   それぞれのグラスにビールを注ぐ。

典子   みんな入った? ‥‥じゃあ、今度は何に乾杯しよっか?
みゆき  おっちゃんの貧乏性!
菜々子  日本びいきの大統領!
あゆみ  美空ひばり!
タエコ  ラスプーチン!
典子   何それ? 変なのばっかり。‥‥もう、何にもなし! ただの乾
杯。乾杯!
全員   乾杯!

   全員ビールを一口だけ飲む。

全員   フー‥‥。
みゆき  なんかもひとつやねえ。グイーッと一気にやりたいねえ。
典子   しょうがないわよ。‥‥ひな祭りパーティとかもやりたいしね。
みゆき  その時はおっちゃんは、ハミゴやな。
長谷川  えー!
あゆみ  いいでしょ、今日はハーレムなんだから。
長谷川  どこが!
菜々子  それ‥‥ハーレムっていうよりさ、ノアの箱船じゃない?
あゆみ  何それ?
菜々子  だから、もしよ、もし私たちが最後の人類だったとしたらさ、この部屋がノアの箱船になるんじゃない? ‥‥ここの六人が、新しい人類の先祖になるの。
みゆき  えー! 私たちがアダムとイブになるの?
菜々子  アダムとイブの話とは、ちょっと違うんだけど‥‥。
みゆき  そんなんあかんわ!
典子   どうして?
みゆき  そやから‥‥イブはまあええやん? で、誰がアダムなん?

   女全員、長谷川を見る。

みゆき  誰がおっちゃんの子供産むの?
典子   そっか‥‥。
菜々子  それも、そうねえ‥‥。
みゆき  な! そんなんやったら、もう人類滅んでもええわ。
長谷川  そこまで言うか!
あゆみ  ‥‥そうよ! それ、バレンタインデーのプレゼントにしない?
あゆみ以外  え?
あゆみ  くじか何かでさ、イブを選ぶの。で、その人がおじさんへのプレゼント。
典子   あゆみちゃん‥‥どうしてそんな過激な発想ができるの?
あゆみ  洒落よ、洒落。
菜々子  洒落になってない!
みゆき  そんなん、まるでいけにえやん! 人身御供やん! ‥‥おもろいわ、やろ!
みゆき・あゆみ以外  えー!
みゆき  でも、くじは単純やし、なんか、ゲームで決めよ! ‥‥そや、ババ抜きにしょ!
典子   みゆきちゃん!(タエコを見る)

   全員、タエコを見る。

タエコ  え? 私? ‥‥私だったら、いいよ。
典子   でも、ババ抜きは‥‥。
タエコ  じゃ、私、トランプ取ってくる。
典子   え。

   タエコ、去る。
   トランプを持って、戻ってくる。

タエコ  さ、やろ!

   タエコ、トランプを配り始める。

みゆき  なんか、ムチャクチャ気合いが入るなあ。人類の救世主を選ぶかと思うと‥‥。
菜々子  いけにえじゃなかったの?
みゆき  まあ、似たようなもんやん。
典子   何よ、それ!

   今、まさに世紀のババ抜きが始まろうとしている。
   暗転。



   夜中。
   中央のコタツで、長谷川が寝ている。他には誰もいない。
   そこに、コートを着て、カバンを持ったタエコが、こっそりとや
って来る。タエコは、黙ったままで、散らばっている本をカバンに入れたり、長谷川の顔を眺めたりしているが、やがて、テレビをつける。テレビのノイズ。やはり、何もうつらない。タエコは、リモコンで音を消して、そのままテレビを見ている。

長谷川  あれ‥‥起きてたの?
タエコ  あ、起こしちゃった? ‥‥ごめんなさい。
長谷川  ‥‥何してんの?
タエコ  テレビ‥‥。
長谷川  え?
タエコ  ‥‥やっぱりうつらないね。
長谷川 ふーん‥‥電気、つけたら?
タエコ  いい。‥‥いいから、寝てて。
長谷川  そう?

