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山伏と歩いた立山

立山駅発のケーブルカーを美女平駅で降りると、室堂行きのバスに乗り換える列に山伏姿の二人が私の前に並んだ。
「写真を撮ってもいいですか?」の問いに「はい」と快く返事をしてくれた二人。好印象で話し易そうな雰囲気だったので、バスの乗車時間まで色々と話をすることができた。

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30代と思われる二人は山岳信仰として御嶽山を根本道場とする御嶽教神道の神社にお勤めされている神職さんで、立山への修験登山(登拝)は今年だけで既に五度済ませ、今回で六度目になるとのこと。
私がいつか歩きたいと思っている大峯奥駈道(奈良県吉野と和歌山県熊野を結ぶ約90㎞の山岳修験古道)も歩かれたそうで、その道のりや迷い易い個所、険しい難所、野営可能な場所なども教えて頂けた。
今回、私が剱岳を目指して4日間立山連山周辺にいる予定と伝えると、日本三霊山(富士山・白山・立山)はとても偉大な存在であるのは勿論だが、神が宿る信仰の対象とされている峰々の中で、その険しさが際立つ剱岳も特別な存在だと教えて下さった。
なかなか天候や日程が合わず、お二人共まだ剱岳には登れておらず、明日以降は台風の影響が心配なので今回も剱岳には向かわず日帰りで立山の雄山(おやま)を登り、明日は白山へ登る予定とのこと。
山伏はそれ程までに鍛え上げらた健脚で韋駄天でないとアカンのやわ!と感心し「えっ!白山も日帰りですか?」と尋ねると、流石に白山山頂の奥宮を参拝し日帰りで麓に下山するのは厳しいようで、白山の室堂平に建つ山小屋・ビジターセンターに宿泊されると聞いて少し安心。
バスを乗降車する際にお互いの無事登頂と下山のエールを交換。私は剱澤のキャンプ場を目指す、はずだったが、台風8号の影響は予想以上に大きいようで急遽予定を変更。テント泊用に準備した水や食料、テントや寝袋が入った重いリュックをロッカーに預け、初日は取り敢えず雄山・大汝山・富士折立の立山三山を登ることにした。

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リュックが60ℓの大型から10ℓのトレラン用に替わると、何も背負っていないと思えるほど身軽で足取りも快調になり、程なくして先を行く山伏のお二人に追い付いた。
チリンチリンの鈴の音と共に「ムー◆x△x、アー◎x▽x、ダーx□x▲、ソワカ」と山伏二人は低い声でゆっくりしたリズムと独特な音程で呪文を唱えながら雪渓を進んでいく。
いままでテレビで何度か見たことがある「サンゲ サンゲェ ロッコンショウジョー(懺悔懺悔六根清浄)」を早いリズムで大声を張り上げて賑やかに山道を進む山伏修行の姿とは対照的で、一音ずつ、又は一語ずつ区切り、ゆっくりと唱えられる呪文を一人が発するともう一人が復唱(輪唱)しながら静かに進んでいく。
後ろで聴いているうちに、一人目が唱えた音をもう一人が復唱する際、私も心の中で復唱し始めており、ついさっきまで速足だった歩調も二人に合わせて自然とゆっくりになったばかりか、心も穏やかになっていくように感じて面白かった。
やがて祠(ほこら)が現れると二人は立ち止まり、先ほどの輪唱ではなく、二人声を揃えて呪文(お経)を唱える。唱え終えるとまた山道を歩き、雪渓を越え、次の祠が来ると立ち止まり、お経を唱える、を繰り返す。
私に気付いたお二人は目礼して笑みを浮かべて下さったが、お経を止めることなく唱え続ける。私もなるべく邪魔にならないよう、少し離れた後ろを歩かせていただいた。

