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【#23】連載小説 『美容室「ヨアケ」、開店します。』 (第5章4話・最終章「そっちからみたら」コウタソウタのソウタの場合②)

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「夢…じゃなかった…」


床に落ちていた手紙を拾う。

酔っ払ってみた夢かもしれない…と思い始めていたので、ソウタは一気に現実に引き戻された。
そういえば猫は…?!と、ソファーの下や風呂場などを覗いてみたが、やはりもういなかった。
ソウタの部屋は家具も荷物もほとんどなく殺風景で、猫が隠れられるような場所はほぼ無い。


「訳わかんねえなぁ…」


ソウタは手紙をテーブルの上に置くと、冷蔵庫から飲みかけのミネラルウォーターを取り出した。その場で一気に飲み干し、薄いペットボトルをグシャ、と潰してゴミ箱に放り込む。

それからソファーに座り、改めてもう一度手紙を読み返してみた。
昨日は気付かなかったが、ヨアケの住所や地図が書かれたショップカードも同封されていた。

(知らない駅だ…どこだろう。でもなんで田中君のこと知ってるんだ?…この末継って人、一体何者?)


こんな怪しげな手紙にこだわっているなんて…とも思ったが、「田中くん」という名前を出され、ソウタは自分で思っているより動揺しているのを感じていた。


ソウタは小学五年生のとき、クラスの田中君に「サスペンス小学生」というあだ名を付けた。

ある晩、学校の敷地内を掘り返している田中君をたまたま見かけ、クラスメイトに話して事件のように大袈裟に盛り立ていた時に、ふざけてつけたあだ名だった。

それをきっかけにクラスで田中君はからかわれ、避けられて、まるでいないかのように扱われた。
ソウタは自分のせいだと思ったが、かばうことも謝ることもできないまま、田中君はそのまま引っ越してしまった。

田中くんは大切にしていたセキセイインコの亡骸が入った箱を、六年生の松田に奪われ、それをひとりで探していたのだった。
夜の学校で一緒に箱を探し、河原にお墓を作った日に田中くんが言った言葉を、ソウタは今でも覚えている。

「先生に言ったらきっと『みんなで可哀そうな小鳥さんを探しましょう』とか言って、女子とかがキャーキャー泣いて、ってなるでしょ?そんなの絶対にいやだ。ピピちゃんは、僕が静かに送るんだ、って思った」

大切な小鳥の死を、クラスメイトの感動の娯楽に使われたくない。
そう感じた田中君は、誰になんと言われようと、仲間外れにされようと、地面を掘っていた理由を最後までソウタ以外には言わなかった。

(もしかして、田中君がこのことを美容室のオーナーに相談したとか…いや、今更そんな訳ないか。田中くん、俺のこと気付いてないみたいだし…)

小学生の頃の同級生とはすでに連絡を取っていなかったのだが、ソウタが売れ出した途端、どうやって連絡先を知ったのか何人もの人がラインやメールをしてきた。
最初は律儀に返していたが、そのうち「芸能人に会わせて」とか「お金持ってるなら奢って」などの要求を遠回しに、時にははっきりと言ってくる人が多くなった。

俺じゃなくて、売れてる芸能人ってヤツと会いたいだけなんだな、と白々しく感じてスルーしていたが、田中くんの名前がもしあったら…とソウタは無意識のうちに気に掛けていた。もちろん無かった。

「新城さん、っていうんだ…」


手紙には、本人が気付くまでは自分から言わないこと、と書かれているけど、直接話したらもしかしてすぐに気づくかもしれない。

けど自意識過剰だな。俺のことなんて存在すら覚えていないかもな…でもそれならむしろ良いのかもしれない。
認識されなければ、軽蔑されることもない。

ソウタは、ずっと心に蓋をしてきた部分があることを改めて意識した。何をやるにもずっと心に引っ掛かり、忘れたつもりだったが心の底ではずっと気に掛けている。

芸人を夢みて前だけ向いて走ってきたつもりだった。でも常に体の一部だけどこかに置き忘れているような気がしていたのは、このためだったのかもしれない、とソウタは思った。


そこまで考えて、ソウタは目を閉じた。そしてしばらくそのままの姿勢でいたが、目を開けると、封筒に入っていた美容室「ヨアケ」のショップカードに書かれた番号に電話をした。


***

東京郊外の、各駅停車しか止まらない小さな駅に降り立つ。タクシーを使うか迷ったが、帽子に伊達メガネ、マスク姿で自分の足で来た。

予約の名前は「ソウタ」しか名乗らなかったので、フロントの女性に不審がられたかもと思いながら、ソウタは末継を指名して予約することができた。


「この辺りかな…あ、ここだ」

商店街の奥から脇道に少し入ったところに、美容室「ヨアケ」はあった。
雑居ビルの一、二階にある前面ガラス張りの店内には、数人の客が見えた。男性店員の姿を探したが、あまりジロジロとは見られずよく分からなかった。