   長谷川は、再び寝る。
   タエコは、うつらないテレビを見続ける。

   静寂。

長谷川  ‥‥どうしたの?
タエコ  え? ‥‥別に。
長谷川  わざわざこんな夜中に見なくてもいいじゃない? どうせ、うつんないよ。
タエコ  そうだけど‥‥。トイレに起きたら、見たくなっちゃって‥‥。
長谷川  ふーん。‥‥変なの。
タエコ  ‥‥‥。
長谷川  ‥‥風邪、もういいの?
タエコ  ああ‥‥もう平気みたい。
長谷川  でも、あったかくしなくちゃ、またぶりかえすぞ。特に夜中は冷えるしさ‥‥

   長谷川、起きあがる。

長谷川  あれ、なんだ、コート着てんのか‥‥えらく用意がいいじゃん。
タエコ  ああ‥‥うん。
長谷川  うーさむっ! えらく冷え込んできたな。‥‥誰か、暖房切った?
タエコ  切ってないと思うけど‥‥見てこよっか?
長谷川  ああ、頼むよ。‥‥こんなとこで寝てたら、風邪ひいちゃうよ。

   タエコ、立ち上がる。

長谷川  あ、悪いけど、ついでに毛布一枚持ってきて。
タエコ  はーい。

   タエコ、去る。
   長谷川、コタツからテレビを眺めている。
   やがて、タエコが、毛布を持って戻ってくる。

タエコ  切ってなかったけど、「弱」になってた。
長谷川  もう、誰だよ!
タエコ  はい。(毛布をわたす)
長谷川  サンキュ。‥‥コタツに入ったら?
タエコ  うん。‥‥暖房入れて寝ると、朝、のどがカラカラになるんだって‥‥。
長谷川  ‥‥どこに行くの?
タエコ  え?
長谷川  だって、トイレ行くのに、こんなおっきなカバンはいらないだろ?
タエコ  ‥‥‥。
長谷川  ‥‥わかってると思うけど、外は放射能で一杯だよ。
タエコ  ‥‥でも、もう一ヶ月半になるし‥‥。
長谷川  だめだよ。その程度じゃ、残留放射能はなくならない。
タエコ  ‥‥‥。‥‥でも、核戦争かどうかわからないって言ったのは、おじさんでしょ?
長谷川  ‥‥そう、確かなことは、何もわからない。‥‥でも、その可能性は極めて高い。
タエコ  ‥‥‥。

   しばしの沈黙。

長谷川  ‥‥トランプ、負けたから?
タエコ  ‥‥まさか。
長谷川  そうだろうね‥‥。
タエコ  ‥‥‥。
長谷川  ‥‥さみしいから?
タエコ  ‥‥‥。
長谷川  ‥‥ノストラダムス・シンドロームかぁ‥‥。
タエコ  そうじゃない。
長谷川  え?
タエコ  私、自殺はしないの。
長谷川  ‥‥‥。
タエコ  結局、死ぬかもしれないけど、何にもわからないで死にたくない
の。
長谷川  どういうこと?
タエコ  だって、そうでしょ? 自分が何で死んでゆくのかくらいわかりたいじゃない?
長谷川  死にやしないさ。このシェルターは、一年は大丈夫だ。
タエコ  そういうんじゃなくて‥‥。
長谷川  ‥‥そういうんじゃなくて、何?
タエコ  ‥‥‥。
長谷川  何だよ? ‥‥はっきり言えよ。
タエコ  ‥‥何で生きてきたのかわかんないからさ、せめて、何で死 ぬの
かぐらいわかりたいの‥‥。
長谷川  ‥‥‥。
タエコ  ‥‥‥。
長谷川  ‥‥あと、半年、いや、せめて、あとひと月待てないかな。
タエコ  ‥‥‥。もう決めたから。
長谷川  どうして?
タエコ  ごめんなさい。
長谷川  ‥‥‥。
タエコ  ‥‥きれいだね。
長谷川  え?
タエコ  テレビ。
長谷川  ‥‥ああ。
タエコ  星がいっぱい飛んでるみたい。
長谷川  ‥‥そうだな。

