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友達ができたら 1

あらすじ:自閉症の沙和は、作曲が好きで様々なことに音楽を感じるものの、音楽の収益はあまりなくデータ入力と同居する妹の家事をしている。

ある日、沙和はSNSの友人鈴木さんの作ったLINEグループに入り、二郎ラーメンを食べたくなる。鈴木さんは「こんどみんなで行こう」と言った、沙和は期待する。

なんどか二郎に行こうともするが、妹の夕飯を作ったり、雷を嫌がるなどしてなかなかいけない。

LINEグループの話題も代わる。別の遊び、別の場所。

「二郎はいかないの?」

「いくよ」

鈴木さんは答えた。

そんな中沙和の作った音楽が賞を貰えることになる。LINEグループでは嫉妬からの嫌がらせも。

果たして沙和は二郎を食べに行けるのか? 
(297文字)


(本文)
毎朝七時に目覚め、肌触りのいいシャツに着替えカーテンを開けると同居している妹を起こす。台所でまずお湯を沸かす。いつもと同じメーカーのパンをトースターで3分焼いてフライパンでは目玉焼きも。

 いつも行くスーパーで買ったモヤシを水で洗い、手鍋にポットでお湯を入れ、コンソメを一つ。妹の弁当を昨日作り置きしたおかずで作っておく。

 お椀にスープを、お皿にはパンの上に目玉焼き、ケチャップをかける。

 朝ドラを見ながらご飯を食べる、日曜日は特撮を見る、ご飯を食べながら洗濯機を回し、日曜日以外は朝ドラが終わればテレビを消して洗濯物をハンガーにかけ、スマホの天気予報が雨ならば風呂場の洗濯乾燥機へ、そうでなければ外へ干す。妹が会社に行くので見送る。日曜日ならば戦隊もののCM中に同じくして、妹は『起こして』と言われない限り寝かせておく。土曜日と水曜日はゴミ出しに、日曜と火曜日には自転車で買い出しにいくのも忘れない。

 洗濯を終えれば次は掃除、簡単に掃除機で済ませ、疲れていたりして掃除機の音が気になる日はクィックルワイパーを使う。

 犬のマロンに餌をやる、散歩につれていく。

 帰ったらお茶の時間にする、ティーパックの紅茶にチョコレート。

 甘い物はつい食べてしまうのでパソコンのある自室には置かない、台所のボックスにまとめてある。毎週、いくらのお菓子をどれくらい買うかも決めてある、ただ、新味はつい試したくなる、こがしキャラメルのポテトチップスとか。

 これは土曜日に食べる、たくさんお菓子を食べていいのは土曜日だけ、たくさん、と言ってもポテトチップスにプリンやシュークリームとかで、たまに外出してコメダのマンゴー紅茶かき氷とかイオンのフードコートのいちごバナナチョコクレープとか美味しい物を食べるのはしょうがない。

 お茶したらパソコンの部屋でパソコンのスイッチを押す。

 まずメールのチェック、たまにある嬉しいメールをずっと待っている。

 今日は来ていない。昨日はSNSから友達の誕生日の通知が来て、メッセージを送った。

 メールをチェックしたら、音楽作成ソフトを起動する。 

 昨日雨が降っていたから、そのリズムをヒントにハミングしたものが沙和のスマホにある、タンタンタタン、タタタンタタン、タンタンタタン、タタタンツータタン、これをパソコンのソフト上にどう配布すればイメージ通りのものが出きるのか、沙和は一度まず適当な場所に音を置いて、再生ボタンを押し、聞きながら修正するという方法をずっととっていた。

 沙和は楽譜が読めなかった、音楽の大学も行っていないし、もちろん先生もいない。それなのに、日常の些細なことには幼いころから音楽を感じていた。産まれてからずっと。

「沙和ちゃんは自閉症スペクトラム障害ですね、音楽に興味がおありのようです。どうか大切になさって下さい」

 幼いころ親に連れられてどこかで言われたことを沙和は覚えていたはずなのに、音楽をやりだしたのはつい最近、妹と住みだしてからだった。ずっと工場で言われた仕事をしていて、身体を壊して妹に心配されてついには退職して同居するまで、自分が音楽を作るのが好きなことを忘れていたのだ。そういうのは音大を出たエリートの仕事だとずっと思いこんでいたと妹に笑って言った。

 でも今は違う、動画配信サービスで誰もが発信できる社会だ。ようやく、自分が何に夢中になるのか『らしさ』を思い出してきたかのように一日一曲のペース配分で動画配信サービスに音楽動画をアップしている。

 こないだは犬の散歩に行った時見つけた蟻の巣と働く蟻たちからマーチが聞こえたようだった。ターター、タタタタタ、ターター、タタタタタ、トウルルトウルルトウルル、トウル、トウルルトウルルトウルル、ファン、ダーダー、タラッタラター、タラッタラタ、タラッタラタラ。

 止まらなくて、心配したマロンに腕を舐められようやく自分が道路わきでずっとしゃがんでいることに気づいたのか、慌てて立ち上がった。もちろんこれもボイスメモに撮って、音楽ソフトで音楽を作った。

 再生数こそ伸びていないけれど、同じものを自分のサイトでもアップしていて、そちらはそれなりに閲覧数があったので、音楽は無料配布にして、サイトに広告を貼って収入の足しにしていた。たまにネットの通販サイトに置くこともあった、少しだけだけど売れていた。

 もちろんそれだけでは生活できなかった、沙和は何度か試みたけれど障害年金は様々な理由で却下された。妹の紫苑は家事のほとんどを受け持ってくれれば、沙和の収入はあてにしていないとは言ってくれたし、工場で働いた貯金もいくらかはあるけれど、お小遣いは欲しかったしもう少し貯金もしたかった。