ソウタはドアの前まで来たが、そのまま通り過ぎてしまった。
少し行くと、ベンチが一つと花壇があるだけの公園があった。一応、「○○公園」と看板は立ってはいたが、目を疑うほどの狭さだった。
ソウタはそのベンチに腰掛けた。
予約時間まで、あと五分ほどだった。

(やっぱりやめようか…)


今更、小学生の頃のことを言ったって田中くんは忘れてるかもしれないし、かえって迷惑なんじゃないか。覚えていても、思い出したくないかも知れないし。
芸人が何で突然来るんだろうと、騒がれるのも嫌だった。
自意識過剰だな…とソウタは少し笑った。

(やっぱ帰ろう)

そう思って立ち上がった。ソウタは歩きかけたが、思い直してまたベンチに戻った。
そして、しばらく頭を抱えるようにして座っていた。

『また逃げるのか?色々言い訳して』

どこからか声が聞こえたような気がした。
ソウタは立ち上がると、時計を見た。予約時間から十分くらい過ぎていた。

再びヨアケの前に戻る。
ソウタは帽子とメガネ、マスクを取るとバッグに入れて、入り口のドアを開けた。


(田中くん、…俺のこと気付かなかったな…)


帰りは仕事の時間にギリギリだったので、マネージャーがヨアケの最寄り駅まで車で迎えに来てくれることになっていた。
ロータリーに停まった黒いライトバンに乗り込む。


「おはようございまーす!ソウタさん、こんな小っさい駅でなにしてたんですか~?やっぱ新しい彼女?」

同世代の男性マネージャー、笠原かさはらは、屈託ない性格でソウタとも馬が合い、わりと色々と話せる間柄だった。


「ちげーよ!彼女と別れたばっかだし。友達だよ、男」


「えー、ほんとですか?!あやしいなぁ~。あ、不倫とか勘弁ですよ!僕が事務所に怒られちゃう」


「何言ってんだ、そんなんしねーよ!!ちょっと着くまで寝たいから、よろしく」


「はーい、静かにしまーす」


(田中君、身長も高くてイケメンになってたな。緊張してうまく話せなかった…)

新城もソウタの扱いに困っていたのを感じ、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


(普通、名刺とかくれるよな。…もしかして気付いてて、もう来ないで欲しいとか?同級生の嫌なヤツが来たみたいな…。だからぎこちなかったのかも)


そう思ったが、それも違うような気がした。大体、自分のことを覚えてるに決まってる、と思うのも傲慢な気がして、恥ずかしくなった。

ソウタはマネージャーに対して、新城のことを咄嗟に「友達」と言った自分に心底愛想を尽かし、眠くもなかったが無理矢理目を閉じた。



***



それからソウタは、二、三週間に一度、ヨアケに通った。
その都度、シルバーグレーの猫が封筒に入った代金を持ってきた。遠慮していると受け取るまで帰らないので、素直にもらうことにした。
時にはテレビ局の楽屋に来ることもあったが、どうやって忍び込むのか、そしてなぜ誰にも気づかれないのかは、ソウタには分からなかった。

普段、美容室などであまりしゃべるタイプではなく、できれば放っておいて欲しいソウタだったが、ヨアケでは積極的に、まるでバラエティー番組に出演したときのように話した。
間を埋めるようにしゃべり続けずにはいられなかった。

ある日新城が「五年生のときに引っ越した」と言った時は、ソウタは心臓の鼓動が一つ跳びで打ったような気がした。
学校でのことが原因なのでは…と気になっていたので咄嗟に引っ越した理由を聞いたが、親が離婚したから、との返事だった。
ソウタは不躾に聞いてしまったことを後悔した。


(やっぱり僕はどこまでも無神経だ。だから相方ともケンカになるんだ)


最近は朝も夜もなく、目の回るような忙しさだった。ようやくベッドに入れたところで寝付けず、そのまま朝を迎えることも多い。
そんなときは特に、考えなくてもいいことに心を埋め尽くされてしまう。


***



「ちょっと、助け舟を出した方がいいかもしれないね」


ヨアケの地下倉庫で、末継が言った。アンティークのチェストの上には猫が丸くなって寝ていたが、末継の言葉に顔を少し持ち上げた。


「うん、そう。ソウタ君のこと。もう六、七回は来てくれてるんだけどね。新城、何かは感じ取ってはいるみたいだけど…なかなかね」


猫はすっと起き上がった。


「ソウタ君、最近いろいろ蓄積したものがあるみたいで、体調が心配な気がするんだ。早い方がいい。ちょうど今来店してるみたいだからさ、申し訳ないけど頼むよ」


猫は軽くうなずくと、チェストから音もなく飛び降り、倉庫から出て行った。


(「コウタソウタのソウタの場合」③に続く)



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