   タエコ、ゆっくり立ち上がり、テレビの前にすわる。
   長谷川もすわる。

タエコ  こんな風に、暗い所で砂の嵐見るの、初めて。
長谷川  ‥‥‥。
タエコ  砂の嵐って言うより、一面の流れ星だね。
長谷川  ああ。

   二人、テレビを見続ける。

タエコ  あのね‥‥。
長谷川  うん?
タエコ  私、おじさんに出会えてよかったって思ってるよ。
長谷川  ‥‥ありがとう。
タエコ  ‥‥‥。
長谷川  ‥‥‥。

   二人、テレビを見続ける。

長谷川  ‥‥二〇〇一年宇宙の旅だな。
タエコ  え?
長谷川  おじさんの若い頃、そういう映画があったんだ。
タエコ  ‥‥どんな映画?
長谷川  SF映画なんだけどね、変な映画でね、セリフも何もなくって猿ばっかり出てくんの。
タエコ  何、それ?
長谷川  なんか人類の誕生のシーンらしいんだけど、あんまり長いんでさ、退屈して寝ちゃったんだ。‥‥で、しばらくして目を覚ますと、今度は宇宙旅行になってた。
タエコ  どうなってんの?
長谷川  わかんない。寝てたから。‥‥それで、今度はコンピュータが狂って、宇宙船が暴走したりするんだけど、星にたどりついたら、宇宙飛行士が、老人になったり、胎児になったりするんだよ。
タエコ  変な映画。‥‥それで、どうなるの?
長谷川  それで、おしまい。
タエコ  何なの、それ?
長谷川  よくわかんないんだけど、初めと終わりはつながってるとか、仏教の輪廻転生とか、そういう哲学風なことを言いたかったんじゃないかな。そういうの、流行ってたから‥‥。
タエコ  ふーん。
長谷川  ‥‥二〇〇一年なんて、ずっと先のことだと思ってたのにな。
タエコ  そうだね。
長谷川  それこそ、地球を脱出して、月に移住するなんてことにでもなったらさ、準備に一年はかかるだろうから、二〇〇一年になってるよ。
タエコ  ‥‥そうだね。

   二人、テレビを見る。

長谷川  ‥‥俺も‥‥行くよ。
タエコ  え?
長谷川  外。
タエコ  ‥‥どうして?
長谷川  ‥‥俺も、さみしいからさ。
タエコ  でも‥‥。
長谷川  アダムとイブだろ? 一緒に行かなくっちゃ。
タエコ  ‥‥そうね。
長谷川  そうと決まれば、行きますか?
タエコ  ‥‥‥。
長谷川  ちょっと待ってて、荷物取ってくるから。

   長谷川、去る。
   タエコ、テレビを見続ける。
   やがて、長谷川が戻ってくる。

長谷川  お待たせ。それじゃ出かけましょうか?
タエコ  ‥‥ほんとに、いいの。
長谷川  水臭いなぁ。‥‥いいってことよ。旅は道連れ、世は情け。‥‥
さ、行こう。

   長谷川、テレビを消す。
   タエコはコタツのスイッチを切る。

長谷川  忘れ物ない?
タエコ  うん。
長谷川  コタツ切った?
タエコ  うん。
長谷川  じゃ‥‥開けるよ。
タエコ  ‥‥うん。

   長谷川、ドアを開ける。

長谷川・タエコ  あ。
タエコ  ‥‥雪だ。

   雪が降っている。

タエコ  きれい‥‥。
長谷川  冷えるはずだよなぁ‥‥。

   二人、しばし雪に見とれる。

長谷川  ‥‥それじゃ、行きますか。

   二人、ドアを閉めようとして、室内を眺める。
   しばらく眺め続ける。

タエコ  ‥‥もう一枚着て行ったら?
長谷川  え?
タエコ  風邪ひくぞ。
長谷川  ‥‥こいつ!

   長谷川、ドアを閉める。
   舞台上一面に雪が舞う。
   いつのまにか、大きな月が出ている。
   『美しき青きドナウ』が、晴れやかに鳴り響く。

                                      
                          おわり

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