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25.この時間がずっと続きますように。/渡会さんは毒を吐きたい

本編

 来宮神社の大楠。

 国指定の天然記念物である。

 樹齢は2000年を超え、本州にあるものではもっとも古いのだという。

 そんな御神木にはいくつかの言い伝えがあるという。

「寿命が伸びる……ですか?」

 渡会(わたらい)が首肯し、

「ええ。この大楠の周りを一周するごとに一年、伸びるそうよ」

「マジすか?」

「そうらしいわよ。公式サイトにも書いてあるもの。それから、心に願いを秘めながら一周するとかなう……とも言われているらしいわね」

 四月一日(わたぬき)は改めて目の前にある大楠を眺め、

「この周りを、ですか?」

「ええ」

 にわかには信じがたい。

 四月一日は基本的に、自分の力が及ばない部分に関しては、余り信じない質だ。

 もちろん、神や仏といった類のものを否定するわけではない。ないが、じゃあこの周りを何周もしたからと言って寿命が伸びるとは思わないし、ましてや願いが叶うとも思えない。

 それらは、元から寿命が長かったり、願いをかなえる力がある人間だったのだろう、としか思わないのが実情だ。

 と、いうことを、ざっくりオブラートに包んで渡会に話すと、

「はっ。ロマンの無い男ね」

 鼻で笑われた。ロマンの欠片もない性格をしている人のいう台詞ではないと思う。
 とはいえ、

「でも、2000年ってのは凄いですね……まだ狩猟だの農作物だのっていう時代じゃないですか?2000年前」

「そうね。そんな前からずっと、一度も枯れずにこうやって存在しているのよ。ちょっとした奇跡を起こすパワーがあってもいいと私は思うけどね」

 渡会はそう語りながらじっと大楠を眺める。

 その視線はあくまで真剣だ。本当にそんな力を信じているのだろうか?それとも、

「さ、お参りをして、一周回ってみましょう?」

 渡会はそう告げると、大楠の前に供えられた賽銭箱へと向かっていく。四月一日もそれに従う。二人はほぼ同時に賽銭箱へと硬貨を入れ、

 ぱん!ぱん!

 柏手二つに、礼が二つ。もう一つ柏手を打ち、お参りをする。

 やがて、四月一日が顔を上げると、

「…………」

 そこには真剣にお参りをする渡会の姿があった。

 珍しい……というより、初めて見たかもしれない。ここまでの真剣さを持っているのは。先ほどのお参りもそうだったが、そこまで信心深かったのだろうか?

 やがて渡会は顔を上げて、

「さ、回ってみましょ」

 とだけ言い、大楠の周りに整備された遊歩道へと足を向ける。四月一日もそれに従って小さな円を描くようにして、大楠の周りを一周する。

「ねえ、四月一日くん」

「なんですか?」

「四月一日くんは何をお願いしたのかしら?」

 先ほどと同じ質問。

 けれど先ほどとは違って、からかうような空気は感じられない。

 ただ、

「秘密です。そういう渡会さんは何をお願いしたんですか?」

「そうね……」

 ふっと振り返る。一筋の風が吹く。

「…………が、ずっと続きますように」

 渡会の声は、半分以上風でそよいだ草木の音にかき消される。それでも聞き取れたのは「ずっと続きますように」という言葉。一体何がなのか。

 四月一日が、

「何ですって?」

「もう言わないわよ。ほら、行くわよ四月一日くん」

 そっぽを向いて、歩き出す渡会。その顔はどこか満足げだった。


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