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こまっつあんと社会の窓 │雑記│

私はコピーライターという仕事をしている。
主に広告の文案や絵のアイデアを考えたり、
その中の文章を書いている。

たまに営業用に過去の仕事をまとめる。
ある程度、キャリアを積むと得手不得手に関わらずクライアント(広告主)の傾向が見えてくる。

私はやりたい事に対する、
こだわりが弱いためか、
クライアントの業種に統一感がない。

百貨店からコンビニチェーン、
アパレルから住宅会社まで。

ベビー用品店・電気屋さん、
葬儀屋さんから結婚式場まで。

エネルギー関連企業から、
町のリフォーム屋さんまで。

長い間レギュラーを担当した結果、
学校の仕事も多く、時間をおいて見返してみると、
その頃、感じたことを思い出した。
「そういえば最近の先生って、みんな小ぎれいだなぁ」という印象を。みんながみんな特別オシャレではないけれど全体的に清潔感がある。

・・・その流れで思い出した。

私の中高生の頃。
圧倒的に不潔な先生たちを。

あの頃は、今よりもっと学校は閉鎖的で、
社会とのズレが大きかった。
それでも大きな問題にならなかったような気がする。そのズレを象徴していたのが先生たちの服装なのかもしれない。

・・・その流れで思い出した。

「こまっつぁん」

そう呼ばれていた男性教師。
見た目は故・横山やすしさん
(漫才師で西川きよしさんの相方)と
ニワトリを足してわったような顔立ちと雰囲気。
(ヘッダー画像はこまっつぁんイメージ)

その、こまっつあん。

ファッションは、
いつも黄ばんだ水色ジャージ、
もちろんセットアップだ。
両肩には粉雪のようなフケ。

手にはだいたい竹刀。足元はこげ茶のサンダル。

一部の生徒には恐れられて、
一部の生徒には愛されていた。

・・・その流れでさらに思い出した。

こまっつぁんが家にやってきた、
その日のことを。

家庭訪問。
この日、こまっつあんはスーツを着ていた。
背広と呼ぶ方がしっくりくる。
あの頃は細身が主流で色は紺色。
スリーピースだったように記憶している。

彼は狭い和室の畳に正座して、
小さなテーブルをはさみ、
母と私を正面に熱く話をしていた。

こまっつあん。
はじめは多少、緊張していたように見えたが、
すぐにいつものように唾をとばして、
ガハハと笑いながらしゃべっていた…私の評価を。
落ち着きのない生徒だった私を評して、
「元気なのはいいけどなぁ…入江…」と
ニタニタ笑いながら、だされたお茶を、
ゴクゴク飲んでいたのを今でも覚えている。

なぜか私は、こまっつあんに好かれていたようで、
普段から友人が呼ぶニックネームの「イリリン」と私を呼んだ。

唾を飛ばしながら
最初は入江くんと言っていたのだが、
途中から入江に変わり、
最終的には「イリリンは。イリリンは」と
あっという間に、ざっくばらんになった。
考えてみると私の母だってイリリンなのに、
その母イリリンに向かって「イリリン」と
連呼している彼に破天荒な先生だなぁと思って、私の心は波がひくようにゆっくりと呆れて…

そして飽きた。

けっこう長いな…こまっつあん。
と思いながら、私は何となく、ズリ落ちてきた
靴下を上げようとした時、

私は見た。

こまっつぁんのズボンのチャックが全開だった。


私は、そこから彼が真面目に私の評価を
しているのが、おかしくてしょうがなかった。

おしゃべりな彼は長居をして、
家を出たのは夕方だった気がする。
夕焼けの空が思い出を美化している。

玄関を出て次の生徒の家に向かうこまっつぁんは、
「次、岩崎か…イリリン。案内してくれるか」
そういって私の返事を聞かずに岩崎の家とは逆方向にスタスタ歩き出した。
「あっ!こまっつぁん。逆だよ。岩崎んち」
みたいな、まるでコントのようなやりとりをした後、恋とか夢とかそんな話をしたような気がする。

その間、私はずっとチャックの話をした方がいいかどうか迷っていた。
しかしこの後、岩崎の家でも恥ずかしい思いをするだろうな、と思って目的の家が見えてきた数メートル前でこまっつぁんに言った。

「あの…こまっつあんさ。チャック…開いてるぞ」

そう言ったら、こまっつぁんはまるで、そんなのわかってると言わんばかりの空気で即答した。

「あ。
 チャックな。
 これ社会の窓っていうんだ。
 まぁ家庭訪問だからな」

と自信に満ちたトーンで、
意味不明な答えが返ってきた。

私は驚いた。

驚く私を置き去りにして、
こまっつあんは全開チャックをそのままに、

「じゃぁ、また明日な!ガッハッハッ!」

そう笑って岩崎家のほうにガニ股で駆け出した。

今、思えばなんで、あのころズボンのチャックを、
社会の窓って言ってたのだろう。
そしていつからチャックをファスナーというようになったのだろう。

そしてこまっつあんが言った
「家庭訪問だからな」
という意味不明な答えは今も解明できない。

もしかしたら、
こまっつぁんは、
ふだん閉鎖的な学校に勤める立場を意識して、
一般家庭への訪問にあたり、
自らの社会性の窓を開放して適合しようとしていたのかもしれない。

そんな答えで無理やり自分を納得させた…

あ。

いや、それはないか…こまっつぁん。

✱きっと先生が見ることはないと思いますが、
記事にしてしまってごめんなさい。
元気でやってますか?こまっつぁん。


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