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一ノ越を過ぎ、勾配がきつくなっても先ほどと同じゆっくりしたリズムと独特な音程(敢えて例えるなら子供の頃に聞き覚えがある「さ~お~、さぁ~お~」の竹竿売りや、石焼き芋を売る軽トラの拡声器から聞こえる「い~もぉ~、や~きぃ~い~もぉ~」みたいなゆっくり調子)で二人の輪唱が続き、全ての祠に立ち寄り、呪文のようなお経を唱える。
険しさが増す山道で、二人が飲物を取り出し休憩をとったので「お聞きしてもよろしいですか?」と了解を得た上で、唱えられている言葉・真言・お経は何かと尋ねた。
ダラ、とか、ダラニと言います」
「それは真言とかマントラみたいなものですか?」
「はい、そうですね、まぁ、マントラ、ですね」
「何度か同じ言葉というか、音が繰り返して聴こえたように思えたんですが」
「はい、どちらかというと、短いマントラというよりは、少し長めお経をゆっくり何度も繰り返しています」
「それは般若心経のようなものですか?それとももっと長いお経・・」
「いえ、般若心経より少し短いのですが200文字は超えています」
*般若心経は『摩訶般若波羅密多心経』の題字を含めて276文字

ダラ?またはダラニ?
曼荼羅のダラ?? 奈良・天川村に宿が軒を連ねる洞川温泉で売られている陀羅尼助丸(自然の生薬を使った大峯山伝統の胃腸薬)のダラニ???
聞いて確かめたいことはどんどん膨らんだが、修行の邪魔をしてはいけないので「教えて下さり、ありがとうございます」と礼を述べ、少し離れたところでお昼休憩をとることにした。
お二人は雄山の山頂に向けてどんどん登っていく。すると急に山伏が呪文で雲を呼び寄せたかのように霧雲が流れ出し、二人の姿が霞んでいくが鈴の音だけはチリンチリンと聴こえてくる。
おぉ~、この光景はきっとお二人の霊力に依るものに違いない。

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もしかすると、立山の秀麗さと同類の気品を備えた若い山伏から、 青い空と繋がる超自然(スーパーナチュラル)なこの山は神がいる神聖な処!というメッセージを私が受け取った瞬間だったのかもしれない。

山頂近くで再び二人に追い付き、石や岩がゴロゴロした斜面を足袋で登るのはさぞかし足裏が痛いのでは、と気になっていたが「アスファルトの上を駆け巡るだんじり祭りでも履かれている足袋と同じモノで、足が痛くならないようにソールにはエアクッションが入っていて」とソール部分を見せてくださり、「四国のお遍路も運動靴よりもこの足袋の方が足底の擦り減りが少なくていいですよ」とアドバイスを下さり、想像していたよりもお手頃価格で「通販で買えます」とまで教えて下さった。

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雄山神社本宮がある山頂の祠でダラニを唱えて下山されるお二人と、この先の大汝山へ進む私は山頂手前で分かれたが、その後も二人がゆっくりと輪唱しながら繰り返す真言の音や独特の波長が私の脳内で響き続けた。

そのお陰で、数日前に山友が唄う『失恋記念日』(石野真子歌 阿久悠作詞 1978年大ヒットした曲)を聴いて以来ずっと耳元で流れていた「♪のんのんのの~ん♬」のメロディが山伏のマントラに上書き変換され、身も心も浄化された気分だった。

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写真は雄山神社本宮から見えた大雪渓、奥が黒部ダム方面

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下山後調べてみるとダラニは 「保持する」「能持(能く保つ)」「総持(総てを持つ)」という意味のサンスクリット語「ダーラニー」が語源。仏教で用いられる呪文の一種。陀羅尼と漢字が当てられたそうです。
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山伏は日本各地の霊山と呼ばれる山々を歩き、日常生活から離れた「他界(=山岳)」で厳しい苦行を積むことで悟りを開き、山や自然の霊力を身に付ける(=ダーラニーする・総持/能持する)事を目指す者で、更にそこから衆生の利益、無病息災や平和を祈ることが大きな目的とされているようです。
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役小角(えんのおつの・えんのぎょうじゃ)が開祖とされる山岳信仰や霊場、修験道には以前から興味があり、山を歩いていると役小角とゆかりがある地の多さによく驚かされますが、こうして実際に山伏の方と歩き、話をお聴きできたことは初めてで、神通力や天狗のように山野を駆け巡る超人的な能力の持ち主、というイメージではなく、とても人間味(優しさや温かさ)があり、穏やかな話し方が印象的な修験者さんでした。
台風の影響で急遽予定を変更し、剱岳も断念する結果になりましたが、山伏が修行する姿をそばで見ながら立山を登ることができ、とても貴重で有難い体験になりました。

最期までお読み下さり、ありがとうございました。

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