 そんなわけで沙和は一曲作ると残りご飯にシーチキンとキャベツ、チーズでリゾットを作って簡単なお昼にして、開いた時間でデータ入力の仕事に取り掛かるのだった、進めてくれたのは妹だった。WordにExcelなら工場で少し伝票や文書に使っていたので、作業は容易で、終わればまた作曲に戻ってよかったから、ちょうどよかった。

 一区切してお茶にする、牛乳にココナッツサブレを一袋。

 もうちょっとだけ頑張って、データができたら送信、パソコンを切ってマロンの散歩へ。その前に夕ご飯を研いで炊飯器のスイッチを押すことを忘れないように。

 散歩から帰ったら少しマロンを待たせて夕飯のしたく、今日は豚肉があったから生姜もあるし生姜焼きにして、具だくさんのなんでもみそ汁でいいか。もう一品は煮豆のパックがあった。

 マロンは沙和を見つめている。さぁごはんよ。沙和はマロンに声をかける。

 生姜をすりおろして酒、みりん、しょうゆ、さとうを混ぜたつゆと一緒に肉をつけておく、そのうちに冷蔵庫からにんじんのはしっぺ、こんにゃくのきれはし、ピーマンの片身、油揚げの残り一枚を出して切って、一個だけのジャガイモも同じくする。ポットからお湯を出して煮だす。そうだ、お湯も沸かさないと。

 紫苑が帰ってきたらご飯にしよう、そうだ、お風呂を洗って沸かそう。

 夕方のテレビはニュースだけ、歯を磨いたらお風呂に入って、スマホでもう一度メールのチェックをして、あとは自室で音楽を聴きながらいつしか眠りにつく。

 こうして沙和の日常は続いていた。

 ある日、SNSの友人の投稿がメールの通知としてきた。

 その友人のプロフィールには『○○会社人事担当』とあって、あまり話したことはないけれども、投稿では自閉症の人を雇った、うちのスタッフで自閉症の方は優秀だ、とたびたび言っていて、沙和はその言葉に温かさを感じていたらしく、いつも彼の投稿を微笑んで眺めていたものだ。

 彼はLINEでグループを作ったらしい、なんでも、自閉症であるスタッフたちのコミュニケーション向上の一環として、社会とも繋がりを作る、とか。

『どうぞどなたも入って下さい』

という彼の投稿を見て、しばらく考えこんだ顔になってから、沙和は、えぃっ、とそのリンクを踏んだ。

『よろしくお願いいたします、SAWAです』

ここのグループでの沙和のハンドルネームは名前を変えた簡易なものにしたようだ、アイコンもマロン。

沙和はあいさつと一緒に犬のスタンプを押した。

『よろしくお願いいたします』

『よろしくお願いいたします』

デフォルトのアイコンの人もいくらかいるし、LINEの本名そのままの人もいた。

『よろしく』

作成したと投稿したSNSの友人、鈴木さんだ。名前もそのまま。固定メッセージには『まずは自己紹介』とあったので

『SAWAです、在宅でいろいろやっています、音楽を作るのが好きです。私も自閉症です。よろしくお願いします』 

挨拶も住んで、沙和はめいめいがめいめいに書きこんでいるグループを見る。

 共感やときめきやいいねというリアクションスタンプをところどころに押していく。最近の話題は、大きな二郎系ラーメン。

『美味しいよ』

サイくんと名乗る人が写真を張り付けた。大きくてモヤシや野菜がどっさり。

『美味しいんですか?』

サイくんはハンズアップのリアクション。

どこにあるのだろう、ネットの話題に疎い沙和でも名前を知ってはいるけれど、実際に見たことはない。

 沙和はスマホでグーグルマップを開いた、意外なことに少し行った駅前にあった。ただ外食する習慣があまりない沙和には難しいようだった。

『夕方に出かけても夕飯はつくらないと、行けないなぁ』

沙和は思ったままを書いた

『そのほうがいいよ』

『てっか、夕飯、いつも何作るの?』

『今日は生姜焼き、味噌汁、煮豆』

『昨日は?』

『ベーコンの青椒肉絲、卵スープ』

『一昨日』

『たしか、豚汁』

ずっと同じ人、マスカットが沙和の夕食に興味津々だった、彼は次郎ラーメンの写真にハートをつけていた。

『マスカットは食べるのに執着すごくてね、気にしないで』

パンダさんが沙和をフォローしてくれた。

『行きたい?』

沙和は目をウルウルさせるリアクションをした。

『じゃあいつかみんなで行こうか』

鈴木さんがそう書いた。いつか、それは沙和には約束だった。

『そうだね、いつか行こう』

マスカットも書きこんだ、沙和は幸せそうに微笑んでいた。夜の居間、スマホをしまうと、妹に

「私、よくいじめられて紫苑に助けてもらったじゃない。あのころ、友達ができたらいいなってよく言っていた」

「そうだね、言っていた」

紫苑はおかわりをよそいに立ちながら答えた

「できそうなの、友達」

紫苑は喜んでご飯をよそったお椀を持ったまま沙和に抱きついた。

「よかったじゃん!そうだよ、どんどん友達作っていけばいいよ」

紫苑の笑顔に癒されたように沙和も笑顔になった。

 そしてその喜びが何かに似ている、咲き始めた紫陽花の、色とりどりなさま、それとも晴れの日の、風に揺れるさま、マロンのおともだちのビーグル犬の勇壮な歩き方?

 どれもがそれぞれの音楽を奏で、沙和は夢見心地で歌い出した。
(続)


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