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胸躍るままにブルースを_08

四、グッド・リダンス

 僕の話を少々。

 僕は特徴も無い一般家庭に長男として生まれ、バブル期に入社した空港職員の両親の元で、少しばかり裕福な、でも金持ちでは決してない環境の中で育った。

おかげで欲しいものはある程度買ってもらえたし、好きなこともある程度やらしてもらえた。ある程度勉強もやらせてもらえて、偏差値と競争率がある程度高い学校に入り、ある程度女の子にモテた。

 そんな柔らかな環境がそうさせたは不明だが、確かに覚えているのは高校生の頃の十五歳、僕は心に一生抱える“わずらい”を持った。

“わずらい”にひれ伏した僕は部活動から逃げ出し、勉強を放棄し、親が逃げ出した友達の家でアイドルのポスターにダーツの矢を投げる日々を送るようになった。

その友達の家にあったホコリだらけのエレキギターが僕の“わずらい”の進行を更に加速させ、めでたく外道街道まっちぐら。僕は立派な社会不適合者になった。

しかし、ある程度優等生として生きてきた十数年は、“わずらい”に敵対する形で「ただの不良のままではいけない」という良心を生んだ。僕はどんどん音楽にのめり込み、歌を唄いまくり、曲を作りまくった。やりすぎて通院を余儀なくされる程身体を壊したこともある。

他のミュージシャンの何倍も努力し、その結果を「アイツはもう駄目だ」と見切った周囲に見せ付けてやろうと我武者羅になり、いつにまにかその音楽への姿勢に感銘を受けた仲間が集まるようになった。恋人になる前の麻里もその内の一人で、いつも僕が書く曲、唄う歌を楽しみにしていた。

 アルバイト先でギタリストの川畑に出会い意気投合しバンドをスタート。二年かけてバンドを三つ程潰し、四つめのバンドを始めようという時にお互いの知人(猿楽・ボンゾー)を呼び集め、パンクバンド『トナリノウサギ』を結成した。

そのたった半年後、このままアンダーグランウンドな空気感で荒々しいロックをやっていても先は見えない、しっかりとしたプロ思考のバンドに変わろうとミーティングの際に案が出た。

その時同い年で最年長の川畑と猿楽は二十八歳だったので当然の発案だろう。そこで、ボーカルに華を添えて曲調をもっとポップな路線に変えてゆこうとなり女の子のボーカルを募集したところ、僕の同級生の女子から美優を紹介された。

その可憐な容姿と歌の上手さにすっかり魅了された野郎四人は即刻加入を決定、僕のパートはボーカル・ギターからキーボード・コーラスに変わった。それは音楽での成功の為に望んだ形だったが、その美優の加入をきっかけに僕はだんだんと崩れていった。

 あれ程愛し夢中になっていた音楽が、今は憎い。






 ―「なんか警察側のコメントも曖昧なんですよね。やたら謝ってはるけど、肝心の当時者である警官の事情聴取後の進展がないでしょ?なんか隠してんちゃいます?」

 金髪で最近筋肉質になってきているベテラン芸人が、僕ら民間人が全く知らないお偉いさん方の前で躊躇なく鋭いコメントを発している。

 目を覚ますと彼はまだ横でスヤスヤ眠っていたので、音楽でも聴きながら珈琲でも淹れようと枕元のボタンを押したら間違ってテレビを点けてしまった。今までこういったホテルには何度か入ったことはあるけど、どこも同じような形で、どれも同じように解りずらい。

 昨夜飲んだお酒のせいか、寝起きのせいか、頭が重くしばらくボーっとしていた美優は、肌寒さを感じて散らかっていた薄手のシーツに裸のまま包まった。ワイドショーが報じている事件の現場は、馴染みのある町だった。

 「懐かしい・・・、楽しかったな・・・。」

 あの頃、ライブの次の日はいつも反省会という形でバンドメンバーとその町でランチを食べていた。メンバー同士の仲が良くて、大好きな音楽の話が出来る、同じ夢を語ることが出来る、ひたすら前向きだった日々。あっけなくその日々は終わってしまったけれど、確かに胸に刻まれたあの時の興奮や高揚は、永遠の青春になった。

 美優は俯き気味にゆっくり顔を左右に振り、体を包むシーツをほどいて、彼が昨日着ていた白い麻のシャツを裸の上から羽織った。女性としては小柄ではない方だが、身長一八五cmを超える彼のシャツはミニスカート丈のワンピースになった。

ケトルを手に取り、有料冷蔵庫のミネラルウォーターを沸かしてホット珈琲を淹れた。すぐに飲むと熱くて良くないので、テレビを消してチャンネル表を見ながら音楽をかけてみる。

 美優が選んだ洋楽チャンネルからは、スタジオから帰る夜道によく車で聴いていた THE 1975の『チョコレート』が流れ出した。両手で珈琲を持って聴き入っていると、いつの間にか起きていた彼が後ろからその手をそっと包んだ。

 「そんな袖が余ったワンピース着て熱い珈琲を持っていたら危険ですよ~?」

 「おはよう。ごめんね、気をつけます。」

 美優は少し目を潤ませて、彼に振り返り笑った。

 「美優、思い出しちゃったのかい?」

 彼はゆっくり、優しく小さい子に話しかけるように尋ねた。

 「うん、ちょっとね。でも大丈夫、私にはあなたがいるもん。あなただけがいてくれればそれでいいの。あ、珈琲を淹れるね・・・」

 そう言って自分の珈琲を置いて立とうとした時、彼は美優をそっと抱き寄せてキスをした。

 美優は持っていた珈琲を置いて、その手を彼の首に回す前にボタンを探り、有線のボリュームダイヤルを一気に回して音を大きくした。

 「ちょっと大き過ぎない?」

 彼がキスを中断して少し笑った。

 「朝に聴いても綺麗な曲なんだね」

 そう言って今度は美優から彼にキスをした。

 まるでライブ会場にいるかの如く大きな音で鳴る『チョコレート』の中で、二人は再びベッドに倒れた。―




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