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プレイアブル 026『感謝』

ここ数日、自分の中の色々な想いを中心に書き出してきた。

文字にするもの形に出たモノたちは
どんなものでも、残っていく。
消さない限り残っていく。

自分でも見返してみて、色んなことを感じた。

その感じたことをしっかりと糧にして、進んで行きたい。


コロナ禍と共に疎遠になりがちだった知人と久々にたくさん話すことが出来た。
自分自身の今まで言えなかった本音や葛藤を素直に話すことが出来た。普段なら嫌われてしまうと思って怖くて言えなかったことも、素直にたくさん溢れ出てきた。それなのに、否定せずに『それは辛かったね』『分かるよ』『自分もそういうことあったよ』『大丈夫だよ』と、一つ一つ共感して貰えた。涙が止まらなかった。同時に『すごく素敵な個性を持っているし、元気を貰うこともある。それを輝かせられるように祈ってるよ』『幸せになって欲しい』『いつでも話を聞くからね』と言って貰えた。

こんなに心の底から救われたと感じたことはいつぶりだっただろうか。もしかしたらここまでの本音を人に言えたのは初めてだったかも知れない。人の心に寄り添う人の器の広さ大きさに、言葉に言い表せないあたたかさを感じた。

まとまらない想いを吐露した後『人を立てる時は自分を滅しなければならない。自分が出る時は人を滅してしまうのではないかと不安になる。っていう二者択一の捉え方をしているってことだと思うんだけど、ライブの歌手みたいに、みんなで行くぞー!!って一緒に楽しめるっていう選択肢もあるんじゃないかな?』と言われ、何か大きく息を飲むような世界が一瞬だけ見えた気がした。

『壁を越えていく時こそ辛いことにぶち当たるから、今すごい正念場に居るってことかもしれないね!踏ん張り時だ!!』
その言葉に力を貰えた。

ずっと、人を救えるようにならなければならない、人に優しくできる人間にならなければならない、そうでなければ、、と思って来たけれど
私にとって何より大切な努力は、信頼できる人に素直に心の底から甘えられる選択肢を人生の中で少しずつ赦して増やせることだったのかも知れないなんて思ったりした。もちろん前に進むための一呼吸としての甘えだけれど。
辛い時は辛いと素直に甘えて、苦しい時は苦しい、辛い時は辛いと素直に話して良い場所や人を見つけていく努力、と言えば良いのか、意識と言えば良いのかよく分からないが、そういう選択肢を安心して持っても良いのだとこの歳になって初めて感じられたのは本当に有難く生きてて良かったと思えた。
自分でできることを少しでも増やせるように。全てを糧にしていきたい。不器用だし、未熟だし、だけど、ちゃんと等身大の言葉で、等身大の想いをこれからも書き続けていきたい。間違えることも沢山ある。すぐ気づける間違いもあれば、そうでない間違いもひょっとしたらあるかも知れない。でも、気づきには常に敏感でありたいし、失敗をしても素直にそれを認められる謙虚さを持っていたい。不安でも怖くても、間違ったことを誤魔化さずに、真っ直ぐに誠実に謝って行動を変えられるように。一歩一歩、確実に歩みを残して行こう。

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