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産みたくないと言ってもいいですか?〜命懸けの妊娠出産〜70

がらがらとICUへベッドで運ばれていく。すると助産師さんが

「急なことでビックリしましたよね。でもICUだとしっかりと見てもらえるので安心してください。それにおっぱいが張ったら看護師に言ってください。助産師がすぐに搾りに行きますので!」

「ありがとうございます。」

「赤ちゃんなんですがICUは外界扱いなので連れていくことは出来ないんですが、毎日写真や動画をお届けしますね。」

「ありがとうございます。」

私は状況が掴めず、ICUという初めて行くところに緊張していた。

(ICUってかなりヤバい状態の人が行くんだよね?なんで私が行くんだろう。だってちょっとしんどいけど産後だし。こんなもんじゃないの?だいぶ歩けるようにもなったのに?)

分からないままICUの扉まできた。

「空月さんです。よろしくお願いします。」

助産師さんがそういうと看護師さんが近寄ってきてこちらのベッドに移りますというと助産師さん2人、看護師さん2人でICUのベッドに移してくれた。

「では私たちは病棟に帰りますが、なんでも言ってください。病棟で待ってますね。」

と言って出て行ってしまった。残された私はその後2人の看護師さんにテキパキとまた新たな管に繋がれていく。凄いスピードで繋ぎ終えると

「尿道カテーテルを入れていきますね。」

と年配の看護師さんが言うと尿道にカテーテルを当てる。

「痛い!痛い!」

「え?痛いですか?」

「はい…、とても!」

「少しだけ我慢出来ませんか?」

「頑張ってみます。」

ぐっとカテーテルを入れようとするが鋭い痛みが走る。

「痛い!!痛い!!無理!」

ハァ…、ハァ…と息が荒れる。どうやら手術後からカテーテルで擦れていた尿道は炎症を起こしているようだ。痛すぎて耐えられない。すると年配の看護師さんが

「これ以上細いカテーテルあったかな?」

「でもそれじゃ漏れませんか?」

「でもこれだけ痛がってたら入れられないですよ。」

「というかカテーテル入れるって痛いんですか?」

(この看護師さんは何を言ってるんだ!痛いに決まってるでしょ!)

と心の中で1人イラついていると3人目の看護師さんが細いカテーテルを探してきてくれて

「いや、普通に痛いと思いますよ。」

と冷静に言ってくれた。この人は普通がわかってくれる人と心に刻む。なんというか、ICUの看護師さんたちはとてもスピーディーでしかも正確なんだろう。テキパキテキパキとこなしていく。なんだか機械のようだ。

(助産師さんが下町の人情あふれる人たちなら、ICUの看護師さんはオフィス街のバリバリのキャリアウーマンといったところか。)

なんてことを考えていると細い方の尿道カテーテルはスッと入っていった。

「空月さん、ここでは歩いてトイレなどはいけないのでおむつを履いてもらうことになります。」

というと履いていたパンツを脱がすとすっとおむつをあてがわれる。

(我が子と同じおむつ生活…。)

ここにきて数分だが心がどんどん削られていく気がした。なんでこんな思いをしなくてはいけないのか。

その後看護師さんたちは部屋に備え付けのパソコンを操作する。産科病棟のパソコンはノート型でしかもたまにフリーズしていたがここのパソコンはデスクトップ型。しかも2画面。サクサク進む画面をぼーっと眺めていると

「空月さん、夕飯が届いてます。セットしますね。」

と言いテーブルを持ってきてそこに置いて、ベッドの頭をあげてくれる。そこにあったのは…

「お祝い膳…。よりによって今日…。」

お盆の上には何皿もの小鉢があり、お刺身、ローストビーフをはじめ沢山の豪華な料理。

(妊娠してから食べることの出来なかったものがこんなにいっぱい…。)

私はお箸を持つ。

(本当なら…、産科病棟で、お祝いの雰囲気の中、横には赤ちゃんがいて、喜びながら食べるはずが…。)

久しぶりのローストビーフ…。一切れを口に入れる。美味しいのか分からない。目から涙が溢れてくる。

(こんな、こんな状況で食べたくはなかった…。仕方がない…。仕方がないとはいえ…。)

なんとも言えない気持ちが溢れてくる。自分の置かれている状況がしっかりと把握できない、不安、恐怖、悲しみ。本当なら母子同室でお祝い膳を食べ、明後日には夫に迎えにきてもらって退院。そして1週間休みをとってくれた夫と育児をスタートさせるはずが。

ボロボロボロボロと涙が溢れ食べることが出来ない。そのことに気付いた看護師さんが声をかけてくれた。

「どうしました?」

「なんで、なんで今日なんですか…。もう下げてください。」

「でもほとんど手をつけてないですよ?」

「もういいです…。」

「分かりました。不安ですか?」

「はい、こんなことになって、本当なら…、本当なら…。」

もう言葉には出来なかった。私は目を瞑った。

「何かあれば声をかけてくださいね。」

と言い部屋を出る。部屋と言ってもカーテンで仕切られているだけの部屋だ。私はひとしきり泣くとぼーっとしていた。ぼーっとするしかなかった…。



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