試行錯誤中のマネージャー必読 櫻田 毅著『管理職1年目の教科書 外資系マネジャーが絶対にやらない36のルール』

 多くの新米マネジャーが「自分なりのマネジメントスタイル」の確立に悩んでいることだろう。私もその一人。この世の全てのことに個々人の向き不向きはあり、生まれつきのカリスマは存在する。スティーブ・ジョブズ氏や孫正義氏、最近だと大谷翔平選手。こんな人たちは、放っておいても人がついてくるように見えるし、自分はこうはなれないなと諦念をも持つ。確かに数万人を束ねるような組織のトップになるには、カリスマ性が必要かもしれない。私にはそれはないので、大企業のトップにはなれないし、なるべきではないかもしれない。それでも部門のトップくらいはめざしたい。そのためには、人を動かす能力が欠かせない。苦手だとばかり言っていられないのだ。そこで、今年はその習得を個人的な重大テーマに掲げ、実務での試行錯誤とともに、多くの書籍を読んでいる。本書はその手のノウハウ本の中では、トップクラスに腹落ちするものだった。このタイミングで巡り会えて幸運である。本書の36のルールをしっかり実践すれば、憧れの上司像に一歩近づけると確信している。

 第1章は「迅速な意思決定のルール」。本章は私にとって一番の改善ポイントである。過去のほぼ全ての上司から、異口同音にお前は完璧主義すぎるという指導を受けてきた。もちろんいい意味ではない。出てきたアウトプットは評価するが、スピード感が足りないということだ。もちろん自覚はあるが、中途半端なアウトプットを出して、後始末に時間が掛かった経験が何度もあり、改善が難しかった。しかしマネジメントが判断を止めると、チーム全体のボトルネックになる。素早い判断をすることは日頃から意識して身に付けなければならないものであり、その取り組みが訓練になる。また、判断を早めるには、目的と判断基準を明確にする習慣が必要である。こうしたことは意識的に強化したい。

 第2章は「ムダなく仕事を進めるルール」。締め切りまで間がある資料作成の着手には、どうしても腰が重くなる人も多いだろう。私もその一人。しかし本章はひとまず着手し、全体構成と分量を把握しておいて、必要な情報は早めに依頼する、というルールを掲げる。これは実際に私もやってみて効果を実感したので、多くの人に試してもらいたい。その他、会議では誰が何を決めるのかを明確にすること、会議の最後に誰が何をやるのかを確認し自分で意思表示させること、部下へのフィードバックはその場でタイムリーに行うこと、ルール設定・運用時には趣旨を意識すること、仮説思考で仕事にあたること、といったルールは、すぐに仕事の質を高めるものである。そうした上司の姿が、部下のレベルを上げることにつながる。

 第3章は「スピード感を生む時間活用のルール」。部下には“nice to have”をやめて“must have”のみやらせる。この言葉は多くの日本企業にとって重い。部下にはいた方がいいから、あった方がいいからという理由で会議の同席や資料作成をさせるのをやめ、絶対必要なことのみに注力させるということだ。戦略とはやることと同時にやらないことを決めることだと頭に叩き込まなければならない。この他、考える時間は事前にブロックすること、出張報告書は事前に半分以上完成させ、必要なことを明確にした上で出張すること、締め切り間際の滑り込みをやめ、寝かせる時間をもたせた日程管理をすること(但し、本当に短納期が必要と判断した場合はスピード優先で送るといった勝負どころの見極めが重要)、といったルールは過去にやってみて効果を実感したが、中々習慣化できなかった。今度こそ習慣化したい。

 第4章は「成果につながる権限委譲のルール」。本章は、駆け出しマネージャーにとって、これができれば一人前、という一段レベルの高い視座を提供する。部下に口出しをせず全て任せるマネジメントを取る上司は多い。しかし、正しい課題認識をさせないと部下の成長は覚束ないし、判断基準を明示せずに権限委譲をすると部の方針と沿わない方向に動く危険がある。そもそも部下だって途方に暮れる。丸投げと権限委譲は似て非なるものなのだ。また、顧客にも上司にも真のニーズを考えて仕事し、メリットを提供することが重要である。文字にすれば当たり前だが、しっかり意識したいポイントである。

 第5章は「高生産性人材を育成するルール」。部下の育成がマネージャーの仕事であることは論を俟たない。そして、その中心はOJTだ。では、具体的にどうOJTをするのか。多くの場合、それは個々人に任せられている。そのため、方法論が中々確立せず、途方に暮れるマネージャーは多いことだろう。本章ではそこに一つの解を提示する。すなわち、なぜ失敗したのか、なぜ成功したのかを部下に言語化させること、通常業務の中で上司がなぜこの判断をしたのかを考えさせ、答え合わせすることだ。部下もいずれ上司になる。そのためのケーススタディを繰り返させるということだ。なんせ自分自身が思い悩んだ事例であるがゆえに、臨場感たっぷり。記憶に残り、身になることだろう。そして、本章の目玉はもう一つ。人材育成はボトム人材とトップ人材のどちらを伸ばすか。ボトムアップが大事とされがちだが、本章ではトップを伸ばすことで周囲に刺激を与えるべきだとする。ボトムは周囲が引っ張り上げられるが、トップを伸ばすのは上司にしかできない。一握りのスーパーハイパフォーマーが組織全体を一段上に連れて行く。

 第6章は「最強チームを構築するルール」。総仕上げの章である。ここまでできたらマネージャーどころかダイレクターにだってなれるだろう。チームの行動原則を3つを限度に浸透するまで伝え続ける、チームの存在意義を明確にする、チーム全体がリーダーシップを発揮できる組織にする。言うは易く行うは難しだが、長い期間会社員である方ならこれらの重要性は納得できるだろう。また、実務能力の高い上司のいるチームでは、往々にしてメンバーの自主性が欠けてしまうことがあるが、その対策として、相談時には上司がYesかNoかで答えられる質問にすることというYes/Noルールを提示する。これは自分が上司に相談するときにも是非意識したいポイントである。

 不確実性の高い世の中と言われて久しい。そこで勝ち抜いていくためには人材が最重要だと言われる。そのためには、マネージャーの役割がとてつもなく重い。しかし、その重さの割に、マネージャーのやり方を明示的に教わることは非常に少ない。マネジメントのスタイルは人それぞれだから、という考え方も理解できるが、基本的な型や明らかな間違いはあるはずだ。本書はこうした型を身に付けるのに最適な一冊。「おわりに」に書いてある通り、自分にとっても部下にとっても「時は命なり」。そうした想いを持ってマネジメントをする方が我が国に増えれば、個々人の資質と勤勉さが高いレベルにある我が国はもう一段の高みに到達できると信じている。本書はマネジメントに自信を持てない新米管理職がこのような好循環を生むために、また、自分の型のあるベテラン管理職の方にも、自分を省みるためにオススメの1冊である。

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