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茶道スタートアップ       WACHAの誕生秘話⑤

2つ大きくあった夢のうち、1つ目について簡単にご紹介しましょう。

当時、大企業のなかで働く中ではっきり分かったことがありました。
・大きな事業の柱を育てるのには、最低10年かかること。
・強固な事業の柱を作るには、余裕のある自由な研究開発が不可欠であること。
アイデアをアイデアで終わらせないためには、最終的にはアイデアを社会実装化し、社会に浸透させて初めてアイデアが世の中に定着したことになること。(要は生活に当たり前のように浸透して初めてそのアイデアは社会に受け入れられた、または、変化を起こしたことになる)

そんななか、私はずっとスマートフォンの次は何が来るかを考えていました。
そしてそれが、私たちの生活を変え、行く行くは世の中のあり方を変えるのではないか?と、考えていました。

私は今で言う、ブレイン・インターフェイスを生活の中に浸透させるアイデアを思いつきました。元々精神医学や心理学が好きで、そのような分野に進みたいと考えていた時期もあり、人間の脳と精神の結びつきについては密かに長年興味のある分野でした。
今でこそブレイン・テックという言葉などが流行っていますが、まだそういうことがさほど注目されていない時期でした。

私は、脳波を計測する耳の装飾具(イヤリングに近いモノ)を考え付き、
また、それをどう役立てれば自分含めた人々の生活が豊かになるかを考えました。アプリと装飾具を連携させ、計測したデータをログとして管理し、また、装飾具よりアルファ波など、自分の生活状態にあわせて特定の脳波がでるように、装飾具から超音波が出るものを発明しました。自ら個人で出願した当時の特許を、今でも保有しています。

私はこれを使うことで、自分の多忙な生活をコントロールするだけでなく、個々人の脳波の形態を数種類にカテゴライズ化し、マッチングアプリのように、自分に近い脳波のひとを探したり、または、自分と異なる脳波のひととマッチングすることによって、恋愛・ビジネスなどのチームビルディング的な用途に応用することを考えていました。ゆくゆくは集めた脳波データで膨大なプラットフォームを作り上げることができれば、インターネット上のプラットフォームを凌駕する、世界的にも、社会的にも、多くのひとの役に立つと、また、自分の所属する会社の大きな事業の柱になると、信じたのです。

私は脳に関するあらゆる医学論文などを読み漁り、自分の考えていることに間違いはなく、また、将来性があるという確信を抱きました。ただ、問題だったのは、あくまでも私は一社員でしかなく、その分野の専門家ではないので、とても会社でそのことを発表しても、相手にされないと最初は思い、外部のビジネスコンテストにダメ元で出してみたのです。

そうしたところ、東京都のビジネスコンテストに採択されました。
ただ、いざ実際に作るとなると、どうしてもテクノロジー含めた技術力が必要で、結局は大企業と共創しない限りは、実現可能性の難易度が限りなく高いとの結論に達しました。

そんな私に、同期が自社の新規事業と関わりのある方と繋いでくれたのです。

次回に続きます~~(下記は参考までにイーロン・マスクが始めたニューラリンクについての解説記事ですが、私が着手した時は、こちらよりもかなり先行していました!笑)




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