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大きいミニチュアは、幸いである。『キングコングの逆襲(1967)』

ミニチュア特撮好きには感涙の一作。しかしその実、陰の主役は天本英世だったりもする。




写真でしか知らない子供にも通じた、「別格」の威風

本作は、日本の"特撮の神様"こと円谷英二が手がけた最後の映画であって、とくに特撮シーンの出来ばえについて未だに語り草になっている作品であります。ですから、クラシックな特撮ファンにとっては、もはや必修の作品と言ってよいでしょう。

本作についての私の原体験は、子供の頃に見た怪獣図鑑の本にさかのぼります。
90年代当時は配信サービスなどなく、レンタルビデオ店に置かれていない作品は視聴する手段が無い、という時代でしたから、私のような後追いキッズが本作のような作品を観る手段はなく、おのずと図鑑などの本から知る情報に限られることになるわけです。

その東宝怪獣図鑑では、歴代のゴジラをはじめ、たくさんの東宝怪獣達がスチル写真とともに紹介されていましたが、とりわけ本作の紹介ページは異彩を放っていました。
写真だけでも伝わるほど、着ぐるみやセットの「出来の良さ」がうかがえたのです。

キングコングは、前作『キングコング対ゴジラ』の時よりも原典に近い、類人猿らしい体型と顔つき。

腕が長く、顔立ちや毛並みも実際のゴリラやオランウータンに近づいた印象。

恐竜ゴロザウルスの、牙、鱗、皮膚のシワなどの生物感あふれるディテール。

当時の着ぐるみで、これほどの質感が出せるか。東宝特美の表現力よ。

そして『元祖・ロボット怪獣』とも言えるメカニコングの、60年代にしてはかなり洗練されたデザイン。

西洋甲冑やオズのブリキ男ベースのデザインではあろうが、曲線的な部分が妙にモダン。

どれも同時代の他の怪獣よりもリアルで恰好よく、『この映画は、どうやら別格のクオリティらしいぞ』と、幼心に期待を膨らませたものです。

そして実際、大人になって本作を観てみたわけですが、まったく期待を裏切られることはありませんでした。
当時の東宝の技術力が遺憾なく発揮されており、またキングコングへの愛にあふれている、実に愛すべきマスターピースです。


名作ぞろいの60年代東宝特撮の中でも出色の特撮

本作の特撮は素晴らしいのですが、本作ならではの美点は、何より「スケール」にあると思っています。

本作では、怪獣達の設定上のサイズが小さく、ゴジラやウルトラマンといった、見慣れた巨大怪獣の半分程度のサイズに設定してあるのです。
しかし、人間が着ぐるみで演じる撮影技法そのものはゴジラと変わりませんから、相対的に怪獣を取り巻くミニチュアセットが、およそ2倍の縮尺で作られているわけです。
ここがミソとなっています。

そもそも、特撮におけるミニチュアというものは、「作り物を本物に見せかける」目的のものですから、サイズはなるべく実物大に近く、大きく作った方が良いに決まっています。
サイズが大きければ、より細部まで作りこむことができて精密感も増しますし、被写界深度や空気遠近法、水や砂の粒子の大きさといった、撮影上の障害もクリアしやすい。いいことづくめなのです。

同じく円谷英二の晩年の作品『フランケンシュタイン対地底怪獣』でもそうなのですが、『ミニチュアはデカければデカイほど良い』という事実をまざまざと見せつけます。

この増上寺のセットの巨大さ、お分かりでしょうか。

また、戦車や車の存在感も素晴らしいものです。
やはり、サイズが大きい恩恵がここにも表れています。
ゴジラサイズのミニチュア特撮では、戦車はとても小さく、怪獣が足で踏みつぶせる程のミニサイズであり、内部に動力を仕込めないので、ピアノ線などで外部から操演するのがセオリーです。
しかし、本作ではサイズが大きいため、戦車の車体にラジコンで操作できる動力が仕込まれており、本物のように自在に動き回ってくれるのです。そのゴージャスさときたら!
さらに、戦車の車体が大きいので、カメラ視点よりも高いアイレベルに砲塔が来るなど、「実際に観客がその場所にいたら、こう見える」を追求した映像表現としても秀逸な出来だと思います。

スケールが大きく精密なミニチュアを組み、そこにスモークを焚くと空気遠近法が強調され、一気にリッチ感が出ます。この映像体験はとんでもなく贅沢です。


港湾で、自動車と並走するコングのカット。奥行き感や、見切れないレイアウトも素晴らしい。



あまりにも、あまりにも、天本英世。

ところで、さんざん褒め称えておいて難ですが、正直なところ本作のストーリーは凡庸だと思います。

同時代の作品からほぼ類推できる範疇のネタばかりであり、ありがちな設定だらけだと言われれば、返す言葉もありません。また、その気になれば、いくらでもツッコミどころが見つかることでしょう。

じゃあ、本作は古典的特撮技法だけが素晴らしく、一方のドラマ本編に見るべきところはないのか?

答えはノー。
なぜなら本作には、天本英世がいるからです!

彼の演ずるのは、悪の天才ドクター・フー
しかし、電話ボックスで時空を旅しながら転生を繰り返す異星人ではありません。
学会から追放され世界征服をたくらむ、典型的悪のマッドサイエンティスト。そして、もし「マッドなキャラクターが得意な俳優」番付があれば、横綱間違いなしの天本英世が、そこにキャスティングされているわけです。
だいたいお察しの通り、水を得た魚のごとき怪演を魅せてくれます。


守りたい、この笑顔。

何しろ、本作の天本英世は、ただの天本英世ではございません。
同年公開の『日本のいちばん長い日』で、声も枯れよと鬼気迫るすさまじい演技を披露していた、あの時期の天本英世なんです。

けっこう怪獣バトル成分が多めの映画ではあるのですが、特撮パート以外の印象は8割がた天本英世の悪役オーラあふれる笑顔で埋め尽くされており、それだけで至福の体験ができます。

この天本英世の笑顔の前では、物語のツッコミどころなどは些細なことではないでしょうか。

私はそう思います